30話『鬼怒哀楽の思惑』
「ヴェローザ先生! 大変です!」
転移魔法で学院へと転移してきたエーベルトは、ヴェローザの元へと慌てて駆け寄った。
「なんだ、どうしたんだそんなに慌てて」
「フュールが、フュールが!」
「落ち着けエーベルト、フュールがどうしたんだ?」
ヴェローザは慌てふためくエーベルトを落ち着かせるように肩に手を置いた。
「フュールがさらわれたんですよ!」
すると、エーベルトの後方から声がだんだんと近づいてくる。ヴェローザがその方向を見やると、フェミリーにカミラ、そして見たことのない少女が1人居た。
「なに? さらわれただと?⋯⋯そしてそいつは誰だ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないみたいっすよ」
ヴェローザが怪訝な顔をしてフェミリーに訊ねると、少女――エルフィが先に応えた。
「そうだな。それでフェミリー、フュールがさらわれたというのはどういうことだ?」
「はい――エーベルト君、説明してちょうだい」
フェミリーに促されたエーベルトはハッとし、口を開いた。
「フュ、フュールが、鬼怒哀楽に連れてれました⋯⋯」
「鬼怒哀楽、か?」
「⋯⋯はい、兄貴によると大陸の四天王に位置する人たちだそうです。俺のせいで、フュールが⋯⋯!」
エーベルトは唇に血が滲むほど口を噛み締めた。
ヴェローザはそんなエーベルトを慰めるようにして肩に手を置いた。
「そう自分を責めるなエーベルト。決してお前のせいじゃない。フュールはきっと大丈夫だ」
「先生⋯⋯」
ヴェローザはエーベルトがやっと落ち着いたことを確認して頷いた。
「話は聞いた、エーベルト」
と、そこで地下室のドアが開き何者かが入ってきた。
「⋯⋯聞いてたのか、ライムント」
そう。そう言って入ってきたのは、隻眼のザーヴェラーことライムントだったのだ。
真剣な面持ちでこちらに歩み寄ってくる。
「フュールがさらわれた、ということだが、どうやら鬼怒哀楽が動き出したようだな」
「⋯⋯動き出したって、どういうことですか?」
今にも泣きそうな眼差しでカミラがライムントに訊ねる。ライムントはそのまま話を続けた。
「奴らの狙いはやはりマギノステイン。それが手に入れば大陸を操るなど容易なこと。奴らはそれを狙っている」
「大陸を狙う理由ななんなんっすか?」
エルフィが軽い調子で訊ねる。
「恐らくだが――マギアゲールの再現だ」
『なっ⋯⋯!』
ライムントの言葉に、一同の狼狽が口から漏れる。
それも当然のことだろう。マギアゲールは大昔の大戦争。大勢の人が死に、苦しんだ。そんな戦を再現していいはずがないのだから。
「マギアゲールの再現なんて⋯⋯ありえないわね」
フェミリーが呆れたような表情で言う。
「ああ。しかし奴らはそれを狙っている。そして今回フュールをさらったのは、フュールの超越した潜在能力を見越してのことだろう」
ライムントが話をしてから、一同が固まった。
ライムントも、自分が今している話に確証は無かった。しかし、ライムントには鬼怒哀楽の考えていることは大体が予想がついたのだ。
「とにかくフュールを助けに行くのに変わりはないが、すぐには行けない」
「どうして兄貴! フュールはこうしている間にも、間にも! 殺されるかもしれないのに!」
エーベルトが必死に訴えかける。しかし、ライムントはそれを手で制し、話を続けた。
「こちらにも準備が必要だ――ヴェローザ先生、例の件、実行しますか?」
ライムントが静かに問う。ヴェローザはしばらく考える仕草を見せ、頷いた。
「ああそうだな。例の件、実行しようじゃないか。だが忘れるなライムント。もし失敗した場合、全責任はお前に行くんだぞ?」
ヴェローザが脅すように言うが、ライムントは自信ありげに頷いた。
「ええ、分かってますよ。ですが、必ず成功させてみせます」
「ふっ、そうか。まぁお前が言うのなら信用しよう」
「先生、兄貴、例の件って一体?」
と、そこで間を割ってエーベルトが訊ねる。すると、ヴェローザがタバコを取り出し、口に咥えながら応えた。
「のちほど話すさ。まぁ簡単に言うと、危険な行為だ」
「⋯⋯危険な行為? 一体何を⋯⋯」
「まぁ気にかけるな。そういうことだ。計画実行まで待っていろ――フュールは絶対助け出す」
「ではヴェローザ先生、行きましょう」
そう言ってエーベルトたちに背を向け、ヴェローザとライムントは地下室を出ていってしまった。残された者たちは不安を隠しきれない様子でいた。
「フュール⋯⋯待ってろよ、絶対助け出すからな」
エーベルトはそう呟き、手をグッと握った。




