26 勇者の勝利
魔王天幕。
青白い立体図が揺れる中、伝令が駆け込んできた。
「報告!」
片膝をつく。
「勇者セレン、勇者ジャスティスに勝利しました」
天幕の空気が止まる。
レイゼンは黙った。
魔将たちが目を見開く。
参謀の一人が、思わず声を漏らした。
「……なんと」
「まさか」
伝令は続ける。
「ただし、魔力切れを起こし、現在護送中です」
レイゼンは何も言わない。
ヴァイレンからも、共感を通じて同様の報告は届いていた。
だが、届いているのは結果だけだ。
何が起きたのか。
その中身が分からない。
レイゼンは静かに問う。
「何が起きた」
伝令は息を整えた。
「黄金の雷が、前線に何度も落ちたとのことです」
一拍。
「勇者ジャスティスと、その支援に入っていた者たちは、雷による麻痺で無力化」
「勇者ジャスティス本人も気絶。現在、砦側へ回収されています」
参謀が低く呟く。
「……黄金の雷」
その横で、リュミエラが口を開いた。
「セレン様が、勇者の力に目覚めたのでしょう」
全員の視線が司書へ向く。
リュミエラは淡々と続けた。
「本人の渇望と覚悟の行き先が、定まったのです」
「ゆえに、力もまた形を得た」
レイゼンは沈黙したまま、その言葉を聞いていた。
伝令がさらに告げる。
「前線では、絆領域の消失を確認」
「砦前の敵兵にも動揺が広がっています」
参謀が息を呑む。
「なんという……」
魔将の一人が、まだ信じ切れない顔で言う。
「勇者を、勇者が止めたのか」
レイゼンはようやく口を開いた。
「ならば、好機だ」
静かな声。
「予定通り、砦を落とせ」
天幕の空気が、そこで切り替わった。
───
伝令が下がったあとも、天幕の空気はまだ揺れていた。
青白い立体図の光が、机上で静かに脈打っている。
参謀が、慎重に口を開いた。
「雷の力は無力化に特化しているのかもしれません」
「勇者の力の暴走。破壊の力を発生させる前に、追い詰めず麻痺させる」
「まさに、勇者排除に必要な力でしょう」
レイゼンは黙って聞いている。
参謀は続けた。
「しかし、追加の報告によれば」
「敵味方の区別なく、地に落ちた雷に触れれば麻痺するとのことです」
天幕の空気が少しだけ重くなる。
レイゼンは静かに言った。
「落雷現象としては、間違っていない」
参謀が頷く。
「勇者ジャスティスの力は、味方を区別できましたが……」
「こちらは巻き込まれれば危険か」
短い沈黙。
リュミエラが淡々と補足する。
「停止に特化していても、雷は雷です」
「制御の練度が足りぬうちは、戦場全体を危険域に変えるでしょう」
レイゼンは立体図の上に指を置いた。
砦前。
中央戦線。
勇者同士がぶつかった地点。
「勇者は、兵器利用しない」
声は低い。
「あくまで戦は軍で行う」
「そこは変わらん」
参謀が言う。
「敵勇者の無力化には有用です」
「有用だからこそだ」
レイゼンは即答した。
「切り札として振り回せば、いずれ盤ごと焼く」
「勇者は、便利な兵器ではない」
一拍。
「使えば勝てる力ほど、使わせてはならん」
天幕の中が静まる。
参謀たちも、その意味は理解していた。
勇者セレンの雷は強い。
敵勇者すら落とした。
だが、それを軍の常道へ組み込んだ瞬間、戦場は制御を失うかもしれない。
地上から地底に被害を出すような破壊を生んではならない。
レイゼンは最後に告げた。
「勇者セレンは保護しろ」
「回復を優先」
「次も同じ働きを期待するな」
視線が中央戦線へ戻る。
「砦は、我らが落とす」
───
敗走する戦列。
砦を捨てた兵たちは、街道を埋めるように退いていた。
土煙。
呻き。
怒号。
馬の嘶き。
統制はまだ残っている。
だが、勝ち戦の列ではなかった。
その中央。
護衛に囲まれた馬車の中で、勇者ジャスティスは眠っていた。
傷は塞がっている。
血も止まっている。
だが、意識は戻らない。
白銀の鎧は外され、包帯だけが残っていた。
眠る顔は静かだった。
それがかえって、周囲の焦りを強めている。
馬車の脇では、魔法師団幹部と鍛治師たちが歩きながら、回収した魔族の武具を検分していた。
黒い槍。
折れた刃。
矢じり。
砕けた盾片。
鍛治師が、刀剣の表面を指でなぞる。
「見ろ」
指先が、刃の縞模様を示した。
「積層鍛造の縞だ」
「鋼を重ねて打ってる」
魔法師団幹部が眉を寄せる。
「ただの鋼ではないのか」
鍛治師は鼻を鳴らした。
「違う」
「鋼だけじゃねぇ」
「魔鉱石も混ぜてる」
一拍。
「しかも、ただの魔鉱石じゃない。高濃度だ」
魔法師団幹部の顔が険しくなる。
「……魔鉱石と鋼の合金か」
「そうだ」
鍛治師は、折れた槍先を持ち上げた。
「一兵卒の得物でこれだ」
「なら、上の連中は何を持ってくるやら」
その言葉に、周囲の空気が重くなる。
魔法師団幹部が低く言う。
「聖騎士団の聖別級と比べてどうだ」
鍛治師は少し考え、すぐに答えた。
「あれとはそもそも性質が違う。が、こっちのも魔力を通せば威力が上がるのは間違いない」
「真似はできなくはない。だが戦に量産は間に合わねぇ」
魔法師団幹部は、しばらく黙って武具を見ていた。
やがて、小さく呟く。
「魔族は野蛮だと、長く思っていたが……」
鍛治師が吐き捨てるように言う。
「野蛮なら、もっと助かったさ」
前方では、敗走する兵たちの列がなお続いている。
後方には、黒土。
その向こうに、魔王軍。
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