6話 『ファースト・キス』
「⋯⋯はい?」
――今なんて言った?
「キスする。たくさん。あなたと」
「なんでそんな片言!? っていうかたくさんキスするってどういうこと!?」
エーベルトが思わず後ずさると、少女――フュールはスタスタと歩いてきて言った。
「もう我慢出来ない。私をめちゃくちゃにして」
「何言ってんのコイツ!?」
そして、エーベルトの胸元に手を置き、背伸びして唇を近づけてくる。フュールの吐息が顔にかかり、理性が抑えられなくなりそうだ。
『エーベルト! 聞こえるか!」
と、その時ヴェローザの声が耳に入った。
「は、はい。聞こえますけど」
『今がチャンスだ! そのままキスしろ!」
「そ、そう言われても⋯⋯」
フュールはおかしなことを言っているし、ヴェローザはイケと言うし、エーベルトは混乱した。
「大丈夫だ! 勢いでいけばいける! あっちもキスしたがってるじゃないか!」
「そ、そうですけど」
「早くキスして。もう我慢出来ない」
相変わらずおかしなことを言いながら顔を近づけてくる。このままでは一向に終わらない。ここでキスをしなかったらもう二度とキスをすることができないかもしれない。
エーベルトは決心し、フュールの肩を優しく掴んだ。
「⋯⋯わ、分かった。目をつぶってくれ」
エーベルトがそう言うと、こくんと頷き、目を閉じた。その代わり唇は微かに突き出ている。
エーベルトはキスすると決めたが、フュールのあまりの顔の綺麗さに、ドキドキしていた。髪は甘い香りで、顔には毛穴ひとつ見えない。今からキスをする唇には口紅を塗っていないはずなのに綺麗な薄紅色をしていた。
「じ、じゃあするぞ⋯⋯」
そして、エーベルトはキスをした。2人の吐息が混ざり合う。柔らかい唇にエーベルトの唇が重なる。
すると、突然フュールの体が発光し出した。そして次の瞬間、フュールのワンピースが溶けたように沈んでいき、フュールの膨らみかけの胸が顕になった。そしてその膨らみかけの胸の部分から黒曜石のようなものが現れ、エーベルトの手に収まった。
「この黒い石は⋯⋯? てか、ちょ、ちょっ! 服! 服は!?」
急いで目を閉じ手で覆い隠すエーベルトに対し、フュールは仕方なく胸を隠すといった感じだった。すると、耳元で女性の声がした。
『よくやった! 成功だエーベルト! 濃厚なキスが功を奏したぞ!」
「そ、そういうこと言わないでくださいよ!?」
エーベルトはライムントとヴェローザが自分のキスを見られていたことを想像して、途中でその考えを振り払った。
「先生、これで魔力封印は出来たんですか?」
エーベルトが問うと、気分上々といったヴェローザが答えた。
「ああ、しっかりできているはずだ。その証拠に服がなくなっただろ?」
「は、はい。でもなんで服が⋯⋯?」
エーベルトが尋ねると、少しの間を置いて言った。
『それは知らん』
「知らないのかよ!」
『まぁとりあえず成功は成功だ。よくやった。私たちのいる対策本部まで転移させる。それと、足元に転がっている黒い石は忘れずに持ってこい」
ヴェローザがそういったとき、エーベルトと少女の足元に光の輪ができ、その瞬間、地下室へと転移していた。
「すごいな。魔法で転移させられるのか」
「おかえりエーベルト。頑張ったな」
突然後から声がし、頭を撫でられた。振り返るとそこには兄のライムントが立っていた。
「ありがとう兄貴。あ、キスシーンは忘れて!」
「ああ。しっかりと覚えておく」
「そこ忘れて!?」
そんなやり取りをしていたとき、いつの間に着替えたのか、学院の制服を纏ったフュールが立っていた。よく似合っている。
「さ、さっきは悪かった。その、いきなりキスなんて」
エーベルト頭を下げると、フュールは首を横に振った。
「いいの。むしろもっとしたい。めちゃくちゃにしてほしい」
「まだ言ってんの!?」
どうやらフュールさんは生粋の変態らしい。
エーベルトは力なく苦笑した。
と、後ろから声がし、振り返るとヴェローザが立っていた。
「エーベルト。マギノステインは持ってきたか?」
「マギノステイン?」
エーベルトが問うと、ヴェローザはエーベルトが手に持っている黒い石を指さした。
「これですか。これがマギノステインというんですか?」
「とても大切なものだ。研究に使わせてもらう」
「そ、そうですか」
そう言ってマギノステインをヴェローザに手渡した。
「先生、俺はこれからどうすれば?」
エーベルトがそう聞くと、ヴェローザがすぐに答えた。
「今日のミッションは無事クリアだ。特別処置として、今日の授業は免除だ。寮に戻っていいぞ。フュールはこのあと検査があるからな」
「分かりました。じゃあ先に失礼します」
そう言ってエーベルトは本部をあとにした。




