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決勝戦開始

「いいかいエルマ、この三つの石に、願いを込めるんだよ」

 そう言って、おばあちゃんは私にお守りの作り方を教えてくれた。


「一つは、病気から守られますように」

「そして、怪我から守られますように」

「最後に、悪意から守られますように」

 私は石に願いを込める。どうかハロルドを守ってください。


 三つの小さな石を紐で繋げた簡単な作り。

 おまじない程度の願いでも、私は守りたかった……。


 ◆◆◆


 最初に出会ったあの日、私は森の近くで薬草採取をしていた。

 そこで傷だらけで倒れていたハロルドを見つけた。

 私は採取していた薬草を使って、治療を始めた。

 そうしたら……。


「だめだ、逃げろ、ここは危険だ……」

 目を覚ましたハロルドは、私を見てそう言った。

 その時、森からレッドボアが飛び出してきた。

 ハロルドは、瀕死になりながらもレッドボアを倒し、私を守り抜いてくれた。


 何とかして助けたい。担いで家に帰るのは大変だった。

 どうやって辿り着いたのかは覚えていない。

 でも、何とか家に連れて帰り、治療したのを覚えている。


 ハロルドは流れ者の冒険者だった。特定のギルドに所属せず、一人で狩りや討伐をこなして生活していた。


「俺は誰とも組まない……」

 そう呟く顔は、とても寂しそうだった。


「じゃあ、私とパーティを組みましょう。これでも治療くらいは出来るんだからね」

 そう言った時の驚いた顔は、今でも忘れない。


 周りからは変な目で見られた。

 ハロルドは顔が怖い感じだったから、私が脅されているとでも思ったのかもしれない。

 でもそんな事はない。私はハロルドの優しさを知っている。


 お腹の空いた子供にお弁当をあげてしまったり。

 怪我をしたお年寄りを王都まで運んでいったり。

 魔物に怯える馬をなだめて蹴られたりしたこともあったな。

 私はハロルドが大好きになった。

 そして結婚をして、家族を作った。


「ああ、俺に似てしまった……」

 ウォールドが生まれた時、何故か申し訳なさそうにしていたハロルド。


「俺は必ず守ってみせるよ。この命をかけてもいい」

 エミリーが生まれた時は、涙を流して喜んでくれたハロルド。


 そしてハロルドは王都へ行ったきり帰ってこなくなった……。

 あの日私が作ったお守りは、守ってくれなかったのだろうか。

 私の想いが足りなかったのだろうか。

 たとえどんな姿になっていても、もう一度ハロルドに会いたかった。

 その結末が、私の愛した人の灰であっても……。


 でもどうして……どうしてこんな事になってしまったの?

 どうしてこんな残酷な現実を私に見せるの?


 ◆◆◆


「ねえ、お母さん、どうしたの?」

 観覧席の隣にエミリーが座っている。

 そして私の顔を見て動揺している。

 無理もない。あれから五年経っている。エミリーにはあの男が誰だか分からないのだろう。

 ゲートから登場した男は、全身を鎧にまとい、顔も隠れている。

 でも私には分かる。あれはハロルドだ。


 あの立ち方、そしてあの構え。何よりあの大きな背中。

 今すぐ彼の元へ走って行きたい。あの大きな胸に飛び込みたい。

 でも何かを成し遂げようとしている。私は見届けることしか出来ない。

 今私はどんな顔をしているのだろう。


「エミリー、今日、コロシアムに誘ってくれてありがとう……」


「う、うん。ファブが教えてくれたんだ。お兄ちゃんが決勝に出るって」

「あのアイゼンっていう鎧の男、知ってるんだ。物凄く強かったけど、きっとお兄ちゃんなら大丈夫」


 ウォールド、どうかハロルドを……。


 お父さんを救ってあげて!


 ◆◆◆


 俺の前に鎧の男、アイゼンが立ちはだかる。

 手には斬業の剣と大剣の二刀流。

 あんな無茶な戦い方をする人間を俺は一人しか知らない。


 ハロルド。俺の父さんだ。


 五年前に行方知れずとなり、どういう訳か俺の前にいる。

 しかもやる気満々だ。獲物を狩り殺す目をしている。


 一体何があった?


 ファブが言っていた。今日の戦いは覚悟が必要だって。

 いったい何を覚悟すればいいのか分からない。


 俺の後ろにはリナがいる。いざとなればトールパンチで無力化できるはず。

 そして相手は一人、難しくはない戦いだ。

 まずは斬業の剣を奪う、そしてパンデムを挑発する。

 奴を倒せば不審死は止まる。

 あとはギルドに殴り込み、奴隷の供給を止めてやる。


 今日は決勝戦。観覧席の最上階は近衛騎士団に守られており、国王と側近がずらりと並んでいる。その中にヘーゲラもいる。

 そして貴賓席には社交パーティで見かけた顔も多くいる。あらゆるギルドマスターが並んでいる。ヴィクトールもいるはずだ。


 見ていろよ、お前の切り札を倒してやる!


 ◆◆◆


 コロシアムに解説の声が響き渡る。


『いよいよ決勝戦が始まる! 不敗の戦士アイゼンに立ち向かうのは修羅ギルドのマスター! 彼の実力は底知れない! 不敗対無敵の戦い! 勝つのはどっちだ!』


 解説に観客が沸き立つ中、コロシアムの観覧席最上階では、国王がヘーゲラに話しかけていた。


「あのウォールドという者、ヘルグラントの領主となったはずでは? 何故このような真似をしておる?」


「はい国王陛下。あの者は、ヘルグラントの冒険者ギルドを乗っ取っております。王都も狙っておるやもしれませぬ。ご注意ください」


「そうか……見定めるとしよう」


 国王の冷たく冷静な目が、ウォールドへと注がれる。


 ◆◆◆


 そして戦いの開始を伝える号砲が鳴り響く。


 ドーン!


 俺に向かってアイゼンが突進してくる。

 凄まじい勢いで迫ってくる。地面を蹴る音が腹に響く。

 二つの剣を交差し、ハサミのように切りかかってくる。


 ガキイーン!


 俺の盾と剣が弾き飛ばされた。

 そのまま蹴り飛ばされる。

 俺は吹き飛び、リナにぶつかってしまった。


「なんだそのザマは。ここへ何をしに来た」

 地面に倒れる俺を見下ろして言葉を吐くアイゼン。

 いや、ハロルド。俺の父さんの声だ。しかし……。


 強い。何だこの強さは。人間離れしている。


 俺を見る目はもはや、かつての父親ではなかった。


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