30 戻れない
黒耀城、執務室。
静かな夜。
レイゼンが呼ぶ。
「ヴァイレンよ」
「あ?」
気のない返事。
レイゼンは淡々と告げる。
「もしセレンが捕らえられ、連れて行かれた場合──」
一拍。
「地上で処刑されるだろう」
空気が止まる。
「……はぁ?」
ヴァイレンの目が細まる。
レイゼンは羊皮紙を差し出す。
「異端認定と抹殺指令が出た」
受け取る。
地上語で書かれた手配書。
異端認定告示
元勇者セレン。
当該者を異端と認定する。
理由:
魔界への加担。
教会命令への背反。
本日付をもって聖名を剥奪。
各地に通達。
発見次第、拘束。
抵抗の場合、処断を許可する。
──聖王国教会
紙を握る音が、やけに大きい。
「なんで」
低い声。
「魔界に残り、お前と絆を結んだからだ」
静かな事実。
「……あいつ自身は何もしてねぇだろ」
戦ったのは自分だ。
「それがあちらでは、裏切り者だということだ」
一瞬の沈黙。
「今更、戻ることもできぬ」
ヴァイレンが息を呑む。
胸の奥が、冷たくなる。
道は、もう閉じている。
「……」
指が震える。
次の瞬間。
「全部倒せばいいんだろ!」
怒声が室内を震わせる。
「赤も蒼も紫も勇者も教会も!」
拳が机を叩く。
「クソ!」
荒い呼吸。
レイゼンは、動じない。
「落ち着け」
低く、短く。
「焦っても解決はしない」
視線がぶつかる。
ヴァイレンは歯を食いしばる。
「……どうすりゃいい」
初めて、問う。
レイゼンは答える。
「強くなれ」
短い。
「世界を従わせるほどにな」
ヴァイレンは一瞬黙る。
「……は?」
「世界を我らの理で治めればよい」
レイゼンの目は自分を通してどこか遠くを見ている。
そこに迷いはなかった。
あるのは、到達までの手順だけだ。
夜。
黒耀城の高所。
風だけが鳴る。
ヴァイレンは手すりに肘を置き、空を睨んでいた。
「……帰らなくて済んでよかったじゃねーか」
吐き捨てる。
地上に。
異端認定。
抹殺指令。
裏切り者。
「地上を全部敵に回して?」
笑えない。
ふと、思い浮かぶ。
あいつの顔。
困ったように笑う顔。
無理して強がる顔。
悲しむ顔。
胸が、ざらつく。
「……」
「地上はクソだ」
行ったこともない。
見たこともない。
だが。
「絶対ロクでも無ぇ」
理由なんていらない。
敵でいい。
自分はどうしたい。
考える。
止まる。
わからない。
兄貴の魔界統一に付き合うだけだった。
殴って、勝って、従わせて。
それで終わるはずだった。
なのに。
勇者。
赤。
蒼。
紫。
教会。
ありとあらゆるものが立ち塞がる。
胸の奥が、熱い。
苛立ちでも、怒りでもない。
もっと厄介な何か。
歯を食いしばる。
「……叩き潰す」
低く。
「全部だ」
風が強く吹く。
その目は、もう迷っていなかった。
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