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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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間話 絆について分かったこと

 黒耀城、書庫。

 古い羊皮紙の匂いが染みついた部屋で、女司書──リュミエラが、やけに上機嫌だった。


 眼前には机につくヴァイレンとセレン。


「勇者セレン様とヴァイレン様に絆が結ばれました!」


 本を抱えたまま、くるりと回る。


「素晴らしい! 魔族史上初の快挙です!」


 セレンは首をかしげる。


「そうなんですね。私、眠っていて……」


 ヴァイレンは腕を組んだまま、無言。


 リュミエラは気にしない。

「では、絆の力についてご説明いたします!」


 どどんと置かれる古文書とジャスティス戦分析結果。


「はい」


「絆の力は、戦場での窮地、土壇場、災害──」


 身振りが大きい。


「仲間を救いたいと強く思った瞬間に発動する圧倒的な力です!」


 セレンが小さく手を挙げた。


「……あの」


「はい!」


「どうして私は、奇跡を起こせないんですか?」


 一瞬、間。

 

 リュミエラはきっぱり答える。


「おそらく、ヴァイレン様が強すぎるからです」


 セレン、ぱちくり。


 ヴァイレン「……は?」


 リュミエラは続ける。


「絆の力は、結ばれた側からでも問題ありません」


「土壇場で追い詰められたとき」


「窮地に立つ誰かを救いたいとき」


「大切な人の命が危険に晒されたとき」


「理不尽を上書きする力が生まれます」


 セレンは、静かに考える。


 ヴァイレンは、リュミエラを見る。

 

 リュミエラは、にっこり。


「つまりですね」


 一拍。


「ヴァイレン様が追い詰められれば、セレン様が覚醒します」


 沈黙。


「……なるほどな」


 セレン

「え?」


 「俺が死にかけりゃいいって話か」

 

 リュミエラ、即答。


 「理論上は」


 ヴァイレン「却下だ」


 司書は楽しそうに本を閉じる。


「ご安心ください」


 にこり、と笑う。


「それ以外にも、覚醒を促す方法はございます」


「え?」


 ヴァイレン嫌な予感。


「待て」


 司書はさらりと言った。


「肉体的接触による強化ですね」


 沈黙。


 ヴァイレン。

 「帰れ」


 リュミエラ

 「まだ説明が──」


 ヴァイレン「帰れ!!」




「──というわけで、今回の調査結果と古代からの知恵をまとめてきました」


 ヴァイレンが嫌そうに言う。


「何がだ」


「勇者との“絆”攻略法です」


 セレンは真面目に頷いた。


「はい」


 司書は淡々と続ける。


「身体的接触を伴う関係で、顕著に強化されます」


 ヴァイレンが眉をひそめる。


「具体的には?」


「男女の性的な結合ですが──」


 ──沈黙。


 ヴァイレンの思考が、完全に停止する。


(地獄か)


 セレンは、真面目に頷いた。

「なるほど……」


「ただし」


 リュミエラは間を置かずに。


「親子、兄弟姉妹、師弟、主従」


「血縁間や同性間の友情や信頼でも発現します」


 セレン呟く。

「……同性……」


 そのまま、何の含みもなくヴァイレンを見る。


 一瞬。


「ちがうだろ! どう見ても!」


 リュミエラ、即答。


「異性としては見られていませんね」


「やめろ」


 リュミエラ、続ける。


「補足として」


 ヴァイレン「しなくていい!」


「身体的接触で勇者と結ばれた側は精神が安定し」


「勇者はエネルギーを補充されます」


「これが、勇者ジャスティスの強さでしょう」


 セレン

「なるほど」


 ヴァイレン(俺だけが地獄か)


 沈黙。


 リュミエラは首を傾げた。


「……問題が?」


 ヴァイレンは答えなかった。

 顔を背ける。


 耳まで赤い。


(俺は冷静だ)


(冷静だぞ)



 訓練場。


 朝の熱光が、黒い石床を鈍く照らしている。


「もう一周」


 ヴァイレンの声は短い。


 セレンは息を切らしながら、頷いた。


「……はい」


 脚は重い。


 肺が焼ける。


 それでも、止まらない。


 黒の兵が小声で囁く。


「今日、きつくないか?」


「きつい」


「昨日の倍だぞ」


「……理由は?」


 ヴァイレンは木剣を肩に担い、じっとセレンを見る。


(横に立たせる)


(そのくらいには)


(最低限だ)


「戻れ」


 セレンが戻る。


 足取りは遅いが、崩れない。


「構え」


 木剣が振られる。


 今度は──


 受けた。


 完全ではない。


 だが、流した。


「……」


 ヴァイレンの眉が、ほんの一瞬だけ動く。


「今のは?」


 セレン、息を整えながら答える。


「……受けると、受け止めきれないので」


「だから、ずらしました」


「……前、言ったな」


「はい」


 言われたことを、覚えている。


 その通りに、やろうとしている。


「もう一回だ」


 打ち込み。


 受け流し。


 一歩、耐える。


 二歩、耐える。


 三歩目で、弾かれる。


 倒れる。


「……っ」


 起き上がろうとして、膝が揺れる。


 ヴァイレン「止まるな」


 セレン「……はい」


 立つ。


 また構える。


 黒兵、思わず声を潜める。


「……折れないな」


「前は一発で座り込んでたぞ」


「今日は、立ってる」


 木剣が振られる。


 セレン、半歩下がる。


 致命を避ける。


 完全ではない。


 だが──


 前より、明らかに動けている。


「……チッ」


 舌打ち。




 木剣を構え直しながら、ヴァイレンは一瞬だけ動きを止めた。


(……絆)


 頭の奥に、あの司書の声がよみがえる。




 ──回想。


 リュミエラは本を閉じ、淡々と続けた。


「なお」


 ヴァイレン「まだあんのかよ」


「どちらからでもですが――」


 リュミエラはページを指でなぞる。


「相手を手ひどく精神的、あるいは肉体的に傷つけた場合」


 ヴァイレンは無表情になった。


「絆は、絶たれます」


 セレンが小さく頷く。


「そうですね……信頼が失われます」


「はい。裏切りは勇者を弱くします」




 もう一つ、別の声。


 低く、静かな声。


 レイゼン。


「勇者は裏切れぬ」




 現実に戻る。


 セレンが、ふらつきながらも立っている。


「……もう一回、お願いします」


 息は荒い。


 足も震えている。


 それでも、目は逸らさない。


 ヴァイレンは木剣を振り上げる。


(……強くする)


「構えろ」


 声は、いつも通りぶっきらぼうだった。


 セレンは、笑った。


「はい!」


 ヴァイレンは目を逸らした。


(裏切る気はねぇ)


(だが──)


 その続きを、考えるのはやめた。



全然冷静になれてないです。



最後まで読んでくださりありがとうございます。

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