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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第二部 魔王戦争編

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間話 手のひらの熱

 ── 黒軍野営地・医療天幕前



 司書リュミエラが、真顔で言う。

「勇者様は魔力枯渇です」


 一拍。


「熱源が必要です」


 ヴァイレンが目を剥いた。

「野営地だぞ!」


 リュミエラは頷く。

「野営地です」


「兵がいるんだよ!」


「知っています」


 ヴァイレンは額を押さえた。

「噂になるだろ!」


 リュミエラは少しだけ首を傾げる。

 そして静かに言った。

「──皆さん、ご存知ですよ?」


 沈黙。


 ヴァイレンのこめかみに血管が浮く。


「てめ……」


 その時。


 背後から低い声が落ちた。

「喚くな」


 ヴァイレンが振り向く。

「な、なんだよ」


 そこに立っていたのは、双子の兄レイゼンだった。

 腕を組み、無表情。


「天幕に戻れ」

 軽く顎を傾ける。


「明日も早い」


 ヴァイレンが食い下がる。

「だから!」


 その瞬間。


 レイゼンが、すっと指を二本立てた。

 巫術拘束。


 ヴァイレンの身体が止まる。

「……っ!」


 レイゼンは淡々と言う。

「夜くらいは静かにしろ」


 ヴァイレンは歯を食いしばる。


 遠くでは、まだ酒宴の笑い声が続いていた。


「……クソ兄貴」


 レイゼンは振り向きもしない。


「早く戻れ」


「勇者が冷える」


 沈黙。


(だったら解除しろやボケェ!)


 だが、身体は動かない。


 ヴァイレンは、しばらくその場で固まっていた。


 医療天幕の灯りだけが、静かに揺れていた。



 ───



 黒軍野営地。


 ヴァイレンの天幕。


 灯りは落ち、静かな夜。


 寝台では、セレンが眠っている。


 すやすやと、穏やかな寝息。



 ヴァイレンは入口のところで立ち尽くしていた。


「……クソ……」

 小さく吐き捨てる。


 しばらくして、椅子を引き寄せた。


 寝台の横。


 ぎし、と腰を下ろす。


 少し迷ってから──


 セレンの手を取る。


 温かい。


 ヴァイレンは目を逸らした。


(魔力循環だけだ)


 自分に言い聞かせる。


(それだけだ)


 沈黙。


「……」


 しばらくして、ぽつり。


(何やってんだ俺)


 額に手を当てる。


(まじでダセェ……)


 頭の中に、声が甦る。


 ──リュミエラ。

『精神的、肉体的に痛めつけることは禁止です』

『裏切りは勇者を弱くします』


 そして。


 ──レイゼン。

『勇者は裏切れぬ』


 ヴァイレンは黙った。


 信頼を裏切りたいわけではない。

 欲がないわけでもない。


 ゆっくりと視線を落とす。


 眠るセレン。

 何も知らない顔。

 何も疑っていない顔。


 ヴァイレンは、ため息をついた。


 それから。


 やがて、そっと手を伸ばす。


 セレンの頭を、軽く撫でた。


「……無茶すんなよ」


 声は小さい。


 誰にも聞こえない。


 夜は、静かに過ぎていった。



 ───



 朝 


 薄い朝の光が、天幕の布越しに差し込む。


 セレンが目を開けた。


「……むにゃ」


 少しぼんやりして、

 そして気づく。


 ヴァイレンが、椅子に座ったまま眠っていた。

 腕を組み、頭を垂れている。


 その手は──

 セレンの手を握ったままだ。


 小さく寝息を立てていた。


 セレンは思わず微笑む。


「ヴァイレン様……」


 小さな声。


 少し迷ってから、

 そっと手を外す。


 それから、ゆっくり手を伸ばす。

 そっと頭を撫でる。


「……仲直りしたいな……」


 ぽつりと呟く。


 その瞬間。


「んお?」


 ヴァイレンが目を覚ました。


 セレンが慌てて手を引っ込める。


「おはようございます」


 にこり。


 まっすぐな笑顔。


 ヴァイレンは一瞬、


 完全に固まった。


「……」


 言葉が出ない。


(……可愛すぎだろ)


 頭の中だけで呟く。


 口から出たのは、


 短い一言だった。


「……おう」

 その時。

 天幕の外から、慌ただしい足音。


「伝令!」


 布が勢いよく開く。


「連合軍本隊、布陣開始!」

「丘陵線一帯に敵旗を確認!」



 空気が一瞬で変わる。


 ヴァイレンは立ち上がった。

 椅子を蹴る。

 がん、と倒れた。

 もう振り向かない。


「来やがったか」


 低く言い捨て、

 そのまま天幕を出ていった。


 外では、角笛が鳴り始めていた。





最後まで読んでくださりありがとうございます。

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