37話『絶望の末』
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。さすがにキツいわね」
「⋯⋯そうっすね。まだ1人もやれてないっす」
戦闘を開始してからしばらく経っていた。しかし、2人は体力を消耗しているが、鬼怒哀楽は全く消耗していなかった。
5対2、戦況が不利になるのは仕方がなかった。
「フェミリー、エルフィ! 大丈夫か! クソっ! なんで俺は何もできないんだ!」
エーベルトは戦闘に参加できないため、心配の声をかけるしかなかった。そんな自分を激しく恥じ、責めた。
昔から、エーベルトは憧れていた。優秀な力を有し、周りから認められていたライムントを。
「俺も、兄貴みたいに強くなれたら⋯⋯」
そう言ったとき、エーベルトは自分の心臓がドクンとなるのを感じた。まるで何かに反応するようなその鼓動にエーベルトは不安を感じた。
「はぁっ!!」
裂帛の気合いとも共にエルフィは槌を振り下ろす。
「そんなんじゃボクたちは倒せないよ」
しかし、ラエティティアによってそれは軽く受け止められる。
「隙を見せたわね! くらいなさい! 《ドラッヘンヴィント》!」
フェミリーがそう唱えると、凄まじい竜巻が起こり、鬼怒哀楽を襲った。しかし。
「はぁ⋯⋯。興ざめだよ、2人とも。マギアビーストというのはこんなに弱かったんだね」
それはラエティティアによっていとも簡単に破られてしまった。
「これも破られるなんて⋯⋯」
フェミリーの狼狽が口から漏れる。チラとフュールを見やる。手に鎖を繋がれたままこちらを心配そうに見つめていた。
内心、フェミリーとエルフィはもう使う魔法が無かった。ほとんどの魔法を使ってしまったのだ。しかし、それで諦めていてはフュールを助け出すことはできない。
と、そのときだった。
「よそ見してんじゃねェよオラァ!!」
「うがっ――!」
突然エルガーが目の前に現れたと思うと、思い切り腹を蹴り飛ばされてしまった。フェミリーは後方へと勢いよく飛んでいった。
「フェミリー!!」
エーベルトが叫ぶ。しかし、フェミリーは倒れたまま、返事はない。エーベルトは焦りに焦り、額に汗を滲ませていた。
「くっ⋯⋯。フェミリーさんもやられるんすか!じゃあ私しかいないじゃないっすかねぇ!」
エルフィがそう言いながら突進していく。そして1番近くにいたエルガーに肉薄し、槌を振り下ろす。
「おっと。危ねェ危ねェ。テメェのような暴力的な女は好かねェな」
「アタシもアンタみたいな男嫌っすよ」
エルフィが顔つきしながら言うと、エルガーが眉をピクりと動かした。
「このガキァ⋯⋯。黙ってりャァいい気になりやがって⋯⋯」
「おお、怖い怖い。嫌っすねーほんとこういう男は」
「死にてェのか!? だったら殺してやるよ!!」
ついにエルガーがキれ、炎の弓を顕現させエルフィに打とうとしてくる。だが、それはラエティティアによって止められた。
「ああ!? なんだラエティティア! こんなガキ殺してやりゃあいいだろうが!」
「ふっ、分かってないなエルガーは。エーベルトには絶望を味わってもらいたいのさ」
「あ? どういうことだ?」
エルガーが分からずといった様子で訊ねる。
「こういうことさ。――ディスフォード。頼むよ」
「⋯⋯ああ、分かったよ」
ラエティティアに頼まれたディスフォードをだるそうに身体を動かし、エルフィの元へと歩み寄って行く。
「な、なんすか、アンタ」
エルフィは歩み寄って来る長身の男を睨めつけながら、構えた。
「⋯⋯はぁ。面倒だから抵抗しないでくれ」
そう言ってディスフォードはエルフィの前で止まり、頭の上に手を置く。すかさずそれを振り払うようにエルフィは抵抗した。
「さ、触るなっす!! 何するんすか!」
しかし、力が強く、なかなか振り払うことができない。
「⋯⋯だから抵抗しないでくれと言っているだろう? 《ブレインウォッシュ》」
ディスフォードがそう言った瞬間、じたばたとしていたエルフィの身体が止まり、まるで身体の力が抜けたようにぐったりとした様子になった。
「お疲れさまディスフォード。いい仕事をしてくれたよ」
「⋯⋯エルフィ? どうしたんだエルフィ!」
エーベルトがエルフィに向かって叫ぶ。しかし、エルフィからの返事はない。
「さぁエーベルト。どうする? キミの仲間は全滅したよ」
「全滅⋯⋯? 何を言ってるんだ! だってまだエルフィが――」
エーベルトはそこまで言いかけて言葉を止めた。理由は単純だった。そこにはもう仲間としてこちらを見るエルフィではなく、エーベルトのことを敵として見ているエルフィがいたからだ。
「嘘だろ⋯⋯。なぁエルフィ! 嘘だと言ってくれ!」
エーベルトが悲鳴ともつかない声を上げる。しかし、エルフィはこちら覇気のない目で見つめながら返事を返さない。エーベルトは手を爪が食い込むほど握りしめた。
どうしてこうなってしまったのか。それは自分のせいだ。そうエーベルトは思っていた。フュールがさらわれたのも自分が気をつけていればさらわれていなかったから。自分にもっと力があればこうなっていなかった、そう自分を強く責めた。
「エーベルト!」
と、そのとき、後ろから力強い声が響いた。エーベルトは力なく振り返ると、そこにはヴェローザが立っていた。
「これを受け取れ!」
そう言ってヴェローザはある物をエーベルトの方に投げた。それをエーベルトはしっかりとキャッチした。そしてその投げられた物を見て驚いた。
「こ、これは⋯⋯!」
「それはお前がこの間アゼウロスから受け取った、魔竜の角笛だ!」
そう。ヴェローザが持っていたのは、ついこの間エーベルトが魔竜アゼウロスから受け取った角笛だったのだ。そしてエーベルトはもうひとつのことを思い出し、驚きの表情を見せた。
「あのときアゼウロスが言っていた「大切な人を失う」って⋯⋯!」
そう。アゼウロスはこのことを予知していたのだ。そしてそのときになったらこの角笛を吹くようエーベルトに予め手渡しておいたのだ。
「分かったよアゼウロス。お前に任せる」
エーベルトは覚悟を胸にその角笛に口をつけた。そして思い切り吹く。すると、辺りに旋律の音色が響き渡った。しかし、何も起こらない。
「何も、起こらない⋯⋯」
エーベルトがそう呟いたときだった。
遠くから低い咆哮が聞こえたかと思うと、勢いよく、何かが空を駆け抜けた。
「お前は⋯⋯!」
そして、それは静かにエーベルトの前へと降り立った。青い鱗に、鋭い双眸。
『待っていましたよ。エーベルト』
「アゼウロス!!」
そう。そこに降り立ったのは正しくエーベルトが呼んだアゼウロスそのものだったのだ。
『随分と苦しめられたようですね。ですが大丈夫です。この私が来たからにはもい苦しみを味わうことはありません』
「竜⋯⋯。まさか、全滅したはずじゃ⋯⋯」
ラエティティアが珍しく驚きを隠せない様子だった。しかし、次の瞬間、ラエティティアは堪えきれないといった様子で笑い出した。
「いいねぇ! 全滅したはずの竜が存在した! しかも、人間と手を組んでいる! なんとも素晴らしいテイストだよ! 興奮してきちゃうね!」
『あなたですか。エーベルトたちを苦しめた張本人は』
アゼウロスはエーベルトからラエティティアの方へと身体の向きを変え、問うた。どうやら鬼怒哀楽にもテレパシーを使っているようだった。
「ああそうさ! 苦しんでいるところを見ると興奮しちゃう性分でね! どうだいこの有様! エーベルトの絶望した顔! もう堪らないよ!」
『黙りなさい』
そう言ってアゼウロスはラエティティアの上半身を吹き飛ばした。ラエティティアの下半身だけがその場に残り――消えた。
『フェイク、ですか』
アゼウロスが冷静に分析する。
「さぁ勝負と行こうか! 全滅したはずの竜! 力を見せてくれ!」
『いいでしょう。後悔をしないように本気で来てください』
そう言ってアゼウロスは一瞬で空へと飛び立った。




