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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第二部 魔王戦争編

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85/100

23 前哨戦3 勇者対決 

 ──西方平原・中央戦線



 光熱の矢が降り注ぐ。

 白い柱。

 戦場が照らされる。

 黒軍の前進が、一瞬だけ止まった。


 その最前線。


 一人の影が走る。


 セレン。


 剣を握り、光の中へ踏み込む。


 そして──

 勇者ジャスティスの前に立ちはだかった。


「待って!」


 戦場の音が、遠のく。


 ジャスティスが目を細める。


「……君も来ていたか」


 金髪が風に揺れる。

 紫の瞳が、まっすぐセレンを捉えた。


 セレンは息を整え、一歩踏み出す。


「はい」


 レイゼンが配置した、勇者対処の切り札。

 だが、いまのセレンにあるのは策ではない。

 止めたいという意思だけだった。


「勇者の兵器利用を、止めに来ました」

「引いてくれませんか」


 ジャスティスは黙って聞いている。

 風が抜ける。


 ジャスティスが静かに問う。


「君は、魔族の側なのか」


 セレンの胸が詰まる。


「私は……」


 言葉が出ない。

 違う、と言いたかった。

 そう単純ではない、と。

 だが、戦場の上ではその曖昧さがそのまま弱さになる。


 ジャスティスは、答えを待った。


 セレンは唇を引き結ぶ。

 それでも、逃げずに言う。


「どちらも大切なんです」


「人も」

「魔族も」

「どちらかが滅べばいいって話じゃないんです」


 ジャスティスの目は揺れない。


 セレンは続ける。

 説明になる。

 それでも止まれない。

 止まったら、ここで終わる気がした。


「魔界は、勇者ブレイドの力で崩れかけました」

「勇者の力は、戦の中で使い続ければ危険なんです」

「魔界が崩れたら、上にある地上も無事では済みません」


 息が上がる。

 それでも言葉を継ぐ。


「だから、時間が必要なんです」

「止めなきゃいけないんです」

「これ以上、勇者を戦場へ出し続けたら、本当に取り返しがつかなくなる」


 風が抜ける。

 光熱の矢が、少し離れた場所へ落ちる。

 それでも、二人の間だけ妙に静かだった。


 セレンは一歩踏み出した。


「お願いです、ジャスティス」

「あなたの力を、戦じゃなく止める方へ貸してください」


 剣を握る手が震えている。

 声も少し震える。

 だが、視線だけは逸らさない。


「魔族と人は、分かり合えます」

「共存できます」

「今は無理でも、止まれば話せる」

「勇者のあなたなら、それができるはずです」


 静寂。


 ジャスティスは少し目を伏せる。

 その横顔は穏やかだった。

 だからこそ、次の言葉が冷たく響く。


「君が善の心を持っているのは分かるよ」


 一歩、近づく。


「同じ勇者だからね」


 セレンの顔が、わずかに明るむ。

 だが、その直後。


「だが、それは聞けない」


 空気が張った。


 ジャスティスの声は低い。


「私は人族の守り手だ」


 剣先が、砦の向こうを示す。

 避難路。

 兵。

 街道。

 その先にある町。


「この戦に負ければ、人が死ぬ」

「土地が失われる。暗黒の大地は広がる」



「それを見て、止まれとは言えない」

「それを見捨てて、話し合おうとは言えない」


 セレンが息を呑む。

「……あれには害はないんです」

 絞り出すような声だった。


「少なくとも、すぐに人が死ぬものじゃない」

「黒土は、人を焼くものじゃないんです」


 ジャスティスは静かに聞く。

「では、あの黒い地が広がってもいいと?」


「そうじゃない!」

 セレンの声が、思わず大きくなる。


「そうじゃないんです」

「だから止めたいんです」

「戦ったままじゃ、止められないから……!」


 ジャスティスの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「君は、どちらの味方だ」


 また、その問いだった。


 セレンの喉が詰まる。


「私は……」


「誰かを守りたい?」


 低い声。


「誰を」


 答えられない。


 人族も守りたい。

 魔族も守りたい。

 ヴァイレンも。

 戦場の向こうにいる、まだ顔も知らない人たちも。


 多すぎる。

 多すぎて、一つの名にならない。


 その沈黙を見て、ジャスティスは結論した。


「それでは守れない」

 静かな宣告だった。


「君には捕縛命令が出ている」


 セレンの目が見開かれる。

「……!」


 ジャスティスが剣を構える。

 その背後で、少女たちの祈りが重なり始めた。


 色とりどりの髪と服装の少女たち。


 少女たちは震えていた。

 怖くないわけがない。

 だが、祈りは止めない。

 勇者を信じている。愛してる。

 そして祈る、

 彼の勝利を。


 光がその祈りに応じる。


 セレンが半歩引く。


「待って……!」


 だが、ジャスティスはもう止まらない。


「話は聞いた」

「その上で、聞けないと答えた」


 光が剣へ集まる。

 空気が白く震える。


「絆領域」


 背後の祈りが重なる。

 光が柱になる。


「展開」


 瞬間。

 光が爆発した。


 白い領域が、戦場を包み込む。


 光の壁が、外からの侵入だけを弾いた。



 ───

 


 光が満ちる。


 半球状の結界。


 白い熱光が空気を満たす。


 地面さえ淡く輝いている。


 セレンの足が止まった。


「……前とは違う───!?」



 以前の勇者の力。


 それよりも、はるかに濃い。


 空気が重い。


 祈りの声が後ろから流れ続けている。

 

 光が、勇者ジャスティスへ集まる。


 ジャスティスが剣を構える。


 背中に光が集まる。



 翼。



 四枚の光翼。


 さらに左腕に盾のような光が形成される。


 神聖魔法──熱光の守り。


 その姿は、ほとんど天使だった。


 ジャスティスが言う。


「これが」


 一歩踏み出す。


「絆領域だ」


 消える。


 いや。


 速すぎる。



 剣が迫る。

 セレンが反射で剣を上げる。


 鋼がぶつかる。

 ガンッ。


 衝撃。


 セレンの足が滑る。

「っ!」


 押される。


 ジャスティスは一歩も揺れない。

 光翼がゆっくりと羽ばたく。

 再び踏み込む。


 剣。


 横薙ぎ。


 セレンが体を沈める。


 刃が頭上をかすめる。


 風圧で髪が跳ねる。


 回転。


 下段から斬り上げる。


 ジャスティスの光盾が受ける。



 衝撃。



 火花。


 だが。


 傷一つつかない。


「……!」


 セレンの瞳が揺れる。


 ジャスティスが踏み込む。


 突き。


 直線。


 速い。


 セレンが体をひねる。


 刃が脇をかすめる。


 すぐ次。


 蹴り。


 光翼の推進。


 セレンが吹き飛ばされる。


 転がる。

 地面に手をつく。

 息を整える。


 ジャスティスが静かに言う。


「この領域では」


 光翼が広がる。


「私は倒れない」


 剣を構える。


「君もわかっているだろう」


 祈りの声が強まる。


 光がさらに増す。


 セレンの動きが重くなる


 ジャスティスの身体が、ほとんど光で包まれる。


 セレンが立ち上がる。


 剣を構える。

 魔力を流す。


 ヴァイレンに教わった。


 光を出すな。

 体に流せ。


 深呼吸。


 踏み込む。


 ジャスティスが迎え撃つ。


 剣と剣。


 激突。


 ガンッ。


 連撃。


 セレンは受ける。


 流す。


 避ける。


 回る。


 だが。


 ジャスティスは止まらない。


 翼が加速する。


 剣が降る。


 突き。


 斬り。


 蹴り。


 衝撃。


 セレンの剣が弾かれる。


「くっ……!」


 距離を取る。


 息が荒い。


 ジャスティスは静かだった。


 光の中で立つ。


 揺るがない。


「君は強い」


 紫の瞳がまっすぐ見つめる。


「だが」


 剣を構える。


「この領域では」


 光がさらに強まる。


「私は負けない」


 次の瞬間。


 ジャスティスが踏み込む。


 光の翼が大きく広がった。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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