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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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22 勇者ジャスティス

 ──黒都アトラエ


 空が、歪む。


 上空の一点に、円が浮かび上がった。


 黒い天蓋を押し広げるように、巨大な魔法陣が展開する。


 白い光が、ゆっくりと収束していく。




 黒耀城──訓練所。


 ヴァイレンが顔を上げる。


「……またかよ!」


 舌打ちと同時に、地を蹴る。


 一直線に城門へ向かう。


 後ろから声が飛ぶ。


「待って! 私も行きます!」


 セレンだ。


 ヴァイレンは振り向かない。


「はぁ!?」


「私が話をして──」


「話してどうすんだよ」


 走りながら吐き捨てる。


「勇者はお前か兄貴狙いだ」


「余計なことすんな」


 一瞬だけ振り返る。


「すっこんでろ!」


 セレンは息を呑む。


 だが止まらない。




 黒耀城、正門内広場。

 空間が裂ける。


 光の柱が、彼らの眼前に落ちた。


 轟音。


 白が地面を焼き、魔力が弾ける。


 収束。


 そこに立っていたのは、五人。


 中央の男が一歩前に出る。


 長身。


 整った顔立ちに、揺るぎのない笑み。


 周囲を一瞥し、すぐに視線を定める。


 金髪の少女。


 黒の角を持つ者の背後に立つ、善性の光を宿した存在。


 彼は確信する。


「……君が勇者セレンか?」


 広場の空気が、張り詰めた。


 ヴァイレンの目が細くなる。


 一歩、前へ。


 蛇矛が、わずかに鳴った。


 金髪の青年が、まっすぐにセレンを見る。


 紫の瞳は、迷いがない。


「無事でよかった……!」


 本気の安堵だった。


 セレンは一瞬、言葉を失う。


「……あなたは」


「勇者ジャスティスだ」


 胸を張る。


 背後で四人の少女たちが控える。


 光の気配が、まだ空気に残っている。


「君を迎えに来た」


 まっすぐすぎる言葉。


 セレンの胸が、少しだけ揺れた。


「私は……」


 小さく息を吸う。

「自分で選んで、ここにいます」


 ジャスティスは、柔らかく笑う。


 責めない。怒らない。


 ただ、理解したつもりの顔。


「わかるよ」

「魔界は恐ろしい場所だ。怖かっただろう」

「でも大丈夫だ」


 一歩、近づく。


「君の目に悪意はない」


「操られているわけでもないと信じたい」

「だからこそ、戻ろう」


 セレンの心が揺れる。


「陽の当たる地上が、君には相応しい」


 地上。


 その言葉に、息が詰まる。


「君を待っている人がいる!」


 セレンの指が、わずかに震えた。


 ──いる、のか?


 その瞬間。


 黒い影が割り込む。


 蛇矛の石突が地面を鳴らした。


「待ってるだと?」


 ヴァイレンの声は低い。


 抑えているが、怒りは隠れていない。


「帰す気もねぇのに送り込んどいて、何が待ってるだ」


 ジャスティスが睨む。


「魔族は黙れ」

「彼女は人だ。地上の民だ」


 ヴァイレンの金眼が冷える。

「なら最初から帰り道を渡せや」


 一歩、踏み出す。


「片道で送り出して、都合が悪くなったら“救出”か?」


 空気が重く沈む。


 セレンがはっと顔を上げる。


「帰り道……?」


 ジャスティスが一瞬だけ言葉に詰まる。


 だがすぐに胸を張る。


「それでも、今はある!」


「君は選ばれた人だ!」

「こんな場所に埋もれていい存在じゃない!」


 ヴァイレンの額に、青筋が浮いた。

「……こんな場所だと?」


 蛇矛が静かに傾く。


「ここを見下す口で、救いだの語ってんじゃねぇ」


 ジャスティスが剣を構える。


「彼女を連れて帰る」


 ヴァイレンも一歩。


「やってみろ」


 セレンが、二人の間で息を呑む。


 空気が張り詰める。


 善意と怒りが、真正面からぶつかろうとしていた。




 ジャスティスが踏み込む。


 剣が閃く。


 ヴァイレンは動かない。


 蛇矛の柄で受け流す。


「軽い」


 一言。


 四人が同時に動いた。


 金髪の弓。

 紫髪の祈り。

 ピンクの影が地を滑り、

 緑の術が空気を震わせる。


 連携は完璧。


 死角を消す動き。


 だが───


 蛇矛が回る。


 一閃。


 地面が裂け、石片が舞う。


 弓が弾かれ、盗賊が吹き飛ぶ。


 僧侶の結界に亀裂。


 魔法が霧散。


「速すぎる……!」


 ジャスティスが歯を食いしばる。


 ヴァイレンは街の壁を背に、最小限でさばいている。


 だが、圧だけで押し返す。


「遅ぇ」


 蛇矛が突き出される。


 ジャスティスが盾で受ける。


 衝撃で後退。


 地面に深い溝が走る。


「……っ」


 ここで、四人が声を揃える。


「ジャスティス様!」


 祈りが重なる。


 光が集まる。


 空気が震えた。


 ジャスティスの足元から、淡い光の円が広がる。


 翼が、剣と盾に生える。


 熱と光が周囲を包む。


「──絆領域、展開!」


 光の中に入った瞬間。


 ヴァイレンの足元が焼ける。


 空気が重い。


 熱い。


 ジャスティスの動きが変わる。


 速い。


 重い。


 一撃が、苛烈。


 蛇矛と剣がぶつかり、衝撃が弾ける。


 ヴァイレンが初めて一歩、下がる。


 セレンは後方で息を呑んでいた。


(……すごい)


 これが勇者。


 地上の象徴。


 自分とは、違う。


 戦場に入れない。


 近づけば、熱に焼かれる。


 足が、すくむ。


 ヴァイレンが唸る。


「なるほどな」


 蛇矛を握り直す。


「面白ぇ」


 ジャスティスが踏み込む。


 光が弾ける。


「君を救う!」


 セレンの胸が締めつけられる。


(……違う)


 でも、言葉が出ない。


 ヴァイレンの背中が遠い。


 自分は──


 足手まといだ。


 悔しさが、喉まで込み上げる。


(……追いつけない)


 光と暴力がぶつかり合う中、


 セレンはただ、立ち尽くしていた。




 光が爆ぜる。


 剣が閃き、盾が弾ける。


 ジャスティスは笑っていた。


「無駄だ! この領域にいる限り、私は倒れない!」


 傷が塞がる。

 息が乱れない。

 四人の視線が彼に注ぐ。


 光がさらに強まる。


 ヴァイレンの蛇矛が弾かれる。


「……チッ」


 押される。


 わずかに、足が下がる。


 その隙。


 ピンクの影が滑り込んだ。


「はい、これー」


 布が、セレンの口元を覆う。


 甘い匂い。


「……え?」


 一瞬。


 視界が揺れる。


「勇者、確保したよー!」


 セレンの身体が崩れる。


 盗賊がセレンを肩に担ごうとするもうまくいかない。


 人族女性としては長身だ。


 小柄な盗賊には重い。


 そして思わず漏れる。

「うわ、重……うわ、でか!」




 ヴァイレンの金の瞳が、止まった。


「……てめぇ」


 空気が、沈む。


 ジャスティスが剣を構え直す。


「彼女を連れ帰る! それだけだ!」


 ヴァイレンは答えない。


 ただ、踏み込んだ。


 地面が割れる。


 蛇矛が振り下ろされる。


 光の翼が受け止める。


 だが──


「うるせぇ」


 低い声。


 その背後に、影が立ち上がった。


 黒い。


 巨大な。


 狼の輪郭。


 熱を持たない、重い闇。


 領域の光が揺れる。


 ジャスティスが眉をひそめた。


「……なんだ、これは」


 黒い影が吠える。


 音はない。


 だが圧がある。


 絆領域が、軋む。


 光が濁る。


 四人の表情が変わる。


 ヴァイレンの瞳が、完全に冷える。


「俺の前で」


 一歩。


「勝手に持ってくな」


 蛇矛が唸る。


 黒狼の影が、光を噛み砕く。


 ジャスティスの無敵が、初めて揺れた。


「領域が……削られている!?」


 光が裂ける。


 ヴァイレンは、もう押されていなかった。

 黒と光が、真正面からぶつかった。


 光が広がる。


 黒が押し返す。


 領域が軋む。


 ジャスティスが叫ぶ。


「ばかな! 私の絆領域が──!」


 黒い影が膨れ上がる。


 狼の輪郭が、光を噛み砕く。


 ひび。


 ぱきり、と。


 絆領域に亀裂が走る。


 四人の少女が悲鳴を上げる。


「うそ……」


「崩れる……!」


 ヴァイレンの瞳が、完全に冷えた。


 黒い魔力が身体を包む。


 地面が沈む。


「舐めてんじゃねぇ」


 踏み込み。


 蛇矛が振り抜かれる。


 光の翼ごと、ジャスティスを弾き飛ばした。


 爆音。


 ジャスティスの身体が石畳を転がる。


 盾が割れる。


 翼が霧散する。


 僧侶が叫ぶ。


「まずい、撤退します! モモ、こちらへ!」


 モモと呼ばれたピンク頭がセレンを投げ出す。


 銀の呪符が破られる。


 光が弾ける。


 ヴァイレンが舌打ちした。


「チッ……!」


 光が柱の間に広がり、五人の姿が溶ける。


 消えた。


 残ったのは、砕けた石と、黒い余波だけ。


 ヴァイレンは蛇矛を肩に担ぐ。


「逃げ足だけは速ぇな」


 足元には、眠ったままのセレン。


 すやすやと、まるで何も知らない顔。


 ヴァイレンは見下ろす。


 沈黙。


「……チッ」


 その舌打ちは、戦いに向けたものではなかった。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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