激闘
リナは俺がぶつかったせいで、気を失ってしまった。
剣と盾も弾き飛ばされた。取りに行く暇はない。
リナの意識が戻るまで、何とか時間を稼ぐしかない。
来い! 父さん。俺に剣撃が効かないことを見せてやる!
俺は腰を低くして腕を重ね、突進に備える。
「……何の真似だ?」
父さんは怪訝な目で俺を見つめている。何かに警戒しているのか?
「見せてやるよ、俺に剣は効かないってな」
「……剣を取れ」
「かかってこいよ」
「剣を取れと言ってる!」
「俺に剣はいらない!」
そして俺のほうから突進し、顔面へ向かって殴りかかる。
ガシィン!
頭に被った兜が吹き飛ぶ。そして顔が晒された。
そこにあったのは……
強くて優しい父さんの顔だった。
傷だらけで、無精髭が伸びている。でも間違いない。
そうか、これで分かった……。
父さんは何も変わってはいない。優しいままだ。
今も守ろうとしている。
「どうして切らなかったの?」
「……」
何も言わない。これで分かった。父さんは俺に倒されるつもりだ。
「いいか、よく聞け……」
「俺に家族はいない。身代わりなどいない!」
そしてまた殴り飛ばされる。
砂埃が舞い上がり、観客席からどよめきが起こる。
そうか、父さんが守っていたもの。俺たち、家族だ……。
パンデムから隠していたんだ。
そしてようやくパンデムを滅ぼす剣を見つけた。
「俺は終わらせる! この呪われた契約を!」
「お前は何をしに来た! 俺を倒してパンデムをおびき出すんだろう!」
俺は掴み上げられ、飛ばされた剣に向かって放り投げられた。
「剣を取れ! 覚悟を決めろ!」
俺は剣を取り立ち上がる。
ファブが言っていた覚悟の意味がようやく分かった……しかし……。
俺は父さんに向かって剣を振り上げる。
「うおおおおおっ!」
その刹那、母さんの顔が浮かんでくる。あの頃の悲しそうな顔。
もう二度と見たくない。
「バカやろおおおっ!」
渾身の頭突きを食らわせる。
今度は父さんが吹き飛んでゆく。
「いてええええっ!」
額から血が吹き出る。そうだった、バリアウォールは相手の攻撃にしか発動しない。
父さんも額から血を流し、フラつきながら立ち上がる。
◆◆◆
そこからは泥試合だ。お互いに拳で殴り合う。
ただし、俺にはバリアウォールが発動し、ダメージを受けることはない。
だが父さんはボロボロになってゆく。そして俺の拳も皮膚が裂け、血だらけになる。
父さんのタフさは異常だ。本当に人間離れしている。
何度殴っても倒れない。何度吹き飛ばしても立ち上がる。
しかし、互いの拳が同時に交差した瞬間、カウンターリフレクションが発動した。
三倍威力のパンチが父さんの顔面に炸裂する。
「がはぁっ!」
父さんは吹き飛び、そのまま動かなくなった。
殺してしまったかと思って動揺していると、もうフラフラになりながらも立ち上がり始めた。
「やるな、とんでもなく痛かった……」
口の端から血を流しながら、父さんは笑った。
「なんで起き上がるんだよ! 自分一人で守るなよ!」
「守るってのは痛い、苦しい、でも、笑顔を守れる……そうだろ?」
「お前は……お前にしか守れない者を守れ! 俺は守る! 死んでも守る! そう誓った!」
「思い出せ、何のために俺の前に立っている。剣を取れ!」
そう言うと、父さんは斬業の剣を拾い上げる。
俺も言われるまま、剣を手にする。
「今ここで決断しろ……」
「ああ、分かった……」
そして俺は剣を捨てる。
「甘ったれるなあ!」
父さんは俺をリナに向かって蹴り飛ばす。そして……
「お前の大切な人を、守って見せろお!」
リナに向かって剣を突き立てた。
そして気がついた時には……
俺の血塗られた拳は、リナの剣を手に取り……
父さんの胸を刺し貫いていた。
観客席から悲鳴が聞こえる。あれは母さんの声だ……
来ていたんだ……。
「ウォールド!」
背後からリナの声が聞こえる。どうやら無事だ、良かった。
父さんは、わざと外したんだな……。
◆◆◆
父さんの大きな手が俺の体を抱きしめる。
でも少し小さく感じる。いや、俺のほうが大きくなったんだ……
「よくやった」
優しい声だ。父さんの優しい声が聞こえる……
「倒されるのがお前で良かった。辛いことをさせて済まなかった」
ひどい父親だ。俺にこんな事をさせるなんて……
「母さんやエミリーのことを頼む……俺のことは話さないでくれ」
もうバレてるよ。母さんの声が聞こえなかったのかよ……
「奴が来る……この剣を頼む……お前なら出来る……」
父さんは斬業の剣を俺に押し付けるように渡した。
ああ、受け取った。必ず倒してやる!
父さんの体から光る鎖が浮き出る。そして鎖は砕け散り、粒子となって消えてゆく。
これはきっと契約の鎖だ。父さんはやり遂げたんだ……。
「最後にお前に会えた……強くなったな……俺の自慢の息子……」
最後って言うな! 俺は嫌だ!
父さんから力が抜ける。抱きしめていた手がほどけてゆく。
ああ、ファブ、お願いだ。父さんを助けて……
しかし、ファブの声は返ってこなかった。
◆◆◆
『ようやく喰える。極上の魂だ。この時をどれほど待ち望んだか……』
不気味な声がコロシアムにこだまする。
観客たちがざわめき、悲鳴が上がる。
頭上の空間が歪み、亀裂が走る。
まるで世界そのものが引き裂かれるように、黒い裂け目が広がってゆく。
そしてその中から、禍々しい気配が漏れ出す。
亀裂から長く醜い爪が、指と共に這い出してくる。
指は空間を押し広げ、そして遂に顔を覗かせた。
人の顔のようで、人ではない。歪んだ笑みを浮かべた悪魔の顔。
パンデムは舌なめずりしながら父の魂へと手を伸ばした。




