3 魔を統べるもの
金牙関・背後高地。
関所より高度のある崖。
溶岩が冷え固まった赤黒い岩肌。
ルイは部下数名を伴い、迷いのない足取りで移動していた。
手には地図。
龍脈の走向が細く記されている。
「ここだ」
短い指示。
杭を置く。
長さ一尺。
黒い金属。
角張った文字が刻まれている。
部下が鉄槌を振り下ろす。
鈍い衝撃音。
杭が岩盤へ食い込む。
さらに一撃。
深く沈む。
文字が淡く脈打つ。
ルイは振り向かない。
「次へ」
移動。
崖を横切る。
龍脈の線を追う。
別の地点。
「ここだ」
また杭。
また槌。
岩粉が散る。
正確に。
誤差なく。
五箇所ほどを巡る。
野営するアトラエからの援軍は、関所手前で待機。
魔将二名は関内へ招かれる。
そのとき。
空気の流れが変わった。
風向きではない。
魔素の流れ。
赤の陣から立ち上っていた熱圧が鈍る。
関内の兵が顔を上げる。
バルクスが高地を見る。
杭が打たれた位置を目で追う。
「……何をした?」
小さく呟く。
「レイゼン様……」
最後の地点。
ルイが杭を置く。
槌が振り下ろされる。
杭が岩盤へ沈む。
その瞬間。
赤陣の後方で地面がわずかに沈んだ。
湖へ続く細流が細る。
熱気が揺らぐ。
ルイが戻る。
息は乱れていない。
「レイゼン様曰く、龍脈と水源を細めるとのこと」
バルクスが眉を寄せる。
「レイゼン様……そこまでやるか」
一瞬、過去を思い出す。
「昔から聡いとは分かっていたが……」
ルイは淡々と答える。
「魔王を名乗るからには、まこと魔を統べるのでしょう」
戦場の均衡が、静かに傾き始める。
赤軍は、圧を弱めた。
補給線が細り、後方の湖水位が下がる。
陣の熱気が下がる。
そして――引いた。
完全撤退ではない。
だが関門を抜く力は失われた。
関内。
血と砂が城壁下に積もる。
バルクスが城壁から南を見下ろす。
「……なんとか抑えられそうか」
ルイが静かに答える。
「流石でございます」
バルクスは顔をしかめる。
「よせ」
一拍。
「本隊はいつ来る。連絡はないのか?」
ルイは視線を落とす。
「我らと杭にて抑えられる、と申しておりました」
バルクスが鼻を鳴らす。
「占いか」
短く吐き捨てる。
「ヴァーレスは巫術や八卦をよく嗜む」
「俺は巫女や巫術士に任せきりだが」
そのとき。
地面が、揺れた。
最初は微震。
次に、重い振動。
関門の石壁が軋む。
見張りが声を上げる。
「地震か!?」
違う。
揺れは、下からではない。
上から。
バルクスが振り向く。
「なんだ!?」
ルイの顔色が変わる。
「北が――!」
二人が同時に視線を上げる。
天蓋。
魔界の天井。
その一点に、黒い線が走っていた。
罅。
細い罅が横へ伸びる。
天蓋の岩盤が軋む。
砂塵が落ちる。
バルクスの喉が鳴る。
「あれは……」
次の瞬間。
亀裂が、音を立てて伸びた。
「天蓋に、罅……!?」
言葉が、空気に消える。
北の地平。
黒都アトラエの方向から、遅れて衝撃波が届く。
龍脈が揺れる。
杭が微かに震える。
ルイが、初めて声を低くした。
「……勇者」
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