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パンデム

 修羅ギルドの執務室に、重い空気が漂っていた。

 窓から差し込む夕陽が、三人の影を長く伸ばしている。


 俺は昨夜、コロシアムでの出来事をリナから聞いたばかりだ。

 ヘーゲラとパンデム。王国財務大臣と、正体不明の存在が深く関わっている。

 そしてファブは、それについて話すためにここへ来ていた。


「パンデムっていうのは、大昔から居るデーモンの一人なんだ」


 ファブは椅子に深く腰掛け、いつになく真剣な表情で語り始めた。


「人間の魂が大好物でね。肉体から魂を切り離して食べるんだ」


「じゃあ、王都で頻発している不審死って……」


 リナが眉をひそめ、考え込むように呟く。

 昨夜の恐怖が蘇ったのか、その声は僅かに震えていた。


「パンデムに喰われたんだね」


 ファブは頷き、そしてリナを見つめた。


「でも良かったよ、リナが無事で」


 俺も同じ気持ちだった。

 あの時、ファブが警告してくれなければ、リナは……。

 考えたくもない。


「デーモン……ヘーゲラはどうして無事なの?」


 リナの問いに、ファブは腕を組んだ。


「契約してるんだね。何かの利害関係があるのは間違いない」


「そうか……ヘーゲラにとって邪魔な存在を殺す契約……まさか」


 リナの顔色が変わった。


「王都の不審死は城だけじゃない。一部の貴族や冒険者まで……」


「ギルドマスターのヴィクトールも関わっている可能性が高いね」


 ファブの言葉に、俺は拳を握りしめた。

 冒険者ギルドから奴隷を供給する、あの男もか。


「そして、コロシアムにはパンデムが居る」


「奴隷商、コロシアム、パンデム……全部繋がってるのか」


 点と点が線になってゆく。

 だが、それは同時に、敵の大きさを示していた。


「デーモンってのは厄介な存在でね」


 ファブは立ち上がり、窓際へと歩いた。沈みゆく夕陽を見つめながら、静かに続ける。


「普段は別次元に隠れていて、手が出せないんだ。でも、魂を捕食する時だけ姿を現す」


「だからリナが部屋を覗いた時、何も居なかったのか」


「そういうこと。リナが入った遺跡なんだけど、あれはパンデムを封印していた場所なんだ」


 ファブは振り返り、俺たちを見た。その目は、いつもの飄々とした雰囲気とは違っていた。


「デーモンは根源を消さない限り、滅ぼせない。だから昔の人たちは、閉じ込めることしかできなかった」


「斬業の剣……」


 リナが呟いた。

 寺院から盗まれた、人の欲望を断ち切る剣。


「あれは寺院で願いが重ねられている。パンデムに有効かもしれないね」


 ファブは顎に手を当て、考え込むように続けた。


「僕が目撃した鎧の男は戦士だった。そしてパンデムを狙っている。コロシアムで会える可能性は高い」


 鎧の男。

 寺院で斬業の剣を盗んだ人物。

 あいつもパンデムを倒そうとしているのか。


「よし、決まった」


 俺は立ち上がり、二人を見た。


「俺はトーナメントに出る」


「大丈夫なの?」


 リナが心配そうに俺を見上げる。


「鎧の男はかなり強いよ。あのシフォンが苦戦したくらいだし」


 ファブが真剣な顔で話している。

 シフォンが苦戦……?

 あのケルベロスが?


「大丈夫、俺にはスキルがある。怪我はしないよ」


「じゃあ、私も出る」


 リナが立ち上がった。

 その目には、強い決意が宿っている。


「ちょっと待って、それは危険だ」


「私が出ないと、勝てないんでしょ?」


「あっ、それは……」


 言葉に詰まった。

 そうだった。俺の本来の攻撃力は弱い。タンクとしては最強でも、攻撃に関しては……。

 それに、カウンターリフレクション。攻撃を受けた瞬間の三倍返し。あれが当たれば、相手は確実に死ぬ。

 俺は人には使わないと誓ったんだ。


「じゃあ決まりね」


 リナが満面の笑顔で俺を見ている。

 その笑顔が眩しくて、反論する気力が萎えてしまう。


「しょうがないな……でも、俺の前には出るなよ」


「それでどうやって攻撃するの?」


 リナは腰から短剣を取り出し、軽く振ってみせた。

 確かに、背後からの攻撃は難しそうだ。短剣では間合いが近すぎる。


「……」


 俺は黙り込んだ。どうすればいい?


「ファブ、どうしよう……」


「普通の剣だと届くんじゃない? 槍はどう?」


「槍は苦手よ。剣なら使えるわ」


 そう言って、リナは俺の腰から剣を引き抜いた。

 そして、器用に振り回してみせる。

 

 おお、様になっている。

 シーフとして鍛えた身のこなしが、剣術にも活きているようだ。


「へえ、やるじゃん」


「舐めないでよね。これでも昔は……」


 リナは言葉を途中で止め、少しだけ寂しそうに笑った。


「……まあ、いいわ。これで行きましょう」


 俺はリナとトーナメントに出場する。

 そこで俺はリナを守り抜き、鎧の男に接触する。

 そして確かめる。その真意を。

 そして、その正体を……。


「あ、そうだ」


 ファブが思い出したように言った。


「トーナメントには、伝説の不敗戦士が居るらしいよ」


「伝説の不敗戦士?」


「五年間、一度も負けたことがない奴隷戦士。名前は……アイゼン、だったかな」


 アイゼン。

 その名前を、俺は心に刻んだ。


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