第四章 それでも知りたい
地球は今日も青かった。
変わらない。
いつも通り。
同じように輝いている。
けれど。
変わったものもあった。
ぼくだ。
最近。
地球を見る時間が増えた。
ただ眺めるだけじゃない。
考えるようになった。
あの雲の下には何があるのだろう。
風はどんな音をしているのだろう。
花はどんな匂いなのだろう。
そして。
なぜぼくたちは行ってはいけないのだろう。
「アル」
「はい」
「質問がある」
「どうぞ」
ぼくは地球を見つめたまま聞く。
「どうして地球へ行っちゃいけないの?」
静かな時間が流れた。
「規則だからです」
予想していた答えだった。
でも。
今日はそれでは終われなかった。
「どうしてその規則があるの?」
「記録にありません」
「え?」
ぼくは振り返る。
アルは変わらない表情で立っていた。
「知らないの?」
「はい」
「誰が決めたの?」
「不明です」
ぼくは黙る。
知らなかった。
アルにも分からないことがまだあったなんて。
「アル」
「はい」
「変だと思わない?」
アルは答えなかった。
ぼくは続ける。
「知らない場所へ行くなって言われても」
「理由も分からないのに」
「ずっと気になるじゃないか」
地球は静かだった。
青く。
美しく。
遠くで回り続けている。
まるで何も知らないように。
アルは長い間黙っていた。
やがて。
静かに言う。
「危険だからかもしれません」
「かもしれない?」
「推測です」
ぼくは思わず笑った。
「アルでも推測するんだね」
「必要な場合は」
「へぇ」
少しだけ嬉しかった。
完璧じゃない。
知らないこともある。
迷うこともある。
そんなアルが。
前より近く感じた。
その日。
ぼくは地球について調べ続けた。
海。
山。
雨。
森。
動物。
人間。
たくさんの記録。
たくさんの歴史。
たくさんの感情。
知れば知るほど。
胸がざわざわした。
どうしてだろう。
知識は増えているのに。
分からないことも増えていた。
夜。
ぼくは境界線へ向かった。
地球がよく見える場所。
お気に入りの場所。
アルもついてくる。
いつも通り。
何百年も変わらないように。
「ねぇ」
「はい」
「もし」
ぼくは少しだけ言葉を探した。
「もし地球へ行けるとしたら」
アルは黙る。
「行く?」
返事はなかった。
ぼくは少し待つ。
そして。
もっと待つ。
ようやくアルが口を開いた。
「分かりません」
ぼくは目を丸くした。
「分からないの?」
「はい」
アルは地球を見ていた。
「以前の私なら行きませんでした」
ぼくは黙る。
アルが自分の話をするのは珍しかった。
「ですが」
その先を待つ。
アルは少しだけ空を見上げる。
白い世界。
いつもと同じ世界。
「あなたが知りたい理由は理解できます」
ぼくは何も言えなかった。
胸が少しだけ熱くなる。
理解。
その言葉が嬉しかった。
「ありがとう」
思わずそう言う。
アルは首を傾げる。
「何に対してですか?」
ぼくは笑う。
「分からない」
アルも黙る。
でも。
その沈黙は嫌じゃなかった。
むしろ心地よかった。
しばらくして。
ぼくは地球を見る。
青い星。
手を伸ばしても届かない場所。
それでも。
心だけは少しずつ近付いている気がした。
「アル」
「はい」
「ぼく」
少しだけ迷う。
けれど。
正直に言った。
「知りたい」
アルは答えない。
止めないけど、
肯定もしない。
ただ隣に立っている。
それだけだった。
けれど。
今のぼくには、
それが何より嬉しかった。
知りたいという気持ちは、
消えなかった。
前より強くなっていた。
そして。
アルもきっと気付いていた。
もう。
後戻りはできないことに。




