4 勇者の本当の力
黒耀城、深奥。夜。
窓のない回廊は静かで、足音だけが石に響く。
この代になって──
勇者が魔界へ来たのは、初めてだった。
レイゼンはひとり、闇を見ている。
そこへヴァイレンが歩み寄った。
「兄貴」
短い呼びかけ。
「……勇者の件だがよ」
レイゼンは振り向かない。
「聞きたいのだろう。なぜここに留め置くのか」
図星だった。
ヴァイレンは、無言で頷く。
「勇者の力は、剣ではない」
「勇者の力はな」
レイゼンの声は低い。
「祝福でも、才能でもない」
わずかな間。
「絆だ」
ヴァイレンが眉を寄せる。
「……絆?」
「誰かを想うこと。守りたいと願うこと。失いたくないと恐れること」
言葉は淡々としている。
「それが重なったとき、理屈を越えた力になる」
「絆は、理不尽だ」
「勇者は追い詰められるほど強くなる」
「瀕死から立ち上がり、不可能を通す」
「努力ではない。繋がりが、現実を押し曲げる」
ヴァイレンが小さく舌打ちする。
「クソみてぇな力だな」
「その通りだ」
レイゼンはあっさり頷く。
「理不尽で、不安定で、再現もできぬ」
「だから恐ろしい」
「孤高の勇者は、弱い」
「で」
ヴァイレンが問う。
「今回の勇者は?」
「仲間もおらぬ。故郷とも切れている」
間を置かず、答えが落ちる。
「弱い」
即断だった。
「結ばれておらぬ者は、奇跡を起こせぬ」
「孤高の勇者は、扱いやすい」
ヴァイレンは腕を組む。
「だから殺さなかった?」
「そうだ」
レイゼンは静かに言う。
「孤高の勇者は、最も扱いやすい」
「結ばれておらぬ者は、奇跡を起こせぬ」
「だから私は殺さなかった」
ヴァイレンは初めて見る勇者を思い出す。
小さい。
脆い。
だが、心は折れてはいなかった。
レイゼンが振り向く。
「だがな、ヴァイレン」
「絆は、人族だけのものではない」
「……何?」
「勇者は、周囲を巻き込み、絆を生む存在だ」
「誰かが関われば、そこに繋がりが生まれる」
「魔族であろうと、例外ではない」
ヴァイレンの背筋が、わずかに粟立つ。
その“誰か”に、自分が含まれる可能性を、
言葉にされずに示されたからだ。
「だから、魔界に置いた」
「勇者を魔界に置いた理由は、ひとつ」
レイゼンの瞳が暗く光る。
「絆の力を、魔族に引き込む」
「勇者が誰かを想えば、その感情はこの地に根付く」
「魔族は強い」
「だが、絆を知らぬ」
「だからこそ――」
「魔王は、勇者を拒まぬ」
「魔王とはな」
「勇者を殺す者ではない」
「受け止め、試す者だ」
「絆に溺れ、理不尽に振り回されるなら、それまで」
「だが、絆を制し、背負えるなら」
レイゼンは静かに言う。
「それはもう、勇者でも人族でもない」
「新しい“王の器”だ」
沈黙。
ヴァイレンは、しばらくして口を開いた。
「……お前」
「ほんとに、性格悪ぃな」
レイゼンは、わずかに笑う。
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