28 地上戦争開始
地上戦争開始
朝霧が薄く流れていた。
その下。
地平線を埋める軍。
人族連合軍。
旗が風を裂く。
聖王国の紋章。
各国の軍旗。
色とりどりの布が、海のように揺れている。
二十万。
槍が林のように並ぶ。
その後ろ。
弓兵と弩兵。
エルフの弓兵。
巨体の樹人。
さらに後方。
聖騎士団の騎兵が隊列を整えていた。
空には数騎、竜騎士。
翼が朝日に光る。
そして、その前方。
黒い砦。
先日、魔王軍が落とした大型砦だ。
今は黒い軍旗が翻っていた。
魔王軍。
黒鹿毛の騎兵が列を作る。
重い鎧の歩兵。
その右。
赤い軍旗。
赤軍。
さらに。
戦象。
巨大な影が、ゆっくりと動く。
人族の前列がざわついた。
「……象だ」
「魔族が象を?」
声が揺れる。
砦の前。
魔族兵が槍を立てて整列していた。
黒鎧。
赤鎧。
戦象が鼻を鳴らす。
地面が震えた。
その中央。
ヴァイレンが立っていた。
丈八蛇矛を肩に担ぐ。
目の前には、二十万の軍。
ヴァイレンは一度、空を見た。
そして鼻で笑う。
「多いな」
横でハルドが笑った。
「全部敵ですぜ」
ヴァイレンが蛇矛を回す。
風が鳴る。
「ちょうどいい」
砦の上。
黒の弓兵が並んでいる。
魔力矢を番える音。
ぎし。
ぎし。
ぎし。
連合軍の前列でも盾が上がる。
弓兵が弦を引く。
竜が空を旋回する。
緊張が張り詰めた。
後方。
黒土の中央。
簡素な椅子。
そこに座る男。
レイゼン・ヴァーレス。
静かに地図を見ている。
参謀が言う。
「連合軍、全軍展開」
レイゼンが頷く。
「はじめろ」
ヴァイレンが一歩前へ出た。
蛇矛を高く掲げる。
そして叫ぶ。
「──行くぞ野郎ども!!」
鬨の声。
「オオオオオオオオ!!」
その声が平原を震わせた。
次の瞬間、砦から魔力矢が放たれる。
黒い雨が、空を裂いた。
戦が始まった。
聖騎士団長が剣を抜く。
「陣形維持!」
声が響く。
「魔王軍六万!」
「数はこちらが三倍だ!」
兵たちが槍を握る。
盾が前に出る。
弓兵が弦を引く。
竜騎士が旋回する。
魔王軍中央。
ヴァイレンが蛇矛を持ち上げた。
投げる。
轟。
蛇矛が空を裂く。
音が遅れて来る。
着弾。
衝撃。
土が沈む。
放射状に亀裂が走る。
数メートル。
石が跳ね上がる。
人族の前列が凍る。
距離はまだ遠い。
それでも、大地が揺れた。
ヴァイレンが笑う。
「届くな」
次の瞬間、蛇矛が一直線に戻る。
彼の手に収まった。
後ろの魔族兵が低く笑う。
人族軍にざわめきが走る。
「今のは……」
「投槍だ」
「嘘だろ」
聖騎士団長が叫ぶ。
「弓兵!」
「射程外だ!」
その時、赤軍の旗が動いた。
戦象が歩き出す。
大地が揺れる。
槍林がきしむ。
弓弦が鳴る。
竜が空で旋回する。
平野に、戦の音が広がった。
中央。
ヴァイレンが振り返る。
背後。
黒軍の兵。
槍。
斧。
剣。
そして黒鹿毛の騎兵。
ヴァイレンが蛇矛を持ち上げる。
地面に突き立てる。
轟。
土が沈む。
兵たちが笑う。
蛇矛を引き抜く。
そして掲げた。
「ぶっ潰せ!」
黒軍が動く。
槍列が走る。
重兵が地面を踏む。
黒鹿毛の騎兵が前に出る。
大地が揺れる。
連合軍前列。
盾兵が叫ぶ。
「来るぞ!」
槍林が前に出る。
弓兵が放つ。
矢の雨が黒軍へ降る。
数本が刺さる。
だが、止まらない。
黒兵の投槍が飛ぶ。
盾へ当たる。
止まらない。
木と鉄をまとめて貫き、そのまま後ろの兵の胴へ突き立った。
白兵が崩れる。
続いて魔力矢。
速い。
白い盾列が構え直すより先に、黒い軌跡が走る。
盾へ当たった瞬間に貫通し、構えていた兵の肩と喉をまとめて穿った。
その中に、一つだけ桁の違う投槍が混じる。
ヴァイレンだ。
放たれた一撃が列へ突き刺さり、前後の兵ごと持っていく。
地面が抉れ、浅いクレーターが開き、土と血と鎧片がまとめて跳ね上がった。
右側。
赤軍の旗。
戦象が前に出る。
巨体。
鎧。
牙。
大地が揺れる。
人族軍前列にざわめきが走る。
「象だ!」
「戦象!」
「槍を下げろ!」
中央。
ヴァイレンが走る。
飛び上がる。
蛇矛を振り上げる。
叩きつける。
轟。
衝撃。
地面が沈む。
亀裂が走る。
人族の兵がまとめて吹き飛ぶ。
盾が割れる。
槍が散る。
着地。
ヴァイレンが笑う。
「遅え!」
蛇矛を振る。
槍兵が弾き飛ばされる。
黒軍が突っ込む。
空。
竜騎士が旋回する。
火炎が落ちる。
黒軍の列に火が走る。
だが、止まらない。
黒軍がさらに踏み込む。
平野が震えた。
中央。
ヴァイレンが突っ込む。
蛇矛が唸る。
槍兵の列に叩き込まれる。
轟。
地面が割れる。
数メートルの亀裂が走る。
盾兵が宙に跳ね上がる。
ヴァイレンが笑う。
「弱ぇ!」
蛇矛を振り抜く。
盾が砕ける。
槍兵が転がる。
後方。
ハルドが剣を振り上げた。
「大将に続け!」
黒軍の鬨の声。
重兵が走る。
槍が前に突き出される。
人族軍の盾列に激突する。
鈍い衝撃が連続した。
その時。
人族後方。
巨大な弩が持ち上がる。
大弩。
腕ほどの太さの矢。
号令。
「撃て!」
弦が鳴る。
轟。
矢が一直線に飛ぶ。
ヴァイレンへ。
足元に直撃。
土煙が巻き上がる。
ヴァイレンが笑った。
「舐めてんじゃねぇ!」
蛇矛を振り上げる。
踏み込む。
叩きつける。
轟。
蛇矛が大弩に直撃する。
木枠が砕ける。
金具が弾け飛ぶ。
衝撃が広がり、周囲の兵が吹き飛ぶ。
部品が空を舞う。
大弩は原形を失った。
高地にいたエルフ弓兵が、一斉に弦を放った。
矢の雨が黒の外縁へ落ちる。
杭列。
前列歩兵。
工兵帯。
橋頭堡の導線を、面で叩いてくる。
牽制ではない。
最初から削りに来ていた。
矢の密度が違う。
精度も違う。
通常の人族弓兵とは比べものにならない。
黒軍の前列で盾が鳴り、杭の間にいた兵が倒れ、工兵が後ろへ引きずられる。
「耳長か」
ハルドが舌打ちする。
ヴァイレンは答えない。
ただ前を見ていた。
その後ろから、さらに影が動く。
連合軍の後背。
歩兵列の切れ目から、巨影が前へ出た。
樹人。
五メートル級の歩く木々だった。
太幹型が前へ出る。
分厚い幹を揺らし、そのまま押し潰すための巨体。
枝腕型が続く。
節だった腕を振るい、盾列も杭もまとめて薙ぐ。
根脚型は、太い根のような脚で足場を踏み荒らしながら進んでくる。
燃えにくい樹皮に覆われた巨体が、矢を受けながら黒の外縁へ食い込んだ。
「前へ!」
「歩兵、詰めろ!」
「樹人に続け!」
連合軍前衛が声を上げる。
盾槍歩兵が、樹人の後ろから波のように押し寄せた。
最初の衝突で、黒の兵が吹き飛ばされる。
盾ごと弾かれる。
槍列が崩れる。
杭列が折れ、浅い塁線が踏み潰される。
枝腕が振られるたび、兵が宙を舞った。
根脚が地を踏むたび、黒土が抉れた。
連合軍が、一面で前へ出る。
「押してるぞ!」
「外縁が崩れる!」
「今だ、詰めろ!」
人族側の叫びが広がる。
前哨戦では見せなかった厚みだった。
数だけではない。
異種戦力を重ね、面で押し込んでくる。
黒軍も、普通に押されていた。
それでも、ヴァイレンは動かなかった。
ただ、前線を見ている。
砦の上ではなおも矢が飛び、平原では樹人が黒の外縁を踏み荒らす。
竜撃墜
中央で、ヴァイレンが鼻で笑った。
「竜に乗るなんざ、面白ぇな」
魔族にとって、飛竜とは大飯食らいの爬虫類という認識だ。
丈八蛇矛を肩に担ぎ、上を見上げる。
空。
竜騎士が旋回している。
上から黒軍の陣形を見、旗を振り、戦象と騎兵の動きを伝えていた。
矢は届かない。
弩でも遠い。
人族はそう思っている。
ヴァイレンは足を止めた。
腰を落とす。
蛇矛を片手で持ち直す。
周囲の黒兵が息を呑む。
「……まさか」
ヴァイレンは踏み込んだ。
「邪魔だぁ!!」
投げた。
轟。
音が遅れて着いていく。
黒い一閃が空を裂く。
槍は、まっすぐ上がるのではない。
斜めに、獲物へ食らいつくように走る。
竜騎士の一頭。
胸板の下。
翼の付け根寄り。
そこへ、蛇矛が穿った。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
竜が悲鳴を上げた。
次の瞬間、巨体が傾く。
「な――」
騎手は鞍ごと投げ出された。
空中で回転し、地面へ叩きつけられる。
鎧が土を打ち、数度跳ねたあと止まる。
生きてはいる。
だが、もう立てない。
竜は翼を半ば失ったまま地へ墜ち、平野を抉って止まった。
人族側の視線が、空から地上へ引きずり落とされる。
「……届いた」
「槍が」
「矢じゃない」
「槍だぞ」
異常だった。
竜騎士が、槍で狙われる。
しかも、届く。
空の優位が、一瞬で揺らぐ。
ヴァイレンは空を見たまま、手を差し出した。
丈八蛇矛が再び虚空から顕れる。
ヴァイレンが蛇矛を肩に担ぐ。
「次だ!」
黒軍がさらに押し込む。
平野が震える。
最初の大会戦は、
まだ始まったばかりだった。
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