第十一話
身長155センチ、黒井さんとちょうど10センチ分差がある私は、腕も脚も普通の長さで、胸だってペッタンコである。
そんな私が、安物のデニムにTシャツに、スニーカーを合わせた非常に地味な服装なのに、なぜか周りの視線を集めてやまない黒井さんの隣を歩いてしまえば、少なからず劣等感を抱いてしまうのも仕方ないという訳だ。
「……別に、私は倉敷さんはじゅうぶん可愛いと思うけどね?」
「え?」
「視線、気付かないとでも思ったのかい?」
「あ、あはは…」
「ヒラヒラした洋服を着こなせてるだけで、じゅうぶん勝ち組だよ倉敷さんは」
───と、優しい黒井さんは無地の白ワンピース姿で歩く私を褒めてくれるのだが、やっぱり街行く人々はみんな黒井さんを見ていて、一緒にカラオケボックスに向かう隣の凡庸な少女には興味を抱いてくれないのだった。
(とは、言ってもなあ…あーあ、黒井さんが羨ましいよ…)
黒井さんのようにシンプルな服装は更に私の平凡さを際立たせるだけだし、ピンクや青の派手な色の洋服は逆に存在を落ち込ませるだけだ。
無印良品などのファストファッションを好んで着こなす黒井さんと、これ以外自分に見合う服がないから白を基調とした質素なスカート類を着る私は、持って生まれた素材こそ違えど案外似た者同士なのかもしれない。
「なんだい、まだ納得いかないようだね?」
「だってぇ、私も黒井さんみたいに服に着られるんじゃなくて、着こなしてみたいんですよ」
「……別に見た目なんてどうだって良いじゃないか?」
「黒井さんがそれ言います?」
「倉敷さんらしくないなあ、今日は随分突っ掛かってくるね? 何か家で嫌な事でもあったのかい?」
「……弟に余計な一言を言われただけです」
出掛ける前に私をお見送りするお母さんの横から顔を出した弟が、それ1着しか持ってないんじゃないかという代わり映えのしない洋服を見て『姉さんもう少しお洒落したら?僕と一緒で顔が地味なんだから、せめて服装くらいは気を遣わないと』等と言ってきた。
「岳人が?」
「ええ、まあ生意気なのはいつも通りなんですけどね、その後のお母さんのリアクションがちょっと…」
別に今さら私の見た目に対して、批判的な意見を言われた所で特に心に来るものはないが、脇で聞いてた産みの親のお母さんは、それはそれは哀しそうな顔をしていた。
綺麗に産んであげられなくてゴメンって、お父さん共々地味な顔立ちでゴメンって…
どうしようもない遺伝子を引き合いに出して謝っていたから、流石に弟もバツの悪そうな顔をしていたけど、覆水盆に返らずだなと思って、そそくさと私は家を出た。
「なるほどね…因みにだけど、古代ギリシアの自然学者であり哲学者でもあったアリストテレスが『芸術が目指すのは、外見的な姿ではなく、その内にある本質である』という一文を説いているのだけれど、倉敷さんはその言葉を知っているかい?」
「アリストテレス? 名前だけは聞いたことありますけど、生憎とそこまでは…」
「芸術は表面の形を真似るのではなく、奥にある真実や意味を伝えるために存在するというのが彼の見解なんだよ…そして、目に見えない本質を形にするのが表現活動の大きな目的であるのだとも、彼は述べているんだ」
「はあ…でも、それと先程の話に何か繋がりがあるのでしょうか?」
「人間も表面の皮だけでは何も分からないって事だよ。どんなに綺麗な外見でも中身は醜く憎悪にまみれているかもしれないし、毎日笑っている人が本当は泣いているかもしれない」
「それはそうですが…」
「表面上は人当たりが良くて何をされても怒らなくて『あの人いい人だよね』って思う人ほど、案外心に悪魔を飼っているものさ…具体例を挙げるとするならば、第一印象が悪かった人ほど後で仲良くなるというケースをよく耳にするだろう? 私が言ってるのはまさしくそういう事でね、本質を見なければ私達はいつまで経っても幸せにはなれないって事なんだよ」
───と、黒井さんは歩きながら街中で、いつものように得意の哲学の知識を用いて説明してくれた。
行き交う人がたまに不思議そうに見て行くけど、人生経験が豊富な黒井さんは、やっぱりその事を気にしないのだ。
「現に、私の中身がオジサンであると、誰も気付かないのと同様にね」
背は高く、鼻筋も高く、唇も薄いし目は三重瞼だし…長い手足を交互に振りながら歩く黒井さんの中身がオジサンである等と誰も気付く訳がないのだが、私は素直に頷きながら彼女の左側で小さく笑って歩を進めた。
「……ですね、まさかこんな美人さんがオジサンの記憶を持ってるなんて誰も思わないでしょうしね」
「そういうこと。だから裏表のない性格の倉敷さんには、もっと自分に自信を持って生きて欲しいんだよ。私よりも何倍も綺麗な心を持ってるんだからさ…」
「そ、そんな事ないですけど…分かりました。あ、ありがとうございます」
「ね? 素直にお礼が言えるだろう? だから君は私の隣を歩くに相応しいのさ…」
「ううぅ…あまりからかわないで下さい」
「おや、これは失礼。でも本音だけどね? はははっ」
───それから暫く、私と黒井さんは他愛ない話をしながら、目的地であるカラオケボックスへと、朗らかに向かっていったのだ。
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ジャンジャンジャン、ジャンジャンジャン♪
「はい!はい!はい! いっくよー! 3、2、1GO!!」
……一応、誤解のないように言っておくが、これは断じて私じゃない。
「君と目が合ったら毎日幸せな気がするんだ、今日も明日もずーっと…そ・ば・に、いてえ♪」
こんな聞いてて恥ずかしくなるような90年代アイドルソングをノリノリで歌うのは、断じて私「倉敷美桜」じゃない。
「倉敷さん手拍子して! はい!はい!はい!はい!」
「……はい、はい、はい、はぁ~い」
マイクを持つと別人になる人がいるとよく聞くけれど、私はここまで豹変する人がいるとは知らなかった…
友達は少ないし、カラオケに行くのは家族でばかりだったけど、そんな少ない経験則からでも黒井さんみたいな人はあんまりいないんじゃないかという事が何となく分かる。
「手拍子が小さーい!!」
「はい、はい、はい、はぁー……い」
パチ、パチ、パチ、パチ……
「もっと!!!」
「はあぁ~い、はあぁ…」
ここで先程のアリストテレスさんの言葉を思い出すのも変であるが、確かに人は見た目じゃ分からないよなぁと、ノリノリで歌う前世オジサンの記憶があるキラキラ美人を見ながら思ったのだ…




