22 前哨戦2 大砦戦
──魔王軍本陣。
数日後。
魔王天幕。
厚い布の内側。
簡素な机の前に、レイゼン・ヴァーレスが立っていた。
机の上には報告書が一枚。
その前に、セレンが呼び出されている。
レイゼンが静かに言った。
「勇者ジャスティスの姿が確認された」
セレンの肩が、わずかに揺れる。
レイゼンは続けた。
「大砦前だ」
「──!」
セレンの瞳が見開かれる。
レイゼンはそのまま彼女を見る。
「これ以上、教会による勇者の兵器利用は容認できない」
「教会は勇者を使い捨てている。そして世界に大きな爪痕を残す」
「その仕組みを終わらせる」
静かな声だった。
セレンは言葉を探す。
「それは……」
レイゼンが問う。
「話す気はあるか」
セレンが顔を上げる。
「私に任せてくれるんですか」
レイゼンは短く答えた。
「戦闘になる可能性は高い」
「退かせろとは言わない。無理ならヴァイレンに任せていい」
セレンは息を呑む。
レイゼンの声は変わらない。
「ヴァイレンは、戦場に出れば止まらない」
「その場合、ジャスティスは命を落とすだろう」
セレンの呼吸が止まる。
「……!」
沈黙。
セレンは拳を握った。
そして、はっきりと言う。
「行きます」
顔を上げる。
「戦う前に、話したいです」
レイゼンは何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
⸻
## 黒側布陣
黒の本陣では、青白い立体図が宙に浮かんでいた。
レイゼンは砦を見ている。
丘。
街道。
水。
風向き。
龍脈。
参謀が報告する。
「敵兵、おおよそ五万。聖王国兵に、周辺国の軍」
「砦側が有利です」
「防衛戦の構えです。本土で兵が揃うまでの時間稼ぎ」
「本隊が出てくるまで、ここで粘るつもりでしょう」
ヴァイレンが鼻を鳴らした。
「俺ら相手に時間稼ぎか」
レイゼンは立体図から目を離さない。
「ルイ、右翼」
「弓を一段引き上げろ」
「工兵を守れ」
「承知」
「バルクス」
巨躯の魔将が顔を上げる。
「西側面から外郭を叩け」
「砦を守れる形のまま残すな」
バルクスの口元が、わずかに上がった。
「壊していいんだな?」
「投石器」
「櫓」
「衝車」
「戦象二部隊」
一拍。
「徹底的に破壊しろ」
「はっ」
「ハルド、左翼」
「丘陵の切れ目を押さえろ。砦から騎兵が出たら返せ」
「出しすぎるな。追うな」
「はっ」
レイゼンの視線が、今度はエルンへ向く。
「エルン」
「赤は中央左寄りだ」
「盾列を前へ出せ」
「だが、戦象は出さぬ」
エルンが短く頷く。
「ああ、分かっている」
「砦攻めで暴れさせるには、まだ狭い」
「門が割れるまでは温存しろ」
エルンは地図を見たまま言う。
「正面圧だけで足りるのか」
「足りる」
「ヴァイレンが立てば、砦は兵を寄せる。赤が前に出れば、なお寄る」
「寄せたところを、横から壊す」
エルンの目がわずかに細くなる。
「……バルクスか」
「そうだ」
レイゼンは淡々と続ける。
「赤は砦を見上げさせ続けろ」
「出てきた敵だけ噛め」
「壁の上より、門前を詰まらせる」
エルンは鼻を鳴らした。
「やり方が黒いな」
「今さらだ」
ヴァイレンが横から口を挟む。
「要するに」
「俺と赤で正面に釘付け」
「その間にバルクスが壊すってことだろ」
「そうだ」
レイゼンは即答した。
「砦は守る形を失えば脆い」
「形を崩せ」
レイゼンの視線が、最後に中央へ向く。
「ヴァイレン」
「お前は正面だ」
レイゼンは小さく息を吐いた。
「勇者がいる」
ヴァイレンの目がわずかに動く。
「……!」
「勇者ジャスティス」
鼻で笑う。
「あの野郎か。ケリをつけてやんよ」
「追い詰めるのは許さん」
「……はぁ?」
ヴァイレンが露骨に顔をしかめる。
レイゼンは淡々と続けた。
「追い詰めれば絆の力で逆転される」
「勇者セレンを交渉に出す」
「……」
「まずは、勇者を暴走させるな」
短い沈黙。
ヴァイレンが低く返す。
「どっちのだ」
「どちらもだ」
天幕の中が静まり返る。
レイゼンは立体図の砦を見たまま言う。
「ジャスティスを追い詰めれば、絆の力で押し返される」
「セレンを追い詰められれば、こちらも不安定になる」
一拍。
「砦は落とす。勇者は追い詰めない」
「それが今回の線だ」
ヴァイレンはしばらく黙っていた。
やがて、鼻を鳴らす。
「面倒くせぇな」
「いつものことだ」
レイゼンは即答した。
少し後ろで、セレンは補給板を抱えたまま立っていた。
砦。
勇者ジャスティス。
交渉。
その全部が、胸の奥で重く沈んでいる。
レイゼンは全員を見渡した。
「始めるぞ」
黒の本陣では、もう布陣が終わっていた。
⸻
セレンが馬に乗る。
手綱を握り、前を見る。
後ろから声が飛んだ。
「待てよ!」
振り向く。
女兵たちが駆けてくる。
一人が言う。
「一人は無茶だ」
別の女兵が笑った。
「付き合うわ」
三人が馬を並べる。
セレンが小さく笑う。
「ありがとう、みなさん」
馬が走り出す。
黒土の上を、四騎の小隊が前線へ向かった。
───
連合軍と魔王軍が衝突している。
混戦。
槍
盾。
怒号。
その中。
傭兵の列の後ろ。
蒼の刺客が弩を構えていた。
人族装備。
傭兵の鎧。
誰も気づかない。
狙いは一つ。
勇者。
弦が引かれる。
発射。
矢が空を裂いた。
その瞬間。
馬で駆けるセレンの横。
女兵が叫ぶ。
「危ない!」
女盾兵が馬を寄せる。
盾が跳ね上がる。
矢が盾に弾かれ、地面へ落ちた。
馬が暴れる。
セレンが息を呑む。
女槍兵が振り向く。
「セレンを狙ってやがった!」
女盾兵が鼻で笑う。
「そりゃ狙うさ」
「あーしらの勇者サマだからな」
遠くで戦の音が響く。
「ありがとうございます」
「ふん、これが仕事だ」
「兜あってよかっただろ!」
「はい!」
セレンは前を見る。
砦の前。
空に光が立った。
光の柱。
その中。
一人の男が立っている。
勇者。
ジャスティス。
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