10 継承
──黒耀城・軍議室。
静まり返った卓。
魔界の立体図が浮かんでいた。
エルンが口を開いた。
「陛下」
レイゼンが目を向ける。
「なぜ統一と法にこだわる」
「玉璽で無効にされてしまえば、すべて無に帰す」
室内がわずかにざわめく。
レイゼンは動じない。
ゆっくりと言う。
「今まで魔界が統一されたことは何度もある」
「我らの祖先、ヴァーレスも成し遂げた」
黒の将たちが黙って聞く。
「だが」
指が立体図の各地をなぞる。
「氏族を屈服させただけだ」
「土地を従わせただけだ」
「掟も、法も、そのまま残した」
三つの言葉が、短く刻まれるように置かれた。
視線が上がり、将たちの顔を見渡す。
「結果は同じだ」
短く。
「反乱」
「独立」
「再戦」
沈黙。
「まとまらぬ」
低い声。
「我らはいつまで経っても、魔族という一つになれない」
空気が重くなる。
レイゼンが問う。
「勇者はなぜ来る」
黒の将たちの顔が歪んだ。
苦々しさと、長年の憤怒が滲むような表情だった。
しかし誰も答えない。
エルンがわずかに眉を寄せる。
レイゼンが続けた。
「魔界が統一されれば」
「平和になれば」
「人口は増える」
「やがて地上へ出る」
視線が鋭くなる。
「地上はそう考えている」
静かな声。
「だから教会は勇者を使う」
「我らを魔界に押し込めるために」
「平和を乱す」
沈黙。
レイゼンはわずかに息を吐いた。
それは疲弊ではなく、長い思考の末に辿り着いた地点を確かめるような息だった。
「魔王がいようと、いまいと関係ない」
「勇者は来る」
「我らに平和は与えられぬ」
言い切った。
「だから」
指が卓を、静かに、しかし確かな力で叩く。
「人ではなく」
「仕組みで縛る」
玉璽で消えるものは、いずれ消える」
視線がエルンに向く。
「だが」
「法として刻めば」
「それは残る」
低い声。
「個の力ではなく」
「全体の理として残る」
沈黙。
「魔族を一つにするのは」
「征服ではない」
「法だ」
短く。
「それがなければ」
「また同じことを繰り返す」
一拍。
「戦だ」
静寂。
そして最後に。
「法のもとにまとまれば」
「魔界は保たれる」
わずかに間があった。
「それが泰平だ」
───
エルンが問う。
「法……」
「赤の義は、どうやって残すおつもりか」
室内が静まる。
レイゼンは間を置いた。
視線を卓に落とし、ゆっくりと口を開く。
「義は、人に宿る」
短く。
「だから消える」
誰も動かない。
「怒りで揺らぐ」
「勝敗で変わる」
「代替わりで失われる」
視線が上がる。
「だから残らない」
エルンは黙って聞く。
レイゼンが続ける。
「残すなら」
「形を変える」
指が立体図の上をなぞる。
「義を、そのまま書くのではない」
「義が働く条件を、法にする」
沈黙。
「例えば」
「降伏した敵を殺さぬ」
「民を害した者は、身分に関わらず裁く」
「戦場での略奪を禁ずる」
低い声。
「それは赤の義だ」
エルンの目がわずかに動く。
レイゼンは止まらない。
「だが」
「義として掲げれば守られぬ」
「感情に依るからだ」
一拍。
「だから罰を与える」
「破れば処罰する」
「例外を作らぬ」
卓を軽く叩く。
「それで初めて」
「義は残る」
沈黙。
将たちの中には、腕を組み直す者や、視線を手元に落とす者がいた。
拒絶ではない。
消化しようとしている沈黙だった。
レイゼンがさらに踏み込む。
「赤の将が死んでも」
「次の世代が知らなくても」
「法が同じ行動を強制する」
一拍。
エルンの眉根が寄る。
レイゼンは静かに言う。
「名を残す必要はない」
「行動が残ればいい」
短く。
「それが義の継承だ」
エルンの目が細まる。
反論の準備ではない。
真剣に、その言葉の意味を測ろうとしている目だった。
「赤の義は条文になる」
「例外なく適用される」
「それで消えない」
レイゼンの声は変わらない。
「それが、私のやり方だ」
───
軍議が終わり将たちが去ると、
広間はひどく静かになった。
レイゼンとヴァイレンの双子だけが残されていた。
ヴァイレンが口を開く。
「義の継承と泰平、ね」
レイゼンは短く返す。
「そうだ」
「一つにまとまり、泰平の世が来れば」
「我らのような写し身は要らなくなる」
「自然な世代の継承が出来る」
「生まれも、生き方も、縛られない」
ヴァイレンの目が細くなる。片割れの顔をただ静かに見ていた。
「……俺らが、俺ららしく生きられるように、か」
レイゼンは否定しなかった。
それだけで十分だった。
ヴァイレンが鼻を鳴らす。
「だがよ」
「“ご先祖”は、まだどっかに残してあるんだろ」
レイゼンは視線を外さない。
「我らの代で成し遂げられなければ」
「次へ残す」
ヴァイレンが肩をすくめる。
「焼き払っちまえば終わるのによ」
ヴァイレンは短く笑った。
笑いの中に毒があるのか、諦めがあるのか、あるいはその両方か、本人にしか分からない笑い方だった。
レイゼンは静かに言う。
「それも継承だ」
沈黙。
ヴァイレンは小さく息を吐いた。
燭台の炎が揺れ、二つの影が壁に伸びた。
「……面倒くせぇな」
諦めと納得の言葉だった。
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