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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第二部 魔王戦争編

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間話 勝ち戦と湯たんぽ

 野営地・酒宴



 夜。

 魔王軍の野営地。


 黒土の広場に、大きな火が焚かれている。

 鉄鍋。

 酒樽。

 焼かれる肉。

 戦場のすぐ後とは思えないほどの騒がしさだった。

 だが最初は、どこかぎこちなかった。

 黒兵と赤兵。

 黒兵の一人が酒を差し出す。


「……飲むか」


 赤兵は少しだけ間を置き、それを受け取った。


「……ああ」

 しばらく沈黙が続く。


 火が、ぱちりと弾けた。

 やがて黒兵がぽつりと言う。

「今日の大将、見たか」


 赤兵が鼻で笑う。

「見た」

 酒をあおる。


「戦象の横を走ってた」

 隣の黒兵が身振りを交えて口を挟む。


「大弩に蛇矛ぶん投げてな」

 腕を振り下ろす。

「轟、だ」


 赤兵が笑った。

「部品と兵が、一緒に飛んでたぞ」


 別の黒兵が頷く。

「音が遅れてきた」


 赤兵が肩をすくめる。

「そりゃそうだ」

 酒がもう一杯回る。


 赤兵がぽつりと呟いた。

「あの蛇矛、十貫はあるだろ」


 黒兵が言う。

「それを投げる」

 赤兵が続ける。

「雷の速さでな」


 一瞬の沈黙。


 やがて赤兵が言った。

「……そりゃ勝てねぇわ」

 その一言をきっかけに、どっと笑いが起きた。

 酒が回り始める。

 やがて話題が変わる。


 赤兵が小声で言う。

「そういや」

 黒兵が顔を上げる。

「ん?」

 赤兵は酒を揺らしながら言った。

「勇者」

 黒兵が頷く。

「ああ」

 赤兵が続ける。

「雷、落としてたな」

 黒兵も頷いた。

「落としてた」

 赤兵が少し身を乗り出す。

「で」


「最後、どうなった」


 黒兵は酒を一口飲んだ。

 そして、何でもないことのように言う。

「ヴァイレン様が抱えてた」


 沈黙。


 赤兵が言う。

「あー」

 黒兵も頷く。

「あー」

 赤兵が笑う。

「そういう」

 黒兵も肩をすくめる。

「そういう」

 酒が回り、笑いが広がる。


 その時だった。

 ざり、と足音。


 全員が振り向く。


 火の向こうに立っていたのは──


 ヴァイレンだった。


 腕を組み、火の光の中に立っている。


 一瞬で静まり返る。

 誰かが咳払いした。


 赤兵の一人が、にやりと笑う。

「ヴァイレン様」

 低い声で言う。

「勇者様は大丈夫で?」


 一瞬。


 全員の視線がヴァイレンに集まった。


 ヴァイレンのこめかみに血管が浮く。


「……ぶっ殺すぞ」


 次の瞬間、爆笑が起きた。


「ははは!」

「やっぱりだ!」

「見たぞ俺!」

「抱えてた!」


 黒兵も赤兵も腹を抱える。


 ヴァイレンが一歩踏み出す。

「てめぇら!」


 赤兵が笑いながら酒を差し出した。

「まぁまぁ」

「勝ち戦だ」

 黒兵も頷く。

「飲みましょうや」


 ヴァイレンは舌打ちした。

 だが、酒を受け取る。

 そして一気に飲み干した。


 火を見ながら、赤兵がぽつりと言う。

「しかし」

「魔王軍か」

 黒兵が笑う。

「今さらだろ」

 黒兵が頷いた。

「来たな」

 酒樽が開かれる。


 鬨の声が上がる。

「勝利!」

「魔王軍!」


 酒が回る。

 笑いが広がる。


 黒と赤。

 二つの軍が、この夜───

 一つの軍になった。


 火の向こうで、ヴァイレンは夜空を見上げた。


 遠く。


 北の十字星が輝いている。


「……」

 酒をもう一口。


 夜は、長く続いた。



 ── 黒軍野営地・専用天幕



 夜。


 酒宴は、まだ遠くで続いている。


 笑い声。


 杯のぶつかる音。


 ヴァイレンはそれを背に、自分の天幕へ戻ってきた。


「……やっと静かだ」


 布をめくる。

 中へ入る。


 そして──


 固まった。


 寝台。


 そこに、


 セレンが普通に寝ていた。


 すやすや。


 規則正しい寝息。


 毛布まで、きっちりとかけられている。


 ヴァイレンは、しばらくその姿を見つめた。


「……」


 一拍。


 二拍。


「……ブッ」


 思わず吹き出した。

 慌てて口を押さえる。


「な、なんでだよ……!」


 ぐるっと周囲を見る。


 誰もいない。


 セレンは微動だにせず眠っている。


 完全に熟睡だった。


 ヴァイレンは頭を抱えた。


「なんで俺の天幕なんだよ!」


 当然のように、答えはすぐ出る。

 一人しかいない。

 ヴァイレンは布を跳ね上げ、外へ飛び出した。


「司書ぁー!!」


 怒号。


「リュミエラァァ!!」



 遠くの兵たちが振り向く。


「おい」


「ヴァイレン様だ」


「なんかあったぞ」


 ヴァイレンは怒りのまま歩き出す。


「どこだあいつ!!」


 拳を握る。


「ぶっ飛ばす!!」


 その時。


 医療天幕の方から、落ち着いた声が返ってきた。


「何か問題でも?」


 ヴァイレンが振り向く。


「大問題だ!!」


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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