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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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2 理由

 黒耀城、上層。


 執務室に戦況図が浮かぶ。


 報告書が積まれ、レイゼンは視線を落としたままだった。


 ヴァイレンは腕を組む。


「なぁ兄貴。聞かせろよ」


「なんで勇者を女にした?」


「殺す理由がなかった」


「それは分かる。だが──」


 筋が通らない。ヴァイレンは言葉を探す。


「わざわざ女にする必要はねぇだろ」


 その瞬間、レイゼンの手が止まった。


「ある」


 短く、断定。顔が上がる。


「勇者とは”役割”だ」


「剣の腕でも祝福でもない。物語に守られた存在だ」


 ヴァイレンは黙る。


「地上では、挑み、負け、死ぬことで物語が完成する」


「だが魔界では違う」


「ここでは、生き続けることが試練だ」


「男のままでは、死ぬ」


「誇りと役割に縛られすぎている」


「剣が折れれば心も折れる。称号を失えば自我を失う」


「三日ともたぬ」


 ヴァイレンは舌打ちした。


「……だから女に?」


「そうだ」


「罰ではない。“役割”を壊すためだ」


「女になれば勇者の仮面は外れる」


「守られる存在でなくなったとき、初めて”個”が残る」


 ヴァイレンは小さく息を吐いた。理屈は分かった。


「……えげつねぇな」


「死ぬなら、その程度だ」


「生き残ったら?」


 レイゼンは、わずかに笑った。


「それはもう勇者ではない」


「魔界で生きる者だ」


 沈黙。


「ヴァイレン」


 名を呼ばれ、肩越しに振り返る。


「……あ?」


「そやつを──食客として迎え入れよ」


 一瞬、思考が止まった。


「……は?」


 レイゼンは淡々と続ける。


「黒で身柄を預かる。女性武官の宿舎へ案内しろ」


「……おい」


 眉間に皺が寄る。


「信用できんのかよ」


「問題ない」


 即答だった。


「勇者は裏切れぬ」


「はぁ……?」


 意味が分からない、という顔のまま、ヴァイレンは頭を掻いた。


 沈黙が落ちる。


「……で」


 低く問う。


「なんで俺が面倒見る役なんだ」


 レイゼンは迷わない。


「お前は」


 一拍。


「優しいからだ」


「は?」


 思わず声が跳ねた。


「殺さぬ。だが甘やかさぬ。最適だ」


 ヴァイレンは額を押さえる。


「……ふざけんな」


 小さく息を吐く。


「女勇者の世話なんて聞いてねぇぞ……」


 レイゼンはすでに書類へ視線を戻していた。


 決定は、覆らない。


 ヴァイレンはしばらくその背を睨み──


 やがて、諦めたように肩を落とす。


 黒の魔将としてではなく。

 兄に押し付けられた弟としての顔で。



最後までお読みくださりありがとうございます。

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