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第六話

 ───他人に平気で傷付く言葉を吐ける人は、本当に同じ血の通った人間なのかと疑いたくなる。


 強い立場から物を言い、言われた側の気持ちを一切考えず「自分が絶対正しいんだ」と信じ込んで、周りに誇張しながら防御を固めていくから、言葉が弱い私達はどんどん追い詰められていってしまう。


「……『他人に無礼な態度を取ることは、自分の無価値さを告白しているようなものだ』って、過去の偉人は言っていたね…」


 とある日の放課後、近々行われる期末テストに向けて図書室で勉強していた私は、殆ど見ていてくれるだけの黒井さんに、こっそりとそんな辛い過去の事を話してみた。


 些細な事を切っ掛けに友達だった人と喧嘩して、次の日小学校に行ったらば、誰も話してくれる人がいなくなっていた日の事を…

 売り言葉に買い言葉、互いの主張がズレ合って、私は真の理解者を敵に回した。

 辛い時、苦しい時、いつも話を聞いていてくれた彼女は「たまにはコッチの話も聞いてよ」と、いい加減ウンザリしていたんだと思う。


 内緒だった話を全部ぶちまけられて、「あの子はこんな下らない事で悩んでるんだよ」と笑い者に仕立て上げられて、もちろん含まれる酷い暴言も、私は一身に受けて泣きながら学校に通っていた。


「自信のなさ、心の貧しさ、品性の欠如や持ってる知恵の乏しさ、そして自衛の手段…その中の1つでも当てはまる者が、他者への攻撃や傲慢な態度を大人の振る舞いを忘れてするようになるんだ…」


 黒井さんはそう言って、ペンをクルクル回しながら遠くを眺めた。

 図書室には私達以外には誰もいなくて、みんなテスト勉強しなくていいのかなぁと思うけれど、こういった込み入った話は2人きりの時の方が捗るから、どうか余裕を持ったままでいて欲しいなと、勝手な願い事をしてしまった。


「前世の記憶でもチラホラいたね。そんな人でなしな連中が…」

「経験があるのですか…?」

「多分、倉敷さんの倍以上…学ばない私は溜まった愚痴を『この人なら』という人に吐き捨てては、いつもいつだって裏切られてきた」


 間違った会話の選択肢をしてしまったかなと思うけれど、今さら後には引けない。

 切り出したなら最後まで責任を持って続けなければ、折角耳を貸してくれた黒井さんに失礼になる。


「人間ってのは結構自分勝手な生き物で、その時だけは同調して、一緒になって悩んで解決案を提示してくれるけど、実際の本音は『私の方が辛いんだ』が勝ってしまうから恐ろしいんだ」

「実際の本音…ですか」

「そう、考えてもみてご覧よ? 例えば倉敷さんより見た目も頭脳も運動神経も、何もかもが勝っている人が目の前にいたとして、その人が倉敷さんに『私って運が無いからさ』とか相談してきたら、倉敷さんはその人の話を真剣に最後まで、親身になって一生懸命聞くかい? 家に帰ってまでも『あの人大丈夫かなぁ…』とか考えたりするかい?」

「……一応、すると思いますけど」


 今まさに目の前に、その例文に沿った人物がいるのだが、私は敢えて口に出す事を止めた。


「本当だろうか? 本当にずっと親身になれるだろうか? 違う悩みに襲われた時、打ち明けてきた人物を最後まで励まし続けられるだろうか? きっと、いくら聖人な倉敷さんでもこう思うんじゃないかな?『煩いな、私だって悩み事を抱えているのに』って…」

「そんな事は……」

「無(・)い(・)とは言い切れないのが人間の恐ろしい所さ、そして愚痴を聞いて溜まっていた鬱憤を別な人間に吐き捨てる。めちゃくちゃに扱き下ろして、最後は相手が最も傷付く言葉を支えてあげていた人物に投げ付ける。幾通りもの悩みを聞いていたのだから、何を言えば相手が傷付くかを理解しているからとても恐ろしい」


 否定した私の言葉を上書きするように、黒井さんはやや興奮気味に、語気を強めて訴えてくる。

 指先のペンは先程の倍以上の早さで回っている。

 正面から見る黒井さんは、いつもの綺麗なアシンメトリーカラーであるが、今日はなんだか黒い部分がとても存在感を出しているように感じたのだ。


「───故に最初の言葉に回帰する。『他人に無礼な態度を取ることは、自分の無価値さを告白しているようなものだ』って台詞に、自分に価値を見出したいから他人の悩みを聞いて、下らない事で悩んで馬鹿だなぁと優越感に浸って、最後は罵倒を浴びせるのが愚かな人間がする最終的行為だ」


 ピタリとペンを回すのを止めた黒井さんは、真剣な眼差しで私を見ながら言った。


「甘い言葉に騙されるな、優しい言葉に絆されるな、私達人間は本当は全員が弱者の集まりだ。ただ言葉で武装して強く見せてるだけの人間に、負けちゃ駄目なんだよ倉敷さん」

「……は、はい」


 誰もいなくて良かったと、この時ばかりは本当に思った。

 だって強い言葉を使う黒井さんの目には、うっすら涙が溜まっているように見えたから…


「強くなろうよ倉敷さん…1人が怖いなら一緒にさ、私だって見せかけだけのハリボテに身を包んだ弱者の1人でしか無いのだから…」


 私から見ればじゅうぶん強い人に見える黒井さんは、どうしてかこの時ばかりはとても弱々しく見えて、過去に誰かに相談していたあの頃の私よりも、強く強く助けを求めているように見えて、彼女の事だけは絶対に裏切っちゃいけないなぁと、思ったのだ…

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