4 赤の宣言
赤郝城。
熱光が低く差し込む大広間。
赤の将が並ぶ。
その中央、当主が立っていた。
机の上に広げられたのは、魔界の簡易図。
その一点に、黒い亀裂。
黒都アトラエ。
天蓋損傷。
魔素循環、乱れ。
沈黙ののち、当主が言う。
「黒が揺らいだ」
低い声。
誰も否定しない。
「勇者の災厄」
「黒耀城直下に亀裂」
「天蓋にヒビ」
報告が続く。
赤の将の一人が口を開く。
「今なら──」
「叩ける」
間。
当主エルン・カルザンは、ゆっくりと座る。
「叩ける、か」
目を閉じる。
「……黒は、どう動いた」
別の将が答える。
「避難」
「復旧隊出動」
「軍は退いていません」
当主の口元が、わずかに上がる。
「そうだろうな」
視線が、亀裂の印から外れない。
「レイゼン・ヴァーレスは」
「揺らいだところを見せぬ」
静かな確信。
だが。
「それでも」
エルンは立ち上がる。
「叩く」
空気が張る。
「黒が崩れぬなら」
「赤が押す」
「義は、揺らがぬ」
剣が机に置かれる。
赤い刃。
「出陣準備」
一斉に頭が下がる。
そのとき。
外から熱光が強く差し込む。
遠くで、赤い旗が翻る。
エルンが、最後に呟く。
「黒狼兄弟」
「今度は退かぬ」
──戦は、再び始まる。
───黒耀城・南門出陣
黒耀城、正門前広場。
黒大理石の広場が、朝の熱光を鈍く返している。
城門は高い。
厚い黒石で組まれた門楼は、三階の建物ほどの高さがある。
その下に、軍が整列していた。
八千。
八列の縦隊。
槍兵が前。
盾兵がその後ろ。
弓兵がさらに後列に控える。
鎧が鳴る。
槍柄が鎧に当たる。
足並みが石床を叩く。
重い音が、広場に満ちていた。
中央。
黒金の旗。
四芒星。
総大将旗が高く掲げられている。
その周囲には黒旗。
千人隊ごとに一本。
黒布がゆっくり揺れる。
隊列の先頭。
ヴァイレン。
黒髪。
金の眼。
鎧の上に黒金の陣羽織。
騎乗するのは黒鹿毛の馬。
その横にもう一騎。
将一名。
同じく黒鹿毛。
後衛指揮を預かる将だ。
ヴァイレンは南門を見据えている。
その後方。
セレン。
金髪碧眼。
黒の制式革鎧。
剣帯を腰に下げ、隊列の中に立つ。
広場の脇では、復旧兵が瓦礫をどかして道を空けている。
避難民が壁際へ寄る。
視線が集まる。
だが、誰も声を出さない。
城壁の上。
レイゼンが立っていた。
黒耀城を見下ろす位置。
腕を組む。
言葉はない。
ただ、行軍を見ている。
ヴァイレンが馬首を巡らせる。
視線が一瞬、城壁へ向く。
何も言わない。
そのまま前へ向き直る。
南門。
旧金領域へ続く街道。
ヴァイレンが短く言う。
「行くぞ」
馬が歩き出す。
足音。
鎧の音。
八千の軍が動く。
黒旗が揺れる。
行軍が始まる。
足音は、南門を抜け、城外へ続いていった。
北の地平に、土煙が上がる。
最初は細い線。
やがて帯となる。
関門の上から、兵が叫ぶ。
「黒旗!」
砂塵の向こう。
金牙関・関門前。
関門は岩門。
三丈の高さ。
城壁上には弓兵列。
投擲槍兵列。
弩兵が並ぶ。
土煙が晴れる。
先頭に立つのは──
二本角。
見違えるほど強大な魔素を纏った黒の将軍。
ヴァイレン・ヴァーレス。
黒に、金の陣羽織。
馬から降り、ゆっくり視線を巡らせる。
歩くだけで、周囲の兵の呼吸が揃う。
ヴァイレンが関門を見上げる。
「遅くなったな」
城壁上。
鉄塊のような大鎚を肩に乗せた従兄弟のバルクスが返す。
「待ちくたびれたぞ」
一拍。
「アトラエ上方に罅が入ったとか」
ヴァイレンの顔が、わずかに歪む。
「あぁ。勇者だ」
短い。
「やられた」
空気が重くなる。
「アトラエはめちゃくちゃだ」
バルクスが息を呑む。
「なんということだ……」
「レイゼン様は」
ヴァイレンが鼻を鳴らす。
「フン。ピンピンしてるぜ」
一瞬だけ、口元が緩む。
「山みたいな書類に埋もれてたけどな」
兵がわずかに安堵する。
ヴァイレンが続ける。
「兵は復興やら何やらで、これしかねぇ」
「後から来るかもしれんが、頼りにすんな」
バルクスが歯を食いしばる。
「……っ」
北側の門が開く。
一人の男が前へ出る。
関門守備隊長、ハルド。昔馴染みだ。
「よう、遅かったな」
「まだ生きてたのかよ」
笑い合うふたり。
「赤はどうだ」
「本気みたいだ」
ヴァイレンが蛇矛を肩から下ろす。
地面に穂先を当てる。
鈍い音。
金の瞳が南を射抜く。
「俺が全部ぶっ潰す」
その一言で、
黒の兵の背筋が伸びる。
赤の集結地点から、角笛が鳴った。
戦が、再び動き出す。
金牙関・高台。
関上に並ぶ投擲槍。
弩。
積まれた岩塊。
ヴァイレンが一瞥する。
「……ふん」
一歩前へ出る。
関門前は溶岩岩盤。
緩い下り勾配。
「貸せ」
兵の手から投擲槍を奪う。
長さ三メートル。
重心を確かめる。
軽い。
踏み込み。
岩床に罅が走る。
轟。
音が遅れる。
空気が裂ける。
南方数百歩。
豆粒のような赤の進軍列。
その中央。
赤軍先鋒列中央に、黒い点が落ちる。
次の瞬間。
土煙が噴き上がる。
隊列が乱れる。
バルクスが息を呑む。
「な……!?」
ルイの目が、わずかに見開かれる。
ルイは関門内で兵を整列させていた。
ハルドが口笛を吹く。
ヴァイレンは鼻を鳴らす。
「もっと重くしろ」
一拍。
「効かねえぞ」
槍を返し、踵を返す。
関の高台を降りていく。
土煙を背に。
陣地へ戻ると、黒の将軍たちが待っている。
ヴァイレンが短く言う。
「酒を振る舞っておけ」
一瞬、ざわつく。
「気合い入れとけ」
金の瞳が、南を睨む。
数日後ぶつかる。
それだけだった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!




