宿屋の夜は寒い
森を抜けると、小さな町が見えた。
「やっと町だ。もう足が棒になりそうだったわ」
サキがふうっと息を吐いて肩を落とす。気持ちは分かる。歩き通しで丸一日。さすがの俺も膝が笑っていた。
「宿を取って休もう。明日も早い」
俺がそう言うと、全員が頷いた。
宿屋はレンガ造りの小さな建物だった。受付のおばちゃんに金貨を渡して部屋を取る。
「じゃあ、部屋は2つで。俺とアキラが同じ部屋でいいだろ」
当然の配分だと言ったつもりだった。
ところが。
「ちょっとなんでそうなるのよ!」
サキが真っ赤な顔をして叫んだ。ツインテールがピーンと立つ。怒っている。明らかに怒っている。
「アキラはこっちでしょうが!」
(なんでだ。男女で同じ部屋にするのか?)
「いや、それだとミサキと俺になるのか?さすがに男女で同じ部屋はまずいだろ」
俺が正論をかますると、サキがギロリと俺を睨んだ。
「は? あんた何言ってるのよ」
(いや何と言ってもな)
こうなると困る。もしサキとアキラで分けると、俺の同室はミサキになる。いや、それはそれで問題がある。
「ミサキ、俺と同じ部屋なんてイヤだよな?」
ミサキに聞いてみた。
「い、いえ……ケンヤさんなら……いいですけど……」
もじもじと小さな声で言った。顔がほんのり赤い。
(いいの? いや、むしろ俺の理性が試されるのだが)
「何言ってるの!」
サキが爆発した。
「アンタは1人で寝なさい! アキラとミサキと私で一緒に寝るから!」
「……は?」
(俺だけ1人?)
「わかったよ、そんなに怒らなくても。1人で寝るよ」
俺はため息をついて部屋に向かった。
* * *
4人で食堂で食事を取った。シチューとパン。美味かった。素朴な味だが、歩き通しだった体には染み渡った。
「ごちそうさま。明日に備えて寝るか」
俺は1人で部屋に戻った。
ベッドに倒れ込む。シーツがひんやりとしていて心地いい。
(さて……)
問題はここからだ。
同じ宿に、可愛い女子2人とイケメンがいる。壁1枚向こうでは3人が楽しくやっているかもしれない。
(今頃3人で何やってるんだ? いや、何もやってないとは思うけど。高校生でああいうことをするのは……当たり前なのか?)
俺の知識では、高校生のカップルの8割はやっているらしい。雑誌で読んだ。
(俺もしたいなぁ……)
もそもそと布団の中で悶々とする。枕を抱きしめる。枕の匂いは洗剤の匂い。女の子の匂いじゃない。
(ああ、虚しい)
結局、俺は自分を慰めることしかできなかった。
終わった後の虚しさを胸に、布団を頭までかぶってフテ寝した。
(童貞卒業なんていつになるんだ……)
* * *
朝。宿を出る。
空気は澄んでいて、肌寒い。俺は欠伸を噛み殺しながらアキラの隣に並んだ。
「アキラ、昨日はどうだったんだ?」
聞いてから後悔した。何を聞いているんだ俺は。
「ん? お湯で身体を拭いてすぐに寝たよ」
アキラがきょとんとして答えた。
(……お湯で身体を拭いた)
同じ部屋で身体を拭いたということは、つまり裸だ。アキラは裸を見たんだ女子2人の裸を、ということだ。
(……俺の人生って何だったんだろう)
「どうしたの、ケンヤ。変な顔して」
アキラが不思議そうな顔で俺を見ている。
「何でもない」
(2人ともアキラか!地味な俺には1人も回ってこないのか!)
俺は歩きながら自分に言い聞かせる。
(こうなったら、旅の途中で可愛い子を見つけて童貞を卒業するんだ。俺は勇者なんだから。勇者ならモテるはずだ。モテるはずなんだ)
「ケンヤ、大丈夫? 変なこと考えてるでしょ」
アキラがニヤリと笑った。
(うるさいよ。地味男の悲哀を察しろ)
* * *
日が高くなった頃、道が開けた。
そこに現れたのは、大きなトカゲの群れだった。体長は1メートルほどか。緑色の鱗がヌルヌルと光っている。数は……10匹以上か。
「来たか。ミサキ下がってろ」
俺は盾を構えた。
「アキラ、行くぞ。サキは援護を頼む」
「了解!」
アキラが剣を抜く。
「任せなさい!」
サキが拳を握る。
「ヒール、いつでもかけます」
ミサキが下がりながら杖を握った。
俺はトカゲの群れに向かって走った。
ドンッ!
先頭のトカゲに盾を叩きつける。トカゲが弾かれて転がった。
「今だアキラ!」
「おう!」
アキラが飛び込む。剣が一閃。ガギッと鱗を断ち切り、トカゲが煙になる。
周囲のトカゲが一斉に反応した。数匹が俺に向かって噛みついてくる。
「くっ!」
ガガガッ!盾に歯が当たる。噛みつき攻撃は盾で防ぐ。尻尾を振り回してくるのも盾で受ける。バシバシと衝撃が来るが、盾術レベル五の俺には問題なかった。
(レベル五、地味だけど頼もしいじゃないか)
「ファイアボール!」
サキの火球が飛んできた。盾で弾かれてひっくり返ったトカゲに直撃。煙になる。
「ヒール!」
温かい光が俺を包む。噛みつきで痛んだ腕の感覚が消え、疲れも飛んでいく。
(ああ、ミサキのヒールが心地いい……)
「次!」
アキラが次々とトカゲを斬っていく。その動きは軽やかで、まるで舞っているみたいだ。イケメンが剣を振るってる。絵になるな。俺は地味に盾で耐えているだけだが。
(地味……でも盾役は大事なんだ。そう思いたい)
10分ほどでトカゲを殲滅した。
「やった!」
俺が声を上げると、アキラが手を差し出してきた。
「ハイタッチ!」
バン!と手が交わる。
「いい連携だったな」
俺が笑うと、サキもパンと手を合わせてきた。
「ま、あたしたちなら当然でしょ」
「……はい、ケンヤさん、ハイタッチ」
ミサキがおずおずと手を出した。俺がパンと叩くと、ミサキがにっこりと笑った。
「いい連携だったな。これで……」
俺はふと思った。
(これでどっちか1人でも俺に好意を向けてくれてたら最高のパーティーなのにな)
「何ニヤついてるのよ、気持ち悪い」
サキがジロリと俺を睨んだ。
「別に……」
(俺の内心なんて誰にも分からないのであった)




