2 関所防衛戦
少し時は遡る。
北の黒と南の赤の中間──旧金領域。
金牙関。
赤が集結しはじめた。
最初に異変を捉えたのは、南方の見張り台だった。
炎原の向こうに、赤い旗が増えている。
隊列が伸びる。
兵が集まる。
隠す気はない。
正面から来る。
⸻
金牙関。
黒の要衝。
岩盤を削って築かれた関所の上に、バルクス・ヴァーレスは立っていた。
巨体、筋骨隆々。
黒の二本角。ヴァーレス家双子の従兄弟である。
視線は南。
熱を孕んだ地平。
レイゼンの命で、この関を守っている。
旧金領域の境。
中央を割らせぬための楔。
「勇者か……」
低く呟く。
黒はすでに一名退け、一名を軍門に入れたと聞く。
だが勇者とは本来、魔王を名乗れば最後に命を奪いに来る刺客。
いずれ、また来る。
それは確実だ。
部下が駆け込んだ。
「バルクス様! 赤が集結し始めました!」
「規模は」
「一万前後」
短い沈黙。
「動き出したか」
焦りはない。
ただ計算。
「レイゼン様にすぐ知らせろ」
「はっ!」
伝令が走る。
「旧都からも兵を呼べ」
関所の上では、兵が静かに配置につく。
黒五千。
守備陣形。
関は狭い。
数で押されても、突破は容易ではない。
だが。
押し続けられれば、いつか崩れる。
バルクスは南を見据えたまま、命じる。
「援軍が来るまで持ち堪えさせろ」
兵が一斉に動く。
矢倉に弓。
投擲槍を並べる。
地形を最大限に使う。
十日も持てば十分。
それまでに動く。
レイゼンは、必ず。
金牙関 防衛戦
赤の角笛が低く鳴った。
前列が割れる。
後方から、重い影が前へ出る。
「……投石器か」
バルクスの目が細まる。
炎原に据えられたのは、簡素だが強固な投石器。
二基。
腕木が軋み、縄が張られる。
「来るぞ!」
次の瞬間。
唸りを上げて岩塊が放たれた。
樽ほどの岩塊。
空気を裂き、関門へ叩きつけられる。
轟音。
鉄帯の木門が軋む。
石壁が揺れる。
破片が飛び、盾兵が弾き飛ばされる。
「持ち場を離れるな!」
第二射。
岩塊が矢倉を砕く。
弓兵が落ちる。
赤の歩兵が前へ出る。
盾列を組んだ兵が関へ押し寄せる。
密集した隊列が坂を登る。
投擲槍が飛ぶ。
盾に突き立ち、弾かれ、岩床に転がる。
だが距離が縮まる。
赤兵が関門前に到達する。
関門は六人横並び。
盾と盾がぶつかる。
金属音。
衝撃。
押し合い。
黒の前列が一歩、下がる。
岩床に血が流れる。
「前に出ろ!」
バルクスは退かない。
だが押されている。
投石器の第三射。
樽岩が関門上部を叩く。
石が罅割れる。
瓦礫が落ちる。
赤が叫ぶ。
角笛が鳴り、兵が吠える。
一斉に踏み込む。
関の入口が半ばまで埋まる。
黒兵が押し返される。
突破まで、あと数歩。
赤の旗が関門内に差し込まれる。
「……!」
バルクスが武器を振り上げる。
鉄塊のような巨大な鎚。
両手で振り抜く。
骨が砕ける音。
赤兵が吹き飛ぶ。
鎚が盾を叩き割る。
だが数が多い。
押される。
関門の内側へ赤兵が数歩入り込む。
黒の陣形が歪む。
「持たせろ!!」
喉が裂けるほどの声。
その瞬間。
北から地鳴りが響いた。
砂塵が上がる。
黒旗。
増援が、視界に入る。
⸻
金牙関・関内
地鳴りとともに、北から黒旗が雪崩れ込む。
魔将二名、七千。
隊列を崩さぬまま、そのまま突撃。
赤の側面へ食い込む。
槍がぶつかる。
盾が押し崩される。
衝突音が重なる。
押し返されかけていた黒の陣が、踏みとどまる。
バルクスは振り向く。
「……少ないな」
砂塵の向こうから、一人の黒角の魔族が駆け寄る。
一本角。
小柄。
無駄のない足取り。
「ルイと申します」
短く頭を下げる。
「なぜこんなに少ない」
苛立ちは隠さない。
ルイは淡々と答える。
「レイゼン様の占術により、兵はアトラエを守っております」
バルクスの眉がわずかに動く。
「……む」
ルイは懐から、絹の包みを取り出した。
中には黒い杭。
細く、重い。
四角い古代文字が刻まれている。
淡く脈動。
「代わりに、こちらの策を授かっております」
バルクスの視線が杭に落ちる。
「巫術か……」
一瞬だけ考える。
そして即断。
「貴様に任せる」
ルイは会釈し、戦場の側面へ走る。
杭を抱えたまま、関所よりさらに高所へ登る。
関門前。
赤の攻勢はなお続く。
だが魔将二名が前へ出たことで、流れは止まった。
バルクスは鎚の血を払い、低く呟く。
「黒の二十万の兵のうち……十万は東西」
一拍。
「何を出し渋る」
視線は南。
盤面を読む者の目ではない。
目の前の敵を斬る武人の目だ。
それでも──
退く気はない。
関門は、まだ落ちていない。
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