33 勇者共鳴
伝令が天幕へ駆け込んだ。
「報告!」
「勇者バニング、前線へ出現!」
「白黒両軍に被害を出し、紫の巫術にて拘束!」
「そのまま離脱しました!」
「勇者ジャスティスも不調です!」
幕内の空気が張る。
レイゼンが静かに目を上げた。
その横で、参謀も顔を向ける。
レイゼンは短く言った。
「何があった」
伝令が息を整える。
「勇者バニング出現直後、戦場全域で異常発光を確認」
「勇者ジャスティスは胸を押さえ、戦闘継続困難」
「さらに──」
「勇者セレンにも異変が」
伝令は続けた。
「後方補給天幕にて、胸部の発光、違和感と苦痛を訴えたとのこと」
「現在、医療天幕で安静中です」
参謀が低く言う。
「一体何が……」
レイゼンは沈黙する。
だが、視線だけが鋭くなる。
「調査を」
医療天幕。
灯りは落とされ、内側は静かだった。
寝台の脇に腰を下ろしたセレンへ、女兵が水差しを差し出す。
受け取った手は、まだ少し強張っている。
帳面を抱えたリュミエラが、すぐ横で顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
セレンは水を一口飲み、息を整えてから頷いた。
「はい、もう大丈夫です」
セレンが、おずおずと口を開いた。
「あの」
リュミエラが顔を上げる。
「すごく……変なんです」
リュミエラの表情が真顔になる。
「何か分かりますか?」
セレンは首を振った。
「うまく言えないんですけど」
胸元へ手を当てる。
「胸騒ぎがして……」
「私の力を」
指先で、自分の胸を示す。
「ここから、引きずり出されてしまうような感じがして」
リュミエラが眉をひそめた。
(暴走……いえ……)
だが、まだ断定はしない。
黙って続きを待つ。
セレンは小さく息を吐いた。
「とても危険です」
視線が落ちる。
補給天幕の中が静まる。
リュミエラはしばらく考え込み、それから静かに言った。
「……分かりました」
珍しく、すぐには次の質問を重ねなかった。
「その感覚は、軽く見ない方がよさそうですね」
セレンが頷く。
「はい」
毛布を少しだけ握りしめる。
「止めたいのに」
「近づいたら、もっとひどくなりそうで……」
リュミエラは目を細めた。
「勇者同士の共鳴」
「あるいは、もっと別の何かか……」
小さく呟く。
その声はもう、研究者のものだった。
だが次の瞬間、顔を上げる。
「今は、無理をなさらないでください」
セレンが少し驚いた顔をする。
リュミエラは咳払いを一つした。
「……観察対象にいなくなられたら困りますので」
セレンは思わず、小さく笑った。
「やっぱり、そっちなんですね」
リュミエラは澄ました顔で頷いた。
「はい」
それでも、その目の奥にはいつになく強い警戒が残っていた。
リュミエラは立ち上がった。
「レイゼン様には、朝一番で報告します」
「……しかし」
「私も嫌な予感がします」
セレンが顔を上げる。
リュミエラは、もう研究者の目になっていた。
「勇者が複数、同じ戦場に揃った話」
「読み返してみましょう」
セレンは小さく頷く。
「はい」
リュミエラは一礼し、補給天幕を出た。
夜気が冷たい。
だが、胸の奥のざわつきは冷えない。
「……三人」
小さく呟く。
リュミエラは書板を閉じ、細く息を吐いた。
机の上の書板へ指先を置く。
だが──と、思う。
神話をいくら遡っても、見つからないものがある。
勇者が二人、同時に並び立つ話。
あるいは三人。
ない。
似た役割を持つ英雄が別々の時代に現れることはある。
別の国で、別の神話として語られることもある。
だが、同じ盤面に二人。
まして三人。
それだけは、どうしても見つからない。
歴史上、類を見ない。
リュミエラは、閉じかけた書板をもう一度開いた。
何か見落としているのではないかと、一瞬だけ思う。
彼女は静かに呟いた。
「いえ……」
視線は、書板の古い文字列をなぞる。
だが、そこには何も記されていない
「あってはならないことなのかもしれません……」
司書の天幕。
灯りがともる。
巻物。
書板。
古い写本。
積み上がった神話集と年代記。
リュミエラは迷いなく棚を開いた。
古い神話を引き抜く。
手が止まる。
そもそも、勇者という存在そのものが少ない。
「数百万から、一千万人に一人の逸材」
「一つの時代に一人」
「それで伝説が出来る」
そんな存在が、同じ戦場に三人。
リュミエラは、さらに頁を繰る。
その時だった。
「……はっ」
指が止まる。
リュミエラは、開いていた頁から視線を上げた。
すぐに別の書板へ手を伸ばす。
魔界の歴史書だった。
頁を繰る。
地上の英雄譚では、悪の魔王ドレイヴァと記されている。
だが、魔界側の記録は違った。
魔王ドレイヴァは、地上へ進軍していない。
黒と金と紫を従え、斬新な経済政策と文化の育成を進めたとある。
音楽。詩。工芸。
温厚な人柄で、それらを保護したとも記されていた。
それでも、勇者に討たれた。
「悪……」
小さく呟く。
「負けた側……」
リュミエラは、次の書を引き寄せた。
西方大陸の歴史書。
北方諸国建国史。
勇者譚。
「……!」
目が、文字列の上を走る。
北の傭兵王。
南の山岳王国。
その争乱。
「傭兵勇者……」
「この王子も、勇者かもしれない……」
顔が強張る。
書には、こうあった。
追い詰められた傭兵勇者は、悪の王子より黒い心臓を引き抜いた。
それを天へ掲げ。
その後、大軍を破壊し尽くした。
指が止まる。
頁を持つ指に力が入る。
黒い心臓、その中央に光。
「黒く光る……心臓」
リュミエラの顔が曇る。
ただの勝利譚ではない。
勇者。
王。
異常な励起。
大軍の壊滅。
記述は断片的だった。
だが、十分だった。
さらに次の頁。
「……山岳王国は」
「今は……盆地に……?」
静かな司書天幕に、紙をめくる音だけが響く。
勇者三人。
異常な共鳴。
暴走しかけたバニング。
そして、地形ごと消えた古王国。
嫌な予感が、もう予感ではなくなりつつあった。
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