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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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24 敗退の後

 瓦礫の匂いが、まだ残っている。


 ジャスティスは歩きながら、ふと足を止めた。


 胸の奥で、あの声が反響する。


「なら最初から帰り道を渡せや」


 二本角の魔族の男。

 低く、怒りを抑えた声。


「片道切符で送り出して、都合が悪くなったら“救出”か?」


 ……理屈は、通っていた。


(勇者セレンは、裏切っていない)


(裏切ったのは──)


 思考が、そこまで進んで止まる。


(教会、か)


 否定はできない。

 少なくとも、否定する材料がない。


 脳裏に、戦場の光景がよみがえる。


 絆領域。

 自分が誇る無敵の場。


 それを、あの男は壊した。


(私の領域を、力でねじ伏せた)


(しかも──)


(セレンのために、本気で怒っていた)


 結論は、自然に落ちた。


(……絆を結んだのだな)


 胸が、わずかに軋む。


 理解できる。

 否定もできない。


 だが、踏み込む気にもならなかった。


「ちょっと〜、ジャスティス?」


 弓使いが、肘でつつく。


「聞いてる?」


「ああ、すまない」


 ジャスティスは、いつもの笑顔に戻る。


「少し、考え事をしていただけだ」


「また難しい顔して〜」


 仲間たちが寄ってくる。


 軽い笑い声。

 慣れ親しんだ距離。


 ジャスティスは、その輪の中に身を置いた。


(……私は、私の戦いをする)


(セレンは──)


 その先は、考えない。


 考えれば、選ばねばならなくなる。


 今は、まだ。




 西方教会・本部聖堂


 祈りの声は、いつも通り響いている。


 白い石壁。

 高い天井。


 その中央で、一人の神官が膝をついていた。


「……報告です」


 声が、わずかに震える。


「勇者ジャスティス──」


 間。


「撤退しました」


 ざわめきが走る。


「撤退?」


「討伐ではなく?」


「生存は?」


「確認済みです。呪符にて帰還」


 重い沈黙。


 祈祷長が目を閉じる。


「敗北、か」


「……ただの敗走ではありません」


 神官は急いで付け足す。


「魔界側の戦力は予想以上。

 勇者は領域を展開しましたが──」


「突破された、と」


 静かな声。


 聖堂の空気が冷える。


「あり得ぬ」


「絆領域が破られるなど」


「理論上……勇者は無敵になるはずだ」


「理論は現実に負けた」


 祈祷長が言う。


 そして。


「勇者セレンは?」


「依然、黒の支配圏内」


 別の神官が小声で。


「……女体化が、確認されました」


「やめよ」


 即座に遮られる。


「そのような冒涜は口にするな」


「勇者バニングは?」


 沈黙。


 未だ行方不明。


 祈祷長はゆっくりと立ち上がる。


「ジャスティスを呼べ」


「はい」


「詳細を聞く」


 一拍。


「そして──」


 視線が落ちる。


「魔王レイゼン・ヴァーレス」


 名を出すだけで、空気が重くなる。


「黒は、確実に統一へ近づいている」


「放置すれば、いずれ地上に出る」


「それは、許されない」


 静かに決定が下る。


「次の手を急げ」


「候補は、まだいる」


 白い聖堂の中で。


 焦りだけが、わずかに混じった。


 誰もまだ気づいていない。


 勇者が敗れたことよりも。


 “勇者の奇跡が通じなかった”ことの方が、


 よほど重大だということに。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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