第十二話
ドオォォォー……ンンン
パラパラパラパラ……
ドオォォォー……ンンン…
パラパラパラパラ……
「綺麗ですねぇ…」
「私には全部同じに見えるけど、そうだね…」
「一言余計だと思いますよ…」
「それより串焼き買いに行かないか…」
「さっき綿菓子食べたばかりじゃないですか…」
ドオォォォー……ンンン…
パラパラパラパラ……
八月最後の週、もうすぐ夏休みが終わるという時、私とロマンチストの欠片もない黒井さんは、近くの河川敷で行われる花火大会に、最後の夏の思い出を作りに来ていた…
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一旦時は、私と黒井さんが…というかほぼ黒井さんが、カラオケを堪能した帰り道にまで遡る。
御機嫌そうに鼻唄歌う未だ余韻が残る彼女の横を歩いていた時、これから乗る電車の駅の改札口付近の主要通路の壁に、これでもかと言うほど大きなポスターが貼られていたのだ。
「……花火大会ですかぁ」
「うん、去年は物価高で中止になったけど、今年はやるみたいだね…それくらいの予算があるなら私達の暮らしに還元してくれても良いと思うのだけれど、私達一般市民はちょっとした支援金だけでも喜ぶのが分からないのかなぁ…」
ちょうど左側に貼られていたポスターに気を取られ、ピタリと足を止めた私に気付いた黒井さんは、同じように隣に並び立ってそんな夢も希望もないような、やたら現実感のある台詞を呟いた。
「そうかもしれないですけど、やっぱり夏の最後には大きな花火が見たくないですか?」
「……生憎と、私は花より団子派なんでね。空に咲く花に思いを寄せるくらいなら、地上に咲く花を摘んで蜜を吸った方が喜びを味わう事が出来る現実派なんだよ」
「色気より食い気って事ですか?」
「表現が少し皮肉っぽいね。長い時間同じような景色を眺めているのが苦手なだけだよ」
「勿体ない、あんなに楽しいのに…」
色とりどりの綺麗な花火を眺めているだけで、普段日常で起こった嫌な出来事を、その瞬間は忘れてしまう事が出来るというのに、黒井さんはシレッとした顔でそんな悲しい事を言うのだ。
「ならばこんな言葉を知っているかい?『あなたにはあなたの道がある。私には私の道がある。しかし、正しい道、正確な道、唯一の道などというものは存在しない』…byフリードリヒ・ニーチェ」
「……え?」
「恐らく倉敷さんも知っているであろう19世紀のドイツを生きた有名な哲学者フリードリヒ・ニーチェは、全ての人に共通する絶対的な正解や、唯一の正しい生き方などは存在せず、一人ひとりが自分の価値観や視点に沿って生きるべきだと、個人の主体性や多様性を重んじる事が大切であると説いているんだ」
「個人の主体性…ですか?」
「そう、例えば今のように、倉敷さんは夏の風物詩である夜空を彩る花火を見るのが当たり前で楽しいと言った。だけど私はそれよりも屋台に並ぶ食べ物を味わう方が有意義であると言った。…一年に一度の花火大会の事だけど、そこには互いの価値観のズレが既に生じている訳で、それを強要する事は個人の主体性を否定する事に繋がってしまうというわけさ」
「な、なるほど……」
確かに黒井さんの言う通り、私の頭の中では花火を見る事は皆が楽しいものだと勝手に決めつけられていた。
人それぞれ色んな楽しみ方があるのに、それが皆の共通認識だと思い込んで、花火を見るよりも別の事をした方が有意義であると感じる黒井さんを非難するのは酷く自己中心的な考えで、自分と異なる価値観を受け入れられない未熟さを惨めに露呈しているようなものだと痛感する。
「……すみません、私の配慮不足でした」
「いや、いいんだよ。というかそこまで反省するような事じゃないし、倉敷さんの言い分も何となく分かるから…っだから、頼むから頭を上げてくれないかな?」
ポスターの前で深く頭を下げた私に向かって、黒井さんは両手を前に出して、こんな大勢の人が行き交う中で頭を下げられるのは困ると狼狽えて懇願してくる。
「───っですが私は、黒井さんと一緒に花火大会に行きたいのです! 高校で初めて出来た唯一無二の親友と一緒に、最後の夏の思い出を作りたいんです!」
「え、ええっと…」
だけど私はそこから顔を上げて、そんな黒井さんのお願いを超える頼み事をしてみせた。
通りすがりの人もみんな驚いた顔をして見て行くけれど気にしない、きっと普段クールな彼女をここまで困惑させたのは、恐らく同年代の中でなら私が初めてじゃないかと思う。
「お願いです! 一生に一度の大切なお願いなんです!」
「そ、そういうこと言う人は、大概また似たような台詞を口にするんだけど…」
確かに一生に一度の願いなんて、絶対二度目三度目があるに決まっている事は分かってる。
私だって黒井さん程の人生経験は無いにしても、同じような頼み方をする人を何人も見てきたから…
だけど優しい優しい黒井さんは、そんな私のあまり信用出来ないような頼み事を、溜め息を吐きながら承諾してくれたのだ。
「分かったよ…自分の価値観もたまに間違ってる時があるしね…」
「あ、ありがとうございます!」
「だけどその代わり、キチンと私に夏の風物詩の素晴らしさを教えて欲しいな。団子より花だって事をしっかりとさ…」
「……は、はい!」
───それが、今から一週間前に私と黒井さんが交わした約束だった。
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ドオォォォー……ンン
パラパラパラパラ……
「……ど、どうです? そろそろ打ち上げ花火の素晴らしさが分かって来ましたか?」
「ムグムグムグムグ…う~ん」
花火を見始めておよそ30分が経過した頃、串焼きが食べたいと騒ぐ黒井さんに仕方なく折れて購入しに行った後、先程いた最前列より遠い場所の高台から花火を見上げる私は、隣で美味しそうに串焼きを頬張る黒井さんに聞いてみた。
「……やっぱり私は、団子の方が好きかなぁ」
「そ、そんなあぁー……」
がっくりと項垂れる私の上で色とりどりの花火が上がる。
無心で串焼きを頬張りながら花火を見る黒井さんは、今日は彼女の母のお下がりの水色の浴衣を着ている。
「……でも、団子より素敵だなぁって思う事には出会えたから、やっぱり花火大会も悪くないのかもね」
「え? それってー……」
「倉敷さん、ピンク色の浴衣とても似合ってるよ。今日はそれを見れただけでも来て良かったなぁって…思えたよ」
「……え?」
ニカッと笑った黒井さんはとても綺麗で眩しくて、不覚にもそんな笑顔に花火よりも見惚れてしまった私は、やっぱり人を困惑させる事においては、彼女に敵わないなぁと思ったのだった。




