契約破棄
パンデム――魂を喰らって成長するデーモン。
封印の応用だ。僕は奴に斬業の剣を融合し、縛り付けることで異空間へ逃げられなくした。
こうなれば奴は単に、魂で膨張しただけの醜悪な存在だ。
ああ、ひどい顔だな。でも同情の心は一切わかない。
今から僕は、こいつに鉄槌を加える。
僕の持つ錬成の槌は、あらゆる物体の融合と分解が可能だ。
僕はこれから、パンデムを分解する。
カーン!
「ぎゃあああああっ!」
手足が崩れ、魂が解放されてゆく。
パンデムの体は修復を始める。
「お前は! 何者なんだあああ!」
「僕かい? こんな見た目だけど、神さ。お前を今から滅ぼす」
カーン!
「やめろおおおっ!」
体にヒビが入り、そこから魂が漏れてゆく。
パンデムの体は、修復を繰り返すたびに小さく縮んでゆく。
「いやだ! 助けてくれ! もう魂は喰わない! 滅ぶのは嫌だ」
僕は命乞いをするパンデムを無視して錬成の槌を打ち続ける。
カーン! カーン! カーン!
何度も何度もパンデムを叩き続ける。
そして遂に、全ての魂は放出された。
見窄らしく痩せた小さなデーモンが、僕の手に掴まれている。
「これで終わりだよ」
僕は錬成の槌を振り上げる。これでようやく、この国をデーモンから解放できる。
「いやだぁぁぁぁぁっ!」
パンデムは無様に最後の叫び声を上げる。
「まだだ! まだ終わってない!」
突然ウォールドが声を上げ、僕の腕を掴む。
「なっ! ……何を言っているの? ウォールド……」
ウォールドは僕を止め、パンデムに向かって話し始めた。
僕は戸惑いながらもウォールドを見守る。
◆◆◆
「パンデム、お前は父さんと契約をしていたな……」
「父さん? やはり家族が居たのか。お前が身代わりになりたいのか?」
「そんな事は父さんが許さないよ。そんなことよりも、全ての契約を解除しろ」
「待て待て! 俺様の根源は契約だ。契約の恨みで俺様は生まれたんだ。契約が無くなると滅んでしまう」
「そうか……それで斬業の剣では滅ぼせなかったのか」
「なあ、俺の体に剣が張り付いて離れない。取ってくれよ。気持ち悪くて仕方がないんだ」
もうすっかり小物の話し方だ。こいつは最初から小物だったんだ。だから命乞いまでしている。
「取ってやるよ。ファブに頼んでやる」
「ウォールド! 一体何を……」
さすがにファブが慌てている。
俺はそんなファブを見据え、最後の仕上げにかかる。
「こいつを俺の下僕にする。そう契約を結ぶ」
俺の言葉にパンデムの目が見開かれる。それと同時に笑いが滲み出る。
「俺様と契約? いいだろう。滅びるよりマシだ。下僕になってやるよ!」
パンデムの体から契約の鎖が伸びる。そして俺の体へと刻まれた。
「パンデム、命令だ。俺以外の契約を解除しろ!」
「分かったよ……解除すればいいんだろ」
パンデムは渋々と言った表情で、指を鳴らす。
パンデムの体から契約の鎖が伸びる。
いや、見えなかった鎖が可視化されている。
父さんを縛っていた鎖と同じ光だ。俺はこの瞬間を狙っていた。
パンデムとの契約相手よ、もう逃げられないぞ!
俺はコロシアム全ての人に向かって、力の限り叫ぶ。
「奴隷たちの魂は解放された! そして今! デーモンとの契約者をここに示す!」
◆◆◆
一本目の光は、コロシアムの貴賓席へと向かってゆく。
その先にはギルドマスターのヴィクトールが居る。
契約の鎖はヴィクトールへと到達し、大勢の観衆の前で砕け散った。
冷たい視線がヴィクトールに突き立てられる。
魂を喰らい、不審死の原因となった存在。
そして契約のもとに魂を供給していた事実。
誰もが予感していても、確証が持てなかった。
しかし今、証拠が示されたのだ。
ヴィクトールはあわてて言い訳を始めた。
「俺のお陰で平和は守られている。犯罪者は奴隷になって死ねば良い。奴らはゴミなんだ!」
そう叫びながら、逃げ出している。
「一番のゴミはお前だ!」
背中に罵声が浴びせられる。
誰も逆らえなかった。いや、逆らわせなかった反動が、怒りとなって向けられる。
これでもう、従うものは居なくなるだろう……。
そして二本目の光。真っ直ぐに最上階の観覧席へと伸びてゆく。
そこに居るのは財務大臣のヘーゲラ。国王の目の前で契約の鎖が砕け散る。
ヘーゲラは国王に目を合わさず、周囲に向かって言い訳をする。
「ど、奴隷は必要だ! 奴隷を使って国を発展させた。豊かにしたんだ」
「奴隷の何が悪い! 私は王国に尽くしてきた、すべて私のおかげだ!」
ヘーゲラの言葉がコロシアムに響く。
その声に、観客や貴族たちは言葉を失う。
しかし、王は別だった……。
「国民の幸せを犠牲にした発展。それに何の意味がある?」
王の冷たく冷静な視線がヘーゲラへと向けられる。
「騎士たちよ、二人とも捕らえよ……」
捕らえられるヘーゲラとヴィクトール。彼らは奴隷になる覚悟は無い様子だった。
そして国王は俺に視線を向け、静かに見守っている。
◆◆◆
「見ろよ、人間は欲深い。俺様には後二つ契約ができる。直ぐに誰かが俺様の元にやって来るさ」
パンデムは余裕の表情で俺を見ている。
「そうだな……。じゃあ、後二つ、契約しようか」
「俺様は三人に一つずつ、三つまでの契約ができる」
「お前はもう既に契約している。一人一つまでだ!」
パンデムは指折りながら説明している。
「契約先は人以外でも可能さ。じゃあ、僕が契約の儀式をやろうか」
そう言ってファブは魔法陣を展開する。
魔法陣に錬成の槌を当てると、斬業の剣が現れる。
パンデムがホッとした表情になる。
そして父さんの腕からも、お守りを転送して手に取った。
「契約相手、その一つは斬業の剣だ。欲望を捨てる契約」
「もう一つは、エルマさんが作ったお守りにしよう。人を守る契約だ」
「それぞれに願いが込められている。お前はそれに逆らえなくなる」
パンデムの顔が青ざめる。
この契約で、人の魂を喰らえなくなるからだ。
ファブが唱える呪文とともに、二つの契約が結ばれた。
斬業の剣と母のお守り。そこから伸びる光がパンデムに絡みつく。
必死の抵抗も虚しく、契約の儀式は完了し、パンデムは青い獣のような姿に変わった。
「今はお前の顔を見たくない」
ファブがそう言うと、パンデムは急いで異空間を開き、その中へと姿を消した。
◆◆◆
「うあああっ!」
その直後、リナは気迫とともに、父さんの胸に突き立てられた剣を抜く。
「諦めるものか! この人は諦めなかった! 私だって! 絶対に!」
リナはヒールで魂を掴んだまま、体の中に押し込めようとしている。
それは鬼気迫る表情だった。瞳は光を失い、吐く息も荒く、かろうじて意識を保っている。
ヒールの光は既に消えかけている。なのにその手は、魂を掴んで離さない。
「リナ!」
俺はリナの手に自分の手を重ねる。リナの思いを受け止める。
そしてリナと共に、父の魂を体へと押し込めてゆく。
「父さん! 聞こえているか! 諦めないでくれ! 帰ってきてくれ!」
もう聞く事の出来なくなった父に叫ぶ。それは、リナの心を励ますために……。
◆◆◆
国王はその光景を静かに見守っている。
「騎士団長、我が部隊の魔法であの者を救えぬものか」
「恐れながら……既に手遅れです。あの傷は致命傷、もはや救えません……」
「そうか……実に、実に口惜しい……」
国王の拳が強く握られる。叶えられない望みを飲み込む辛さを見せないように。
そして静かに立ち上がり、腕を上げる。
「全魔道士たちよ! ヒールを支援せよ! あの娘の願い、全力で応えて見せよ!」
王の号令がコロシアムに響き渡る。
そしてコロシアムの全ての魔道士が、リナの魔力を支援する。
あらゆる場所から魔力が流れるように集まってくる。それはリナの背中を支える。そして力を与える。
「うあああああっ!」
リナは雄叫びを上げながらヒールを続ける。
消えかかったヒールの光が大きくなる。しかし魂はなおも天へと昇ろうとする。
「僕も手伝うよ!」
そう言ってファブもリナの手を抑える。
しかし父の魂は強く、そして大きい。押さえつける腕を弾き飛ばそうとする。
「くそっ、暴れるな! 大人しくしてくれ! 入んないだろ!」
遂にリナが限界に達する。父さんの胸に倒れかかり、意識を失ってしまう。
それでもその手は、魂を離してはいなかった。




