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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第二部 魔王戦争編

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7 炎の原の決戦

 炎の原。


 血が岩床を濡らす。

 赤い筋が広がる。


 足が滑る。

 兵が踏み直す。


 倒れた兵の体を踏み越える。

 鎧が岩床を擦る。


 砂塵が舞う。

 視界が落ちる。


 熱気で空気が揺れる。


 黒の兵の息が荒い。

 鎧の内を汗が流れる。


 暑い。


 北から来た黒兵には、炎の原は熱すぎる。


 腕が震える。

 槍を握る手に力を入れ直す。


 怒号。

 悲鳴。

 金属の打ち合う音。


 盾が鳴る。

 槍が弾かれる。


 荒い息遣いが戦場に重なる。


 戦が、再燃する。


 両翼が前進。


 崩れた赤中央へ、

 黒兵が雪崩れ込む。


 乱戦。


 炎と魔力が交錯する。


 ヴァイレンは笑う。


 赤将が踏み込む。


 炎が噴き上がる。


 ヴァイレンが地を蹴る。


 爆ぜる音。


 長身が空へ跳ね上がる。


 丈八蛇矛を振りかぶる。


 叩きつける。


 轟。


 衝撃が円形に走る。


 地面が陥没する。

 周囲の兵が吹き飛ぶ。


 砂塵が天へ巻き上がる。


 戦象の前脚が沈む。

 骨が軋む。


 次の瞬間。


 巨体が横転する。


 赤軍に動揺が走る。


 エルン・カルザンは、象が倒れる瞬間に跳ぶ。


 地に着地。

 即座に踏み込む。


 剣閃。


 速い。


 だが。


 ヴァイレンの方が、長い。


 蛇矛の穂先が、剣より先に届く。


 金属が噛み合う。


 火花。


 エルンが間合いを詰める。


 懐へ。


 だが柄が動く。


 長柄が横に払われる。


 衝撃。


 エルンの足が地を削る。


 再び踏み込む。


 穂先が地を裂きながら迫る。


 赤の重装が割って入ろうとする。


 だが、二人の間合いに入れない。


 中央が、二人のために空く。


 赤と黒。


 一瞬だけ息を止める。


 エルンが吠える。


「黒狼!」


 剣を振り上げ、真っ直ぐ踏み込む。


 ヴァイレンの目が細くなる。


 本気の衝突が、始まる。


 蛇矛が走る。


 穂先が一直線に迫る。


 エルンが剣を上げる。


 受ける。


 衝撃。


 岩床が裂ける。

 砂が跳ねる。


 エルンが横へ跳ぶ。


 着地。


 すぐに踏み込む。


 返しの剣。


 刃が走る。


 ヴァイレンの肩を掠める。


 血が飛ぶ。


 ヴァイレンが笑う。


「悪くねぇ」


 踏み込む。


 蛇矛が突き出される。


 エルンが剣を合わせる。


 刃と穂先が噛み合う。


 火花。


 二人の足が岩床を削る。


 動きが止まる。


 砂塵が舞う。


 周囲。


 盾兵が近づけない。


 丈八蛇矛の間合い。


 一歩踏み込めば穂先が届く。


 ヴァイレンが突く。


 穂先が走る。


 エルンが剣を上げる。


 間に合わない。


 穂先が剣を弾く。


 エルンの体が揺れる。


 蛇矛の曲がりくねった刃が──


 喉元で止まる。


 ⸻


 ヴァイレンが言う。


「地上は魔族の滅亡を狙ってる」


 エルンの目が鋭くなる。


「何」


「後二回だ」


 一拍。


「天蓋がやられたら」


「一気呵成に魔界は滅ぶ」


 エルンが顔を顰める。


「根拠は」


 ヴァイレンは短く答える。


「うちの奴らが罅を調べて出した」


「勇者一人であのザマだ」


 北の空に残る細い罅。


 ヴァイレンの穂先が、わずかに下がる。


「力を貸せ」


「てめぇの義が魔界のためなら」


「ここで俺と殺し合ってる場合じゃねぇ」


 戦場が静まる。


 ⸻


 その瞬間。


 ヴァイレンの脳裏に、老分官の言葉が蘇る。


 黒耀城。


「同規模の破壊があと二度起きれば」


 一拍。


「魔界は崩落し、

 地上も巻き込まれましょう」


「次が来れば」


「魔界は持たぬ」


「ゆえに、来させぬ」


 ──魔族が魔族らしく生きられる法をつくる。

 ──我らが消えたあとも普遍のものを。

 ──勇者を止める。

 ──赤を飲み込む。


 言葉は受け売りだ。


 だが。


 兄貴は裏切らねぇ。


 黒を。

 俺を。

 魔族を。


 確信がある。


 背中合わせの自分の半身。


 裏切ればすぐにわかる。


 前に立ちはだかる全部をぶっ潰すのが、

 俺の役割だ。


 ⸻


 ヴァイレンは蛇矛を地に叩きつける。


 衝撃が走る。


「俺は地上を潰す」


「だが魔界は潰させねぇ」


 金の瞳が真っ直ぐ射抜く。


「選べ、エルン」


 赤が、息を止める。


 ⸻


 沈黙。


 砂塵が落ちる。


 エルンは、ゆっくりと周囲を見る。


 赤軍。


 疲労。


 水袋は軽い。


 魔素の巡りが鈍い。


 気づいていた。


 ここ数日。


 兵の消耗が早い。


 術士の出力が落ちる。


 馬も戦象も落ち着かない。


 南西の湖。


 水位が、目に見えて下がっていた。


 エルンの奥歯が軋む。


 エルンは剣を下ろす。


 ゆっくりと。


「義は魔界にある」


 一拍。


「地上にない」


 剣先が地面に触れる。


「……力を貸す」


 五万がざわめく。


 誰も剣を上げない。


 ヴァイレンは鼻で笑う。


「最初からそう言え」


 蛇矛を肩に担ぐ。


 背を向ける。


「俺はぶっ潰す役だ」


「細けぇことは兄貴がやる」


 振り返らない。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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