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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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29  紫の灯

 紫楼閣、奥の私室。


 重い沈黙が、部屋を満たしていた。


 当主の命を受け、

 小柄な女魔族──ヴィオラは震える手で、外套を外し始める。


 指先が止まらない。


 恐怖で、呼吸が浅い。


「……やめろ」


 バニングの声は、強くはなかった。


 だが、はっきりしていた。


 ヴィオラの動きが止まる。


「……できません……」


 声が、崩れる。


「抱いていただけなければ……私は……」


 言葉にならず、膝が落ちる。


「……殺されます……」


 床に落ちた雫が、ひとつ。


 泣き声は、なかった。


 ただ、耐えているだけだった。


 バニングは、剣を置いた。


 ゆっくりと、彼女の前にしゃがむ。


「……それは、違う」


 ヴィオラが、顔を上げる。


「誰かを救うために、誰かを踏みにじる力なら──」


 一拍。


「俺はいらない」


 ヴィオラの目が、揺れる。


「でも……命令が……」


「なら、俺が盾になる」


 即答だった。


「お前を、そんな目に合わせたやつを──」


 言い切る前に、胸を押さえた。


「……っ」


 バニングの胸に、熱が走る。


 紫の光。


 淡く、確かな灯。


 それは外へ溢れず、

 彼の内側に、静かに宿った。


 ヴィオラが、息を呑む。


「……絆……?」


 バニングは驚いた顔で、自分の手を見る。


「……そうか」


 理解する。


「守りたいと思った」


 それだけだ。


 ヴィオラは、震えたまま、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます……」


 紫の灯は、消えなかった。




最後まで読んでくださりありがとうございます。

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