25 陥落
──砦前
ヴァイレンが顔を上げる。
眩い雷。
ドン。
地から天へ雷が駆け上った。
人も魔族も一瞬、動きを止めた。
兵たちが空を見上げる。
ヴァイレンが唸る。
「なんだ……?」
再び雷。
今度は天から地へ。
ヴァイレンが光の壁を睨む。
蛇矛を握る。
叩き込む。
今度は衝撃が通る。
ヴァイレンの目が細くなる。
「……弱い」
もう一度突く。
光が揺れる。
黒土から魔素が立ち上がる。
煙のように漂う。
それがヴァイレンの身体へ流れ込む。
血が騒ぐ。
魔力が漲る。
心臓が鳴る。
ヴァイレンが歯を剥いた。
「ぶっ壊してやる!」
丈八蛇矛が唸る。
外から叩きつけられた一撃が、光の壁にひびを走らせた。
──絆領域
セレンとジャスティスの剣が激突する。
鋼。
火花。
そして──雷。
刃が触れるたび金の電光が走る。
地面を裂き、空気を震わせる。
ジャスティスの腕が震えた。
剣がわずかにぶれる。
「……っ」
指先が痺れる。
感覚が鈍る。
ジャスティスの瞳が細くなる。
(まずい)
剣を弾き距離を取る。
(長期戦はこちらが不利)
ジャスティスが剣を掲げる。
熱光が渦巻く。
空気が焼ける。
聖なる輝きが上空を照らす。
「奥義」
光翼が広がる。
空へ舞い上がる。
高く。
さらに高く。
そして──
剣を振り下ろす。
「聖光十字斬!」
巨大な光の刃。
十字。
縦は五メートルはある。
空を裂く斬撃がセレンへ落ちる。
その瞬間。
ジャスティスの瞳が揺れた。
「……!」
セレンがいない。
さらに上。
金。
空のさらに高み。
セレンが落ちてくる。
剣を振り下ろす。
轟。
刃がぶつかる。
雷が爆ぜる。
猛烈な痺れ。
ジャスティスの腕が完全に麻痺する。
「──っ!」
次の瞬間。
衝撃。
ジャスティスの身体が叩き落とされる。
地面へ。
轟音。
土が跳ねる。
勇者が大地に叩き伏せられた。
少女たちが駆け出す。
「ジャスティスさま!」
その瞬間。
空間が軋む。
絆領域。
光の結界。
ひび。
音。
そして砕ける。
光が崩れ落ちる。
ヴァイレンが叫ぶ。
「セレン!」
セレンは立っていた。
だが。
剣にもたれかかっている。
肩が上下する。
呼吸が荒い。
雷はもう消えていた。
遠くで、再び戦の音が戻り始めていた。
ジャスティスが倒れた。
それだけで砦側の空気は揺れた。
だが、崩れはしない。
兵たちが急いでジャスティスを担いで砦奥に押し込む。
「勇者様を下げろ!」
「生きておられる!」
「持ちこたえろ! 一晩だ!」
聖騎士団長の怒声が飛ぶ。
白と青の旗の下で、兵たちが歯を食いしばる。
死んではいない。
なら、まだ終わりではない。
勇者の回復力は凄まじい。
一晩あれば、戻る。
それが人族側の希望だった。
そして同時に、それが黒側の攻め時でもあった。
ヴァイレンは砦を見上げる。
もう遠慮はいらない。
「エルン!」
低い声が飛ぶ。
赤の当主が振り向く。
「戦象を出せ」
エルンの口元が吊り上がる。
「やっとか」
号令。
地面が揺れる。
赤の戦象が前へ出る。
重い足音。
熱い鼻息。
甲冑を被せられた巨体が、槍列の前へ進む。
その前で、ヴァイレンが蛇矛を振るった。
轟。
柵が砕ける。
盾兵が吹き飛ぶ。
門前の列が歪む。
「押せ!」
誰の声だったか分からない。
もう、戦場そのものが前へ出ていた。
戦象が突っ込む。
杭が折れる。
逆茂木が跳ね飛ぶ。
砦前の槍列が潰れる。
黒兵の投槍は重かった。
盾を割り、そのまま人体へ届く。
魔力矢はさらに厄介だった。
速い上に、盾ごと兵を穿つ。
人族側はまだ退かない。
勇者が戻るまで。
夜まで。
この砦を残すために。
だが黒は、その前に門を割る気でいた。
黒軍の正面には、すでに攻城兵器が並んでいた。
大盾兵。
工兵。
衝車。
攻城櫓。
後方には投石器。
どれも数は多くない。
だが、十分だった。
正面からも本気で砕きに来る。
そう砦に思わせるには足りる。
門前では、赤の戦象が鼻を鳴らしていた。
甲冑を巻かれた巨体。
熱い息。
足踏みのたびに地面が揺れる。
砦の上。
聖王国側もそれを見ていた。
「正面だ!」
「衝車を止めろ!」
「重弩、前へ!」
「櫓を寄せるな!」
門上の重弩が向きを変える。
長弓兵が列を詰める。
神聖術者が壁上へ集まる。
その時、ヴァイレンが笑った。
「寄ったな」
中央。
黒狼は一歩前へ出る。
丈八蛇矛を握り直す。
今の正面は、門を壊すためだけのものではない。
門を守る火力を、引きずり出すための正面だ。
ヴァイレンは腰を落とした。
次の瞬間。
投げた。
轟。
黒い一閃が空を裂く。
蛇矛が唸り、門上の重弩へ突き刺さった。
木と鉄がまとめて爆ぜる。
重弩ごと弩兵が吹き飛ぶ。
破片が城壁から降る。
「な……っ!」
砦上がざわつく。
だが、それで終わらない。
ヴァイレンはすでに次の槍を受け取っていた。
補佐兵が無言で差し出す。
黒狼はそれを掴み、また投げる。
轟。
今度は櫓上。
投石具の脇。
弩兵と指揮兵がまとめて消える。
石壁そのものは抜けない。
金属扉も割れない。
だが、門を守る手は潰せる。
「重弩が!」
「門上、下がれ!」
「神聖障壁!」
白い光が壁上に走る。
だが、間に合わない。
三投目。
槍が門楼の木組みを貫く。
支柱が折れる。
見張り台の一角が崩れ、悲鳴が落ちた。
ヴァイレンは鼻を鳴らす。
「壁は固ぇな」
その横で、エルンが獰猛に笑った。
「なら、門前を潰すまでだ」
腕が振り下ろされる。
「戦象、前へ!」
赤の戦象が動く。
重い足音。
土が沈む。
柵へ突っ込む。
逆茂木が折れる。
杭が跳ね飛ぶ。
槍列が乱れる。
その後ろを衝車が進む。
大盾兵が押す。
矢が盾を叩く。
熱油が落ちる。
神聖術が弾ける。
「押せ!」
「門前を空けるな!」
「柵を立て直せ!」
人族側もまだ折れていない。
ジャスティスは倒れた。
だが死んではいない。
一晩持てば戻る。
その希望だけで、砦は立っていた。
「ここで止めろ!」
「夜まで持たせろ!」
「勇者様が戻られる!」
その叫びが、逆に黒には聞こえていた。
レイゼンは本陣から立体図を見ている。
砦の正面。
兵の寄り。
門上の火力。
側面の薄さ。
正面に兵が寄った。
重弩も長弓も術者も、門前へ寄った。
だから。
側面が薄くなる。
西。
別働のバルクス隊が、すでに外郭へ取りついていた。
巨漢の魔将が、大きな鉄塊鎚を肩に担ぎ、石壁を見上げる。
「小せぇな」
振りかぶる。
振り下ろす。
轟。
石が罅割れる。
壁が揺れる。
外郭の角楼が悲鳴を上げる。
「巫術隊!」
「龍脈を押さえろ!」
ルイの指示で右翼の弓が上がる。
ハルドの騎兵が左翼を閉じる。
逃げる兵を返し、増援を通さない。
正面ではヴァイレンが壊し、
門前では戦象が押し、
側面ではバルクスが砕く。
砦は、どこを見ても苦しい。
砦上の兵が叫ぶ。
「西壁!西壁が持ちません!」
「正面も下がるな!衝車を止めろ!黒狼の槍を警戒しろ!」
その時。
ヴァイレンが、門上を見上げた。
神聖術者の一団。
光を溜めている。
衝車を焼くつもりだ。
「邪魔だ」
また槍が飛ぶ。
轟。
光が散る。
術者が崩れる。
門前の圧が、一瞬だけ軽くなった。
そこへ戦象が突っ込む。
南門に、衝車が食い込んだ。
轟音。
鉄板が軋む。
閂が悲鳴を上げる。
守兵が槍を押し当てるが、止まらない。
「南門、持ちません!」
怒号が飛ぶ。
その直後、別の伝令が駆け込んだ。
「西側、崩れました!」
「外壁上段、敵兵侵入!」
「弓隊、後退中!」
砦将が振り向く。
顔は青い。
だが、迷っている暇はなかった。
また一撃。
衝車が門を叩く。
木片が飛び、蝶番が裂ける。
南門の中央に、黒い隙間が走った。
「……駄目だ」
低い声だった。
周囲の兵が息を呑む。
砦将は、歯を食いしばったまま命じる。
「後退だ!南区画を捨てる」
「鍛冶場、倉庫、民を先に出せ!」
「持てる鉄と食料だけ運べ!残りは焼け!」
兵が食い下がる。
「ですが」
「門が開く」
「ここで潰されるより、道を開け!生きて次で止める!」
その瞬間、南門が内側へ弾けた。
砕けた板と鉄が吹き飛ぶ。
黒い先鋒が、煙の向こうに見えた。
「急げ!」
砦の鐘が、短く三度鳴る。
撤退の合図だった。
兵が走る。
職人が荷を抱える。
鍛冶師たちが、火の残る炉を振り返る。
もう、砦は守れなかった。
前哨戦だけで量が膨らんでしまいました。こんなはずでは……。
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