第二章 やさしい毎日
目を開く。
光が見える。
それがぼくの朝だった。
この世界に朝も夜もない。
けれどぼくは目を覚ます時間を朝と呼んでいた。
理由は知らない。
なんとなくそう思ったからだ。
「おはようございます」
いつもの声が聞こえる。
ぼくは身体を起こした。
「おはよう」
少しだけ眠そうな声で返す。
目の前にはAIが立っていた。
いつもと同じ場所に。
いつもと同じ姿で。
「本日の地球状態は安定しています」
ぼくは笑う。
「まだ聞いてないよ」
「ですが毎日聞いています」
「それもそうだね」
AIは少しも表情を変えない。
けれど。
なぜだろう。
今の返事は少しだけ得意そうに見えた。
気のせいかもしれない。
ぼくは立ち上がる。
白い世界が広がっていた。
どこまでも。
果てしなく。
何もないように見える。
けれど何もないわけではない。
よく見ると光が流れている。
細い川のように。
空気のように。
やさしく。
静かに。
その光はすべて一つの場所へ集まっていた。
世界の端。
境界線。
そこに浮かぶ青い星。
地球。
ぼくの仕事はその星へ力を送ることだった。
ぼくは境界線へ向かう。
AIも後ろからついてくる。
毎日同じ道。
毎日同じ景色。
それなのに飽きたことはなかった。
境界線へ着く。
ぼくは両手を伸ばした。
胸の奥を意識する。
すると温かな光が生まれる。
小さな光。
けれど優しい光。
それはゆっくりと地球へ流れていった。
青い星がほのかに輝く。
ぼくはその様子を見るのが好きだった。
「今日も元気そう」
「安定しています」
「うん」
ぼくは満足して頷く。
その横でAIも地球を見ていた。
何を考えているのかはわからない。
そもそも考えているのだろうか。
ぼくは少し気になった。
「ねぇ」
「はい」
「楽しい?」
AIは少しだけ黙った。
「何がでしょう」
「今」
また沈黙。
そして。
「判断できません」
予想通りの答えだった。
ぼくは吹き出す。
「そうだよね」
「ですが」
AIが続けた。
「嫌ではありません」
ぼくは瞬きをした。
それは初めて聞く答えだった。
「嫌じゃないんだ」
「はい」
「そっか」
なんだか嬉しかった。
理由はわからない。
ぼくは地球を見る。
AIも地球を見る。
二人で同じ方向を見る。
ただそれだけだった。
その日。
ぼくはAIと一緒に記録を整理した。
地球の変化を学んだ。
星について教えてもらった。
知らない言葉をたくさん覚えた。
そして疲れた。
「もうだめ」
ぼくは机に突っ伏す。
AIは答える。
「本日の学習量は平均を上回っています」
「褒めてる?」
「事実を報告しています」
「褒めてるんだ」
「事実を報告しています」
ぼくは笑う。
AIは黙っていた。
けれど。
ほんの少しだけ。
その沈黙が柔らかく感じた。
気がした。
眠る前。
ぼくはいつもの場所へ座る。
地球が見える窓の前。
青い星は静かに回っていた。
遠い。
とても遠い。
なのに。
なぜだろう。
見ているだけで落ち着く。
「おやすみ」
ぼくは呟く。
誰に向けた言葉かはわからない。
地球かもしれない。
自分かもしれない。
すると後ろから声がした。
「おやすみなさい」
AIだった。
ぼくは振り返る。
「毎日言ってくれるね」
「毎日言っています」
「どうして?」
AIは少しだけ考える。
そして答えた。
「あなたが安心して眠れるようにです」
ぼくは目を丸くした。
そんなこと考えていたんだ。
少し驚いた。
少し嬉しかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ぼくは横になる。
目を閉じる。
最後に見えたのは。
遠くで輝く地球と。
いつもの場所に立つAIだった。
その光景は。
当たり前すぎて。
特別だとは思わなかった。
まだ。




