斬業の剣
王都エルディア。
今日は、エミリーとファブが二人で出かけている。
特に潜入目的でもなく、仮面も無しで、普通に遊びに来ている。
「ファブ、あれ食べよ!」
エミリーが屋台を指差す。串焼きの良い匂いが漂っている。
「いいね、僕も食べたかったんだ」
ファブが財布を取り出す。
「あっ、私が払うよ!」
エミリーが慌てて止める。
「いいよ、僕が出すから」
「ダメ! 今日は私がお礼したいの!」
結局、エミリーが払うことになった。
二人は串焼きを頬張りながら、王都の街を歩く。
「美味しいね」
「うん、美味しい!」
二人の平和な時間が流れてゆく。
◆◆◆
しばらく歩いて、エミリーが道具屋の前で足を止めた。
「ファブ、ちょっと寄っていい?」
「うん、いいよ」
二人は店に入る。
エミリーはアクセサリーのコーナーに向かった。
「ファブ、これ似合うと思う!」
エミリーが手に取ったのは、シンプルなヘッドバンドだった。
黒い革製で、小さな銀の飾りが付いている。
「えっ、僕に?」
「うん! 絆の腕輪のお礼がしたくて……」
エミリーが少し恥ずかしそうに言う。
「そんな、お礼なんていいのに……」
「いいから、付けてみて!」
ファブは言われるがまま、ヘッドバンドを付けた。
ボサボサの髪が少し整い、顔がすっきりと見える。
「わあ、凄くカッコいい!」
エミリーが目を輝かせる。
「ほ、本当?」
ファブが照れくさそうに頭を触る。
「うん! 絶対似合ってる! これ、買うね!」
エミリーは嬉しそうにヘッドバンドを購入した。
ファブは、何度も鏡を見ていた。
そしてそれは、ファブの宝物となった。
◆◆◆
さらに歩いていると、大きな建物が見えてきた。
白い石造りの荘厳な寺院。入口には「女神セレナ寺院」と刻まれている。
「あっ、ここってリナさんが修行してた場所だよね」
エミリーが呟く。
「そうみたいだね。せっかくだから、入ってみようか」
二人は寺院の中に入った。
中央には、大きな女神像が鎮座していた。
優しい微笑みを浮かべた女神。その手には――。
「わあ、綺麗な剣……」
エミリーが息を呑む。
女神像の手に、一振りの剣が乗せられていた。
刀身は透き通るように美しく、柄には精緻な装飾が施されている。
「……おかしいな」
ファブが首を傾げる。
「どうしたの?」
「癒やしの女神が剣を持っているのは不自然だ。セレナは争いを好まない神なのに……」
その時、一人の僧侶が近づいてきた。
「お客様、ようこそ女神セレナの寺院へ」
穏やかな笑顔で挨拶する。
「あの、この剣は何ですか?」
エミリーが尋ねる。
「ああ、これは『斬業の剣』と申します。人の欲望を滅する剣でございます」
「欲望を滅する……?」
「はい。この剣で斬られた者は、邪な欲望を断ち切られると言われております」
ファブが剣をじっと見つめる。
「美しい剣です。最近、この剣をしつこく売ってくれという男が来ているのです」
僧侶が困ったように言う。
「売ってくれ?」
「はい。この剣でなければ倒せない相手がいるとかで。何度お断りしても、繰り返し来るのです」
「……少し触らせてもらえないかな?」
ファブが頼む。
僧侶は笑顔で答えた。
「それでしたら、体験入門されてはいかがでしょう? 入門された方には、斬業の剣で欲望を滅する儀式を体験していただけますよ」
エミリーとファブは顔を見合わせた。
「面白そう! やってみようよ、ファブ!」
「そうだね、せっかくだし」
二人は体験入門することにした。
◆◆◆
初級儀式。魔力で種を芽吹かせる体験。
「では、この種に魔力を注いでください」
僧侶が小さな種を渡す。
エミリーが集中して魔力を込める。しかし――。
「うーん……」
種はピクリとも動かない。
「す、すみません……私、魔力が弱くて……」
エミリーが落ち込む。
「大丈夫ですよ、初めての方はそんなものです」
僧侶が優しく励ます。
「じゃあ、次は僕がやってみるよ」
ファブが種を受け取る。
「あの、植木鉢に植えてみてもいいかな?」
そう言うと、手の上に魔法陣を展開し、中から花の咲いた植木鉢が出てきた。
七色に輝く花弁。見たこともない美しい花が咲いている。
「こっ、これは……転送魔法……」
僧侶の目が丸くなる。
「わぁ……綺麗!」
そしてエミリーも目を輝かせている。
ファブは植木鉢の花を摘むと、エミリーの髪に差した。
「やった! ありがとうファブ」
エミリーの笑顔が輝く。花に負けないくらいに。
そしてファブは受けき鉢に種を撒いてしばらく様子を見る。
「……」
「何も起こらないね……」
「失敗だね、エミリーとおんなじだ。あははっ」
ファブとエミリーは笑い合う。
「ほ、星の花……!?」
僧侶の顔が驚愕に染まる。
「星の花は、伝説の花です! 神話の時代にしか存在しなかったはずの……!」
「エミリーによく似合うよ」
ファブは嬉しそうに呟いた。
結局魔力は使わなかった。
◆◆◆
中級儀式。年老いた犬に生命力を与える。
「この老犬に、癒やしの力を与えてください」
僧侶が、毛並みのくすんだ老犬を連れてきた。
エミリーが犬に近づく。
「よしよし、いい子だね」
優しくブラッシングを始める。
犬は気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振り始めた。
「わあ、懐いてる!」
「エミリーさんは、動物の扱いがお上手ですね」
僧侶が感心する。
「えへへ、もっと大きい犬で慣れてるから」
いつもシフォンをブラッシングしているらしい。
「僕はこれを使ってみようかな」
ファブが取り出したのは、小さな首輪だった。
「それは?」
「力の首輪。付けた者の能力を強化するんだ」
ファブが犬に首輪を付けた瞬間――。
ドンッ!
老犬が、突然筋肉隆々になった。
毛並みも艶やかになり、目には力強い光が宿っている。
「わ、わわわ……!」
僧侶が腰を抜かす。
「あれ、ちょっと効きすぎたかな」
ファブが苦笑いする。
そして犬は元気いっぱいに走り回り始めた。
しかし、またしても魔力は使ってない……。
◆◆◆
上級儀式。怪我をした馬を治療する。
「この馬は足を痛めております。癒やしの力で治療してください」
僧侶が、足を引きずる馬を連れてきた。
エミリーが馬に近づき、足を丁寧に調べる。
「うん、骨には異常なさそう。筋を痛めてるだけだね」
手際よく添え木を当て、包帯で固定する。
馬は安心したように、エミリーに頭を擦り付けた。
「素晴らしい……! まるで熟練の治療師のようです」
僧侶が感嘆する。
「えへへ、ギルドで冒険者や馬の応急処置をしてたから」
そしてファブの番。
「僕はこれを使おうかな」
ファブが取り出したのは、精緻な装飾が施された鞍だった。
「魔法の鞍。付けた馬に翼が生える」
「翼……?」
ファブが馬に鞍を付けた瞬間――。
バサッ!
馬の背中から、純白の翼が生えた。
「えええええ!?」
僧侶が目を見開く。
「エミリー、乗ってみる?」
「乗っていいの!?」
エミリーは馬に跨り、ファブも後ろに乗った。
馬が翼を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮く。
「わあああ! 飛んでる! 飛んでるよファブ!」
エミリーが歓声を上げる。
二人を乗せた馬は、寺院の上空を優雅に飛んだ。
もはや魔力はどうでも良くなった。
◆◆◆
着地した後、僧侶が駆け寄ってきた。
目には涙が浮かんでいる。
「素晴らしい……! あなた様は、まさに神の使いのような方です……!」
「ぜひ、正式に入門していただけませんか!?」
ファブは困ったように笑った。
「ごめんね、僕は癒やしの女神に振られたことがあるんだ。だから、ここで修行するのはちょっと……」
「は……?」
僧侶が困惑する。
「振られた……? 女神様に……?」
「うん、『特定の誰かを特別に想うことはできない』って言われてさ」
「…………」
僧侶は何と言っていいかわからないようだった。
◆◆◆
体験入門の最後。
入門の記念として、斬業の剣の儀式を行うことになった。
「では、こちらの剣を手に取り、心の中の欲望を断ち切る想いを込めてください」
僧侶が女神像の前に二人を案内する。
エミリーとファブが女神像に近づいた、その時――。
物陰から黒い影が飛び出して来た。
「剣は頂く!」
兜と鎧を纏った男が、斬業の剣を奪い取った。
そして、そのまま窓から飛び出し、外に繋いであった馬に跨る。
「待って!」
エミリーが叫ぶ。
男は馬を走らせ、あっという間に遠ざかっていく。
「エミリー、追っちゃダメだ! 危険すぎる!」
ファブが止めようとする。
しかしエミリーは、先ほど翼を生やした馬に飛び乗った。
「大丈夫、すぐ戻るから!」
「エミリー!」
馬が翼を広げ、空へと舞い上がる。
エミリーは男を追って、王都の外へと飛んでいった。
◆◆◆
王都を出て、さらに先。
切り立った崖の上で、エミリーは男を追い詰めた。
「そこまでよ! 剣を返して!」
馬から降りたエミリーが叫ぶ。
男も馬から降り、こちらを向いた。
兜に鎧。どちらも傷だらけだ。
手には大剣。そして――斬業の剣。
凄まじい気迫。
近づくだけで、体が震える。
(この人、強い……!)
エミリーは一歩も動けなかった。
これまで出会った誰よりも、圧倒的な存在感。
「……去れ」
男が低い声で言った。
「お前には関係ない。去れ」
「で、でも、その剣は寺院の……!」
「この剣がなければ、倒せない相手がいる」
男の声には、悲壮な決意が滲んでいた。
「俺はこの剣で、奴を倒す。……それだけだ」
エミリーは、絆の腕輪に手を当てた。
助けを呼ばなければ。
しかしその前に、行動を起こす。
ピイーーーッ!
エミリーが笛を吹くと、巨大な狼が姿を現した。
シフォン。元ケルベロスの従魔。
男の目が、僅かに見開かれた。
「……魔獣か」
シフォンが男に襲いかかる。
しかし男は、大剣一本でシフォンの攻撃を受け止めた。
「なっ……!」
エミリーが息を呑む。
シフォンの全力の一撃を、片手で受け止めている。
そして――反撃。
ドンッ!
シフォンが弾き飛ばされた。
「シフォン!」
シフォンは何度も男に挑むが、その度に弾き返される。
明らかに、男の方が強い。
(このままじゃ、シフォンが……!)
エミリーは絆の腕輪を握りしめた。
「ファブ、助けて!」
◆◆◆
次の瞬間――。
ファブが転送してきた。
「大丈夫かエミリー!」
同時に、シフォンの姿が変わった。
頭が三つに増え、体が一回り大きくなる。
本来の姿――ケルベロスへと。
男が、一瞬怯んだ。
その隙を、シフォンは見逃さなかった。
三つの頭が同時に襲いかかる。
男は防御しきれず、弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
男の体が、崖の縁を越えた。
そのまま、崖下へと落ちていく。
「あっ……!」
エミリーが叫ぶ。
崖の下は濁流。
男の姿は、あっという間に見えなくなった。
◆◆◆
地面に、斬業の剣が落ちていた。
男が落とした物だ。
ファブがそれを拾い上げる。
「……もともとは、ただの装飾された剣だ。形式的な儀式用だ」
ファブが呟く。
「でも、寺院で祈りが重ねられている。確かに欲を抑える力を感じる、しかし……」
「……あの人、死んじゃったのかな」
エミリーが崖の下を見つめる。
「わからない。でも、あの濁流では……」
ファブは剣を見つめながら、考え込んでいた。
「あの男は、何故こんな物を必要としていたんだろう。これで一体、何を倒すつもりだったんだ……?」
◆◆◆
寺院に戻り、ファブは斬業の剣を返却した。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
僧侶が涙ながらに感謝する。
「一つ、お願いがあるんだ」
ファブが言った。
「もしも、またあの男が来たら……この剣を渡してほしい」
「えっ……? しかし、それでは……」
「あの男が、この剣で何をしようとしているのか。それを見定めたいんだ」
僧侶は困惑したが、ファブの真剣な目を見て頷いた。
「……わかりました。お約束します」
「ありがとう。代わりに、これを寺院に寄贈するよ」
ファブが取り出したのは、精緻な装飾が施された杖だった。
「奇跡の杖。あらゆる病を、ある程度治療できる」
「こ、これは……!」
「女神セレナから貰った中古品なんだけど、まだ使えるから」
「女神様から……!?」
僧侶は、もはや何も言えなかった。
ただ、杖を受け取り、深々と頭を下げた。
◆◆◆
数日後。
ファブの元に、寺院から連絡が入った。
「あの男が、また来ました。お約束通り、剣をお渡ししました」
ファブは目を細めた。
「……生きていたか」
「はい。傷だらけでしたが、確かに生きておりました」
ファブはエミリーに伝えた。
「あの男、生きていたよ」
「本当!? よかった……」
エミリーが安堵の息をつく。
「でも、なんであんなに強いのに、あの剣が必要なんだろう……」
「さあね。でも、いつかわかる時が来るだろう」
ファブは窓の外を見つめた。
「あの剣の使い道を……見定めるとしよう」




