間話 ──魔族型恒常熱循環体 湯たんぽ1
黒耀城、訓練場。
セレンは目を閉じる。
「……魔力だけ……」
流す。
──ぽわ。
手のひらが光る。
「ちげぇ」
チョップ。
「いたっ」
「だから光るなって言ってんだろ」
「勝手に出るんです……!」
「出すな」
即答。
もう一度。
深く息を吸う。
魔力を巡らせる。
肩がうっすら光る。
「そこ」
チョップ。
「魔法使うな。流すだけだ」
「使ってません!」
「光った時点で使ってんだよ」
三度目。
足元がじわっと明るくなる。
「散らすな」
チョップ。
四度目。
今度は何も光らない。
セレンが巻藁を殴る。
ぱん、と少し重い音。
ヴァイレンは無言。
「……今、ちょっと」
「偶然だ」
即答。
だがチョップは来ない。
セレンは気づかない。
五度目。
──ぽわ。
「集中しろ!」
チョップ。
黒兵が遠巻きにひそひそ。
「また光った」
「三回に一回は出るな」
セレンは涙目で剣を握る。
「……光らないようにします」
「光るなじゃねぇ」
ヴァイレンが一歩近づく。
「そもそも出すな」
「魔界じゃ、光ってる奴から死ぬ。目立つだろ」
セレンはこくりと頷いた。
そしてまた──ぽわ。
「だからァ!!」
チョップ。
黒耀城・治療室。
石壁の棚に薬草束が並ぶ。
セレンは、ぐったりと寝台に沈んでいた。
額に薄く汗。
呼吸は浅い。
ヴァイレンは腕を組み、眉をひそめる。
「……ぶっ倒れたって?」
治療士が頷く。
「魔力枯渇です」
「無理に全身強化を回し続けたのでしょう」
ヴァイレン、舌打ち。
「人族、魔力なさすぎだろ」
「そもそも身体構造が違います」
「ほとんど同じだろ」
「その差異が問題です」
治療士は淡々と言う。
「魔族の強化は、循環を前提にしています」
「人族に同じことを教えれば、負担が出ます」
ヴァイレン、眉間に皺。
「だからって、あの程度で倒れるか普通……」
そのとき。
「──私の出番ですね!」
バン
勢いよく扉が開く。
黒の女司書、リュミエラ。
ヴァイレンが即座に振り向く。
「呼んでねぇ」
リュミエラは構わず進み出る。
「今こそ同衾による魔力供給です!」
治療室、静止。
ヴァイレン。
「するかボケェ!!」
リュミエラ、眼鏡を押し上げる。
「実証実験です」
「勇者と絆を結んだ側は精神安定、勇者はエネルギー補充」
「理論上、非常に効率的です」
ヴァイレン、頭を抱える。
「理論で言うな!」
治療士が、セレンとヴァイレンとリュミエラを順番に見る。
空気を察する。
「……では、後はお任せします」
すっと退室。
扉が静かに閉まる。
ヴァイレン。
「おい待て!」
リュミエラ、にっこり。
「大丈夫です。策はあります!」
ヴァイレン。
「やめろォ!」
寝台の上で、
セレンはすやすや眠っている。
何も知らずに。
黒耀城、客間。
夜更け。
灯りは落とされ、静まり返っている。
寝台の上。
ヴァイレンの両手首と両親指には、魔力拘束具。
逃げ防止。司書監修。
その役割は──
魔族型恒常熱循環体。
簡単に言えば。
勇者専用魔力回復湯たんぽである。
「……は?」
小声。
「黒の最強魔将の俺が?」
隣では、セレンが丸まって眠っている。
規則正しい寝息。
あたたかい体温。
ほんのり甘い、若い雌の匂い。
(拷問か?)
(いや、拷問受けたことねぇけど)
セレンが小さく身じろぎする。
布団がずれる。
自然な動きで、距離が縮む。
「……地獄だ……」
ヴァイレンは天井を見つめた。
思考が混乱していく。
(母親殺して生まれてきた罰がこれか?)
(もっと直接的な罰でよくねぇか?)
そのとき。
セレンが寝返りを打つ。
むに。
柔らかい感触。
「──あ」
固まる。
呼吸が止まる。
セレンは無意識のまま、
ヴァイレンの腕を抱き枕にしていた。
「……無理……」
小さく呟く。
逃げられない。
両手首、両親指拘束。
セレンは安心したように、
さらに体を預ける。
「……あったかい……」
寝言。
ヴァイレンの額に血管が浮く。
(司書……)
(ぶっ殺す……)
だが。
逃げられない。
ただ。
天井を見つめたまま、
窓の外で天道の光が薄くなる。
夜が明けるのを待った。
──翌朝の報告
朝。
天道の熱光が、天蓋越しに城を淡く照らす。
客間の扉が、静かに開いた。
女司書が、にこやかに入ってくる。
「おはようございます」
寝台。
セレンは、すやすやと熟睡。
顔色もよく、呼吸も安定している。
ヴァイレンは――
壁にもたれて座ったまま、目が死んでいた。
「……おはようございます、ヴァイレン様」
返事がない。
司書はセレンの額に手を当てる。
「魔力循環、安定。過負荷なし」
「体温も適正」
「成功ですね」
「……何がだ」
低い声。
「熱源供給による魔力循環補助です」
「名前変えろ」
司書は記録板にさらさらと書き込む。
『勇者セレン、魔将ヴァイレンとの接触により魔力安定を確認』
「やめろ」
「なお、長時間の接触が有効と見られます」
「やめろ」
「できれば毎晩」
「やめろォ!!」
セレンが、もぞりと動く。
「……ヴァイレン様……」
寝ぼけ声。
ヴァイレンが一瞬で静かになる。
セレンは目をこすりながら起き上がった。
「昨日、あったかかったです」
にこり。
リュミエラが頷く。
「魔族型──」
「言うな」
セレンは首をかしげる。
「……?」
「魔族型湯たんぽです」
ヴァイレンの額に青筋。
「違ぇ!!」
司書、冷静。
「機能的には同義です」
「黙れ」
セレンは、まっすぐに言う。
「ありがとうございます」
「……何がだ」
「私、昨日より楽です」
ヴァイレンは一瞬、言葉に詰まる。
司書が、さらりと追い打ち。
「絆の安定ですね」
「ちげぇ」
「本人は自覚ありませんが」
「やめろ」
「片側のみでも成立はします」
沈黙。
ヴァイレン、無言で立ち上がる。
扉へ向かう。
司書がにこやかに言う。
「今夜もお願いしますね」
扉が、バンと閉まった。
ヴァイレンの尊厳は微塵も残さない。
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