第七話
「好きです、付き合ってください!」
「ふぅむ…」
八月某日、期末テストで黒井さんがぶっちぎりの1位を取ったその日の放課後、廊下に張り出された結果を見ても一喜一憂する事なく教室に戻った彼女の机の中に、一枚のラブレターと思しき物が忍ばされていた。
内容はごく簡単に『放課後、1人で学校の屋上に来て下さい』という物で、暫し指で顎を触りながら考えていた黒井さんは、何を思ったのか私に一緒についてこないかと誘ってきた。
(うわあ…生の告白初めて見た…)
もちろん、首をブンブン振って行かないアピールをしたのだけれど、黒井さんはその綺麗な顔をワザと沈ませて『友達じゃないのか…』等と、可哀想な自分アピールを私の主張の上に被せてきたのだ。
それとこれとは話が違うと思ったのだけれど、仮にも親友にそんな顔をされたのでは行かない訳にはいかない。
「ダ、ダメですか…?」
「ダメとかそれ以前に、1つ私の質問に答えてくれないか? 明確な返事はその後でするから」
誰もいない屋上で、まだ真夏の太陽が元気に働いてる時間帯に、黒井さんの前に立つのはクラスで見掛けた事ある男子だ。
相変わらず人見知りで名前を覚えるのが苦手な私達は、屋上に着いて真ん中に佇む彼を見ながら、頭にクエスチョンマークを浮かべて『はて? 彼の名前はなんだっけな?』と、顔を見合わせた。
中央に立つ2人を入り口のドアの隙間からそっと様子を窺う私は、とても両親に見せられた姿ではない。
嫌々ながら付いてきた私だけど、どうしてか心がワクワクして、緊張する男子には悪いと思ったけど、好奇心で目が離せなかった。
「〝最も永く続く愛とは、決して報われぬ愛のことだ〟…20世紀に活躍したイギリスの劇作家であるサマセット・モームが残した言葉であるが、君はこれを理解してもなお、私と恋人関係になりたいと思うのだろうか?」
「……は? え、どういう事です?」
だけれど次の瞬間に、威風堂々と自分の知識から告白相手に尋問を開始した黒井さんを見て、たじろぐ男子がなんだかとても可哀想に思えてしまった…
(その質問はないよ、黒井さん…)
▼
「例えば、この告白を私が受けて君の片思いが成就したとして、その先永遠に君は好きだった気持ちを色褪せず保ち続ける事が出来るだろうか?」
「えっと、そのつもりです。というか、そうでなきゃ告白してません」
「ふむ…そうやって断言するのは結構だが、小野小町の和歌や徒然草にもあるように、心が移ろいやすいのは人間の自然な姿であると説かれているのは知っているかい?」
「……一説は一説じゃないですか」
「それもまた然り、だけれども私はそれが正解であるとも思っている」
私は告白なんてされた事ないけど、今のこの光景は、小説や漫画で見るようなシチュエーションとはあまりに掛け離れすぎていて、聞いていてなんだか頭が痛くなってきてしまい、両手で頭を抱え込んで目をぐるぐる回してしまった。
「一時は相手の事を好きだと思うかもしれない。その気持ちはきっと嘘じゃないし、それを伝える君の勇気には心からの賛辞と拍手を送ろう…しかしそれは永遠に、例えば君が私の中身を知っても永遠に誓えるかと言えば、きっとまた別の話だ」
「ですが、そんな事言ったら誰も前に進めなくなります」
「そうその通り。じゃあ問うが、実は私の前世がオジサンで、中身が男だったら?」
「……え?」
「仮にならばの話だ。さあどうする?」
……黒井さんって、頭は良いけどなんか変だなぁと、思ってしまった。
自分で自分のウィークポイントを他人に晒してどうするんだろうって、普通に『ゴメン、君とは付き合えない』で終わらせれば簡単に済む話なのに、どうしてわざわざ、そんな難解な問い掛けをするんだろうって…
「…それでも、好きです」
「本当に?」
「はい、例え貴女の中身が男であっても、僕の気持ちは変わりません…」
「ふぅむ…」
───暫しの沈黙が流れる。
空は相変わらず澄み渡っていて、雲なんか1つもない青空で、たまに飛行機雲が横に流れるくらいの夏の季節に、太陽も、それを受けたアスファルトも、今はただ大人しく、私と一緒に二人を見守るだけだった。
「……君、名前は?」
「笹原、笹原孝助です。教室ではいつも黒井さん達の隣の列の一番後ろに座っています」
笹原くんと名乗った人は、どうやら私と黒井さんが座る席の結構近くにいたようで、ああそういえば後ろの方に彼らしき人がいたなぁと思い出す。
顔も普通で、小説で言うなら本当に何の特徴もないようなモブっぽい男子なのに、勇気だけは1人前だった。
あの黒井さんを前にしても、一歩も引かず真っ直ぐ目を見つめるぐらいに…
「……取り敢えず、友達からって事で良いだろうか?」
「「え!?」」
「……私も同年代の気兼ねなく話せる男子の友人が欲しいと思ってたから、丁度良いなと思ってさ」
思わず笹原くんと一緒に驚きの声を上げてしまった。
チラリと私がいる方向を見た黒井さんには悪いけど、あの数々の男子の心をへし折ってきたと有名な彼女が、こうして譲歩するとは思えなかったから…
「まあ教室では、私からは積極的に話しかけないから、話したくなったら君の方から来てくれ…そして3年後、君の心がまだ変わっていないようだったら、もう1度答えを聞きに来るといい」
「は、はい…3年後…?」
「〝心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる〟と、アメリカの哲学者であり、心理学者でもあるウィリアム・ジェームズも言ってるから、君の気持ちがどうなるかも分からないだろう?」
「そんな事……」
「無いと言い切れないのが人間というものさ、報われぬ愛に疲れて、簡単な愛に逃げてしまうかもしれない。まあ、私はそうなっても君を非難しないがね」
「は、はあ……」
ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……
▼
───そうしておよそ30分に及ぶ、謎めいた告白ショーは幕を閉じた。
踵を返した黒井さんがツカツカと私の方に歩いてきて、目が合った私にパチンッとウィンクをしながら次のように述べてきた。
「……倉敷さんと似たような目をしていたから、ついつい試したくなってしまったんだ。人の純粋さに焦がれる私は、日常からそれを探してしまうのが癖になってしまっていてね、裏表なく好意を向けてくれる人間は、やっぱり無碍には断れないのさ…」
「……はあ」
「まあ、私がその気持ちを受け取る事は、多分ないんだろうけども」
……と、前世オジサンの記憶がある黒井さんは言うのだが、先程の彼女の台詞に紐付けて『運命はどうなるか分からないよなぁ』と、まだ動けずにいる笹原くんを見ながら思ったのだ。




