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君が残した風  作者: あさ
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第五章 亀裂

その日は…


いつもと同じはずだった。


地球へ力を送る。


記録を確認する。


アルと話す。


何百年も繰り返した一日。


何も変わらないはずだった。


なのに。


最初に気付いたのはレイだった。


「アル」


「はい」


「今、見えた?」


アルが振り返る。


「何をでしょう」


レイは境界線を指差した。


地球と世界を隔てる透明な壁。


そこに。


ほんの一瞬、


光が走った。


「異常を確認」


アルの声が少しだけ早くなる。


レイは思わず立ち上がった。


光は消えている。


でも。


確かに見えた。


「故障?」


「不明です」


アルは境界線へ近付く。


何度も確認している。


何百年も見続けている場所。


その表情は変わらない。


けれど。


どこか緊張しているように見えた。


そして。


それは起きた。


ぴしり。


小さな音。


レイは息を呑む。


境界線に細い線が走っていた。


まるでガラスに入った傷のように。


「アル」


返事がない。


アルは傷を見つめている。


「アル」


もう一度呼ぶ。


すると。


アルはゆっくり振り返った。


「境界線に損傷を確認」


その声はいつも通り。


なのに。


レイは初めて恐怖を感じた。


アルが怖がっている。


そんな気がした。


「直せる?」


「解析中です」


短い返事。


沈黙。


長い沈黙。


そして。


「修復方法を確認できません」


レイは目を見開いた。


初めてだった。


アルが答えを持っていないのは。


初めてだった。


それから数日。


二人は調査を続けた。


傷は少しずつ広がっていた。


ほんのわずか。


けれど確実に。


そして。


レイの胸の奥では、


別の感情も大きくなっていた。


境界線の向こう。


地球。


今まで届かなかった場所。


今なら届くかもしれない。


そんな考えが、


何度も頭をよぎった。


ある日。


レイは一人で境界線へ来ていた。


傷はさらに大きくなっている。


向こう側の空気が揺れて見えた。


初めてだった。


地球が近く感じたのは。


手を伸ばせば届きそうだった。


その時。


後ろから声がした。


「レイ」


レイは振り返る。


アルだった。


「ここにいましたか」


「うん」


アルは傷を見る。


レイも見る。


二人とも何も言わない。


しばらくして、


アルが静かに言った。


「近付かないでください」


レイは黙る。


「危険です」


「どうして?」


「分かりません」


レイは苦笑する。


「またそれだ」


アルは何も言わない。


「分からないのに?」


「はい」


「危険だって分かるの?」


「はい」


レイは地球を見る。


青い星。


ずっと憧れていた場所。


ずっと知りたかった場所。


「アル」


「はい」


「もし」


レイは言葉を探した。


「もし向こうに行けたら」


「ぼくは見てみたい」


長い沈黙。


世界が静まり返る。


そして。


アルは言った。


「行かないでください」


レイは息を止めた。


その言葉は初めてだった。


命令じゃない。


規則でもない。


お願いだった。


「アル……?」


アルは境界線を見ていた。


「理由は説明できません」


その声はいつもと同じ。


なのに。


どこか苦しそうだった。


「ですが」


少し間が空く。


「失いたくありません」


レイは言葉を失った。


胸の奥が強く鳴る。


初めて聞く言葉だった。


失いたくない。


アルが…


そんなことを言うなんて。


レイは嬉しかった。


本当に嬉しかった。


でも。


同じくらい。


地球を知りたかった。


その夜。


レイは眠れなかった。


地球を思う。


アルを思う。


知りたい。


行きたい。


でも。


失望させたくない。


二つの気持ちが胸の中で揺れていた。


どちらも本物だった。


だから苦しかった。


そして。


運命は待ってくれなかった。


翌日。


境界線の傷は、


ついに亀裂へ変わった。


眩しい光と共に。


世界が大きく震えた。

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