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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第8章 魔大陸
236/238

第236話 出会い

 


「――父上」


 答えは返って来ない。


 月が消えた夜、王城ロブストは闇に溶けていた。

 魔力を一切受け付けない魔鉱石で築かれた漆黒の城は、墨を零した夜空と一体化し、その威容さえも隠している。

 王城中央に位置する催事の間【空の間】。

 その上部テラスで、ただ一人、夜空を見上げる男がいた。


「――」


 久方ぶりの父娘の再会。

 だが王が振り向くことはない。

 それは過剰な愛情を隠すことのない父の姿とは、あまりにもかけ離れていた。

 

 サラは違和感を覚えながらも、何も言わず盃を差し出す。

 王は黙って受け取ると、再び黒い空へ視線を戻した。


「――父上。聞きたいことがあります」

「……おまえの母親、シエロのことだろう」


 ため息なのか、決意なのか。

 わずかな間の後に続いた落ち着いた声音は、サラの胸をざわつかせた。

 王は、決してサラを見ようとはしなかった。

 

 沈痛な横顔。

 

 一秒が異様に長い。

 それだけで、これから語られる内容の重さが十分すぎるほど伝わってきた。


「……シエロと初めて会ったのも、今宵と同じ月のない夜だったな」


 高く黒い空を見上げるその顔は、悲し気に微笑んでいた。

 王は静かに続ける。


「シエロと出会った場所は――魔大陸だ」


 違っていてほしい。

 その願いは一瞬で砕け散った。


 得体の知れぬ恐怖が、冷たい氷のように全身を這い回る。

 体が強張り、指先から感覚が失われていく。


(なぜ母が魔大陸に……)

(怖い。自分の出自を知るのが)

(――だが、それでも)


 サラは拳を胸に当てた。

 「ふー」と息を吐く。

 夜闇を斬り裂くように蒼い瞳を見開くと、



「聞かせてくれ」



 震えを押し殺した声に、王は、いや父は静かにうなずいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 荒れ狂う水面をものともせず進む帆船。

 しかし、不思議なことに帆はたたまれている。にもかかわらず、船は太陽を背に真っすぐに進んでいた。


 ブリッジに立つ二人の男。

 一人は移動用の軽微な甲冑を身につけているものの、その材質、意匠は控えめながらも目を見張る精密さを持つ。


「ようやく魔大陸だな。シグルドよ」

「王よ。休戦中とはいえ、ゆめゆめ油断なされぬよう」


 二人が見つめる先で、割れたガラスのように鋭い岸壁に海鳥を襲うほどの高い波がぶつかり爆音が轟いていた。その飛び散る水飛沫を浴びながら、王と呼ばれた男は、そっと腰に下げた剣に手を置いた。


「しかし、シグルドよ。暁大戦が終わりもう五百年が経とうとしている。

 いつまで、人は魔族に対して封鎖と監視を続けるのだ」

「自分は武人にて、政は門外漢。ご容赦を」

「誰よりも多く、身近で政をみてきた者がなにをいう」


 懇願するような王の視線を見ることなく、シグルドの頭は下がったままだ。


「わかっておる。決断は自ら行う。そのために、必要な情報を集めてくれ希代の剣士よ」

「御意」


 その会話の直後、船は岸壁にぽっかりと空いた穴へと消えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「この地域にも特段反乱の兆候はないな」

「……そもそも生きてゆくだけで精一杯な故」


 強風吹き荒れる荒野の中にぽっかりと空いたクレータ。

 王は底に降り立ち口覆い(タグルム)を外し、空を見上げた。


 わずかに差し込む日の光を独占したそばの実が、申し訳なさそうに白い花を揺らしている。その畑を囲むように、家々がひしめき合いスラムが形成されていた。


「貿易も許されぬ上、こればかりの作物しか得られない。これで一体どうやって生きていくというのだ」

「魔族の主食は魔物ですからな。とはいえ、暁大戦で多くの戦士が失われた彼らに必要な量を狩るだけの力はありますまい」

「五百年も前のことではないか?」

「魔族は長寿と引き換えに繁殖能力が著しく低いゆえ」

「むぅ。ならば先人の狙いは……」


 感情を表に出すことなく客観的な事実を並べるシグルド。

 その冷静さが王を冷酷な事実へと導いた。


「ゆるやかな魔族の根絶か……」

「――――」


 ため息のような王の言葉にシグルドは何も答えない。

 ただ無言で風に軋むスラムに目を向けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「よいのですか?」

「硬いことをいうな!お前も呑め!!」

「いえ剣が鈍る故、結構」


 スラム街の端にわずかに空いた区画で、円錐型に組まれた丸太がバチバチと大きな音を立てて燃えている。

 燃え上がる炎はクレーターの壁面を照らし、多くの人影を映し出していた。


「皆の者、遠慮はいらんドワーフ王からの差し入れだ!存分に飲んで、食べるがいい!!」


 風呂釜ほどある鍋を豪快に混ぜながら、威勢の良い掛け声が響く。

 立ち昇る蒸気が食欲を刺激する香辛料の香りをまとい、辺りに立ち込める。

 すると、ひとりまたひとりとスラム街の影から姿を現した。


「ほんとに食べていいの?」


 骨が浮き出た少女か少年か分からない幼子が、よろよろと前にでてきた。


「ああ!もちろんだとも! 子どもならなおさらだ!沢山たべなさい」


 配給係は、にっこりと笑顔を浮かべ即答すると、深皿にスープをなみなみ注ぎ差し出した。


「ありがとう。やっと、お母さんに食べさせてあげられる」


 そう言いながら、幼子は一口も口をつけることなく大事そうに抱えてその場を去った。

 その後ろ姿を見ながら配給係は唇を噛むと、脇の兵士に目配せ。

 兵士は配膳板にスープを所狭しと並べると、すかさず幼子の後を追った。


 一連の光景を天幕の中から覗いていた王が独り言つ。


「他人を思う心は、我らと何も変わらんな……」

「――――」

「暁大戦。争う理由も分からぬまま大地を血で染めあげた大戦か……」


 シグルドは頷くことなく、ただ瞳を閉じた。

 月のない空に王の嘆きに似た独り言が溶けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 崩れた丸太が熾火となり、温かな光が人々を包み込む。

 満足気な顔を浮かべたまま、火を囲うように眠りにつく人々。

 人族も魔族も皆、酔いつぶれ幸せそうに鼾をかいていた。


 そんな中、鋭い眼光が光り「キン」という甲高い音とともにむき身の刃が闇夜に浮かんだ。


「王よ。決して傍を離れぬようお願いします」

「――むぅ。どうしたシグルドよ」

「敵襲です」

「ばかな、彼らはそこで……」


 覗き窓から宴を囲い眠り込む魔族たちを見渡すも、シグルドの剣気は鋭さを増していく。

 世界屈指の剣士シグルドのただならぬ様子に、王は考えを改めざるを得ない。


(魔族はここで眠りについている。外壁の影に隠れるていどなら見張りが気づくはず。

 ならば……)


「敵は空から!! 魔物か!」

「――ご明察!!」


 突如、天幕が吹き飛ぶような突風が吹き降ろし、支柱がミリミリと音を立ててひしゃげだす。ついに堅牢に組まれた梁が積み木を崩すように容易く崩壊していく。

 一瞬の内に粉塵が舞い上がり辺り一面が灰一色に染まっていく。

 しかし、その浸食は長く続くか無かった。

 蝗の群れのように獰猛に広がっていく煙に、幾筋もの光る線が浮かんだ次の瞬間、


「――やれやれじゃわい」

「衰えてないようで結構、結構!」


 人の胴ほどもある梁を片手で軽々持ち上げる王。その脇で、シグルドが残身を解き感嘆の声を上げた。


「シグルドよ……護衛ならまず儂を守るべきじゃない?」

「何をおっしゃいますか。そんな軟弱な稽古をつけた覚えはございませぬ」


 口を尖らせ抗議する王をシグルドは目を合わすことなく一蹴する。

 互いに軽口を交わしながらも、視線を前方睨みつけていた。

 風が吹き、徐々にけむりが薄まっていく。


 少しずつ姿を現したのは、魔物であるかも疑わしい化け物だった。


 黄金に灼けたたてがみを持つ獅子の頭が、夜を喰らうように天を仰ぐ。

 その鬣からは、ねじれた角が飛び出し、先には紫電が迸る。

 さらに黒光りする尾の先には、赤い斑模様をした蛇が、ゆっくりと鎌首をもたげていた。


 それは三つの生命が一つの肉体に閉じ込められた、禁忌の造形。


「ふむ、神話の怪物キマイラか。これは初めてみるな」

「うぇ。儂は無理ぃ。気持ち悪いもん」


 お伽話か建国史に出てくる誇張された怪物。

 魂が忌避する異形を目の前にしてもシグルドは動じない。

 そんな彼とは、対照的に王は顔をしかめ後退を選択。


 「では」


 そう言い、一歩前に出たシグルド。

 居合の構えをとりキマイラを待ち構える。


「グルルゥーー」


 怪物は涎をたらしながら鋭い眼光で睨みつける。

 間合いをはかるようにシグルドの周りをゆっくりと動き出し。

 その足が止まり、首が僅かに傾ぐ。同時に丸太のような前足を「ダン」と突き出すも、シグルドは動かない。

 ただ静かに、だが確実に互いの闘気をぶつけ合う。

 同時に、空間がバチバチと音を立てて光りだす。


「覚えておけ怪物。間合いとは触れた瞬間に決まるものだ」


 その言葉の直後、巨大なキマイラの体に無数の銀線が走った。

 ドス黒い血が吹き出し、体だったものが肉塊へと変わり大地に溶け落ちていく。


「流石じゃな!」


 拍手と共に労いシグルドに近寄る王。

 しかし、シグルドは庭に水を遣るだけの簡単な仕事だと言わんばかりに拍手を制止。

「所詮は魔物か」とこぼし、王の脇へ移動しようとしたその時だった。


「――近寄ってはなりませぬ」

「ん?どうしたのじゃ?」


 再び剣呑な殺気を纏い直し、踵を返すシグルド。

 すでに抜刀した切っ先は、肉の塊に向けられていた。


「流石にもう死んで……いっ!?」


 目に飛び込んで来た信じがたい光景に王の顔は引きつり、上体はのけ反った。


「まさか、あんなバラバラの状態から復活する……のか……」


 王が見つめる先で肉塊だったものが、粘菌のようにドロドロの姿に変化していく。

 恐怖はそれだけで終わらない。

 粘性体は、残った肉体をぼりぼりと音をたてて食べ始めたのだ。


「化け物め!!」


 顔をしかめ、吐き捨てるシグルド。

 食べる度に巨大化していくキマイラ。

 食べさせまいと斬撃を飛ばすも粘性体となった化け物は、斬れはするも即座に復活。

 ダメージが蓄積されたようには見えない。


(――どうする? いったん退くか……いや)


 シグルドの脳裏に撤退の二文字が浮かぶも、目端に捉えたのは律儀にも深皿を返しに来た幼子だった。


「ひっ!!」


 ガランと音を立てて落ちる皿。

 その音に反応し、粘性体はねっとりと向きを変えた。


「いかん!!」


 年端のいかぬ子どもは、恐怖に捕らわれ動けずに座り込む。


「おかぁさん……」


 怯えた小さな声がシグルドに届くよりも早く、銀閃が怪物を捕らえた。

 周囲にべちゃりと音を立てて刻まれた部位が飛び散るも、


「くそ!!間に合え!」


 千切れた部位それぞれが、幼子に向かい四方から飛び掛かっていた。

 幼子の顔が恐怖に歪み、涙が痩せた大地に染み込んでいく。

 ならばとシグルドは、子を救出すべく走り出した。


 瞬きほどの時間。


 たったそれだけでシグルドは子どもの下へ到達。


「無事でよかった」


 そういうとシグルドは子どもを抱きしめ、やさしく耳を塞いだ。

 背後から迫る不気味な音を聞かせぬために。

「申し訳ありません」まるでそう言うかのように、シグルドは王に向け頭をさげた。


 全てを察した王の顔が苦痛に歪む。


 赤く染まる視界。


 シグルドの背中に激痛が走り、思考が止まっていく。

 遂に膝が崩れたその時だった。


「【神羅万象】 天にあだなす者を焼き尽くせ 神鳥(カルラ)!!」


 どこからともなく聞こえた声。

 しかし、心地よく、不思議な力強さを帯びた声。


「今のは……。はっ!!」


 次の瞬間、王の目に飛び込んで来たのは、燃え盛り崩れ落ちていく粘性体の姿。

 不思議なことにその紅き炎は、化け物だけを焼いていた。


「一体なにが……」


 王は事態を掴もうと、目を細め炎が照らす闇に目をやると、


「美しい……」


 心の声が漏れた。

 揺れる紅き炎の背後。

 蜃気楼のように揺らぐその場所に、金色の髪を風になびかせ一人の女が立っていた。


「……人、なのか」

 

 見惚れるシグルドの視線先、その瞳は空のように蒼く澄んでいた。



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