レオンの災難
目の前に予想外の光景が広がっている。
多くの中年男性が、修羅ギルドのメンバーになりたいと押し寄せている。
そして、そこかしこで頭を床にこすり付けて土下座をしている。
ここは辺境の冒険者ギルドなんだぞ。何で貴族まで居るんだよ。
プライドは何処へ行った。
まあ、その原因は、レオンなんだが……。
俺は、討伐勝負のことを思い出す。
◆◆◆
森の奥。高難易度ダンジョンの入口。
俺とリナ、そしてレオンのパーティが対峙していた。
もちろん俺たちは仮面を被っている。
「こんな所にダンジョンがあったなんて知らなかった」
レオンが洞窟の入口を見て呟く。
「でも、別のダンジョンでのウォールドの最後は傑作だったな」
レオンがニヤニヤと笑う。
「あの時の顔、見たか? 必死で助けを求めてやがった」
「うける〜、マジウケる〜」
ミラが下品に笑う。
「……あれで厄介払いができたわ」
エリシアが冷たく言い放つ。
「醜い者は、醜い最期がお似合いよ」
シルフィアが鼻で笑う。
まあ、確かに相手が悪かった。
ファブから貰ったスキルがなかったら、俺は今頃死んでいた。
それにレオンのやつ、俺が生きていると知らずに王都へ逃げたのか。
死んでいるはずの俺がここに居る。少しだけ、脅かしてやるとするか。
「さあ、勝負だ。より強い魔物を倒した方が勝ちだ」
レオンが自信満々に宣言する。
「ああ、先に行け」
俺はそう言って、レオンたちを先に行かせた。
◆◆◆
ダンジョン内の洞窟を出た瞬間、レオンたちの顔色が変わった。
「な、なんだこれ……」
目の前に広がる魔界の光景。赤黒い空。紫色の霧。そして――。
「ひぃっ!?」
ミラが悲鳴を上げる。
三つ首の蛇が、こちらを睨んでいた。
「し、シルフィア! 防御だ、俺がチャージする時間を稼いでくれ!」
「あんなの受けられる訳無いでしょ? 私を殺す気?」
シルフィアが叫ぶ。
「相手が悪いわ、退却よ!」
エリシアは意外にも冷静に判断し、声を上げている。
そして四人は必死で逃げ出した。
俺とリナは、少し離れた場所からその様子を眺めている。
「……あれでも王都ではトップクラスのパーティなのよ」
リナが呆れたように呟く。
「顔が綺麗なままなんだから、あんなものだろう……」
まあ……俺も顔がボコボコになっている訳ではないので、人のことは言えないのだが……。
◆◆◆
逃げ惑うレオンたちは、さらに奥へと追い込まれていった。
そして――最悪の場所に辿り着いてしまった。
「な、なんだあれ……」
リッチーの集団。
黒いローブを纏った骸骨の魔物が、十体以上もひしめいている。
以前、俺を閉じ込めたボス部屋にいたのは、たった一体だった。
しかし、ここには十体以上いる。
「う、嘘でしょ……」
ミラが震える。
「こ、こんなの聞いてない……」
エリシアの冷静さが完全に消え失せている。
「あり得ない……こんな場所が存在するなんて……」
シルフィアの顔が青ざめる。
「く、来るな! 来るなあああ!」
レオンが剣を振り回すが、リッチーには通用しない。
黒い布がレオンたちに襲いかかる。
あっという間に四人とも縛り上げられてしまった。
「た、助けてくれ! 誰か!」
レオンが必死で叫ぶ。
そろそろ助けてやろう。これ以上は本当に命を落としかねない。
俺はレオン達に取り付いたリッチー以外の布をロマンリキッドで溶かす。
するとリナは、骨だけとなったリッチーに素早く駆け寄り、いとも簡単に破壊してしまった。
「やれやれ、炎魔法を使えば簡単に倒せるはずなのに、情けないな」
俺は仮面を外しながら、ゆっくりと姿を現した。
◆◆◆
レオンの顔が、恐怖で歪んだ。
「う、ウォールド……? お前、死んだはずじゃ……」
「ひぃぃぃ! 幽霊!? 幽霊なの!?」
ミラが泣き叫ぶ。
「化けて出たか……」
エリシアが震える声で呟く。
「ま、まさか……復讐に……」
シルフィアの顔から血の気が引いている。
「ここは、魔界だからな、死者の怨念も実体化するかもな」
俺は話しながらうつむき、こんどは『カッコいい』と書かれた仮面を手にする。
「た、助けてくれ! 頼む! 何でもする!」
レオンが必死で命乞いを始めた。
「何でも、か」
「ああ! 何でもする! だから助けてくれ!」
レオン達の布がさらに強く締め付けられてゆく。
「俺が助けてくれと頼んだ時、お前は何をした?」
俺はゆっくりと仮面を被る。
「すまなかった! 謝るよ! 俺が間違っていた! だから……」
俺はレオンに顔を見せた。『カッコいい』の仮面で、魔王みたいになった顔を。
「ぎゃああああっ! いやだあ! 死にたくない! たすけてぇぇぇっ!」
俺の顔を見て取り乱したレオンは、またもや顔をドロドロにして泣き喚いている。
その姿はあまりにも哀れで、ちょっと可哀想になってくる。
リナは…… まあ、化粧が大変な事になっている。
エリシアは目を瞑って現実から逃げようとしている。
シルフィアは…… せっかくの美人が台無しの顔になっている……。
彼女らは、この辺にしておこう。
俺はレオンに近づき、手を伸ばす。
「ロマンリキッド!」
レオンを拘束する漆黒の布が溶ける。そしてレオンの服も溶けてゆく。
「ぎやあああああっ! 溶ける! 体が溶けてるっ!」
「いやいや、体は溶けていない……」
「ぐああああああっ!」
聞いてない。叫ぶのに必死で聞いてないし。まずは落ち着かせるか……。
「リイナ、女性たちの布を切ってくれ。溶かすわけにはいかないんでね」
「ええ、任せて……」
リナは素早く女性たちを解放する。するとリッチーは、空中にフラフラと浮いて俺を見ている。特に攻撃を仕掛けてくる様子もない。
そしてどういう訳か、俺に跪く。
あれ? これってもしかして、この顔のせい?
レオンがその光景を見る。
「まっ、魔王だ……」
まぁ、そういうことなら、最後は魔王っぽく決めるか。
「お前達、ここは魔界だ、弱い者は……去れ!」
俺がそう言うと、レオン達は脱兎のごとく走り去ってゆく。
レオンは内股で股間を隠しながら走っている。
そして途中で転んで、女性たちに踏まれていた。
そしてリッチーもまた、何処かへと去っていった。
俺は仮面を外し、リナを見る。
「少しやりすぎたかな?」
リナも仮面を外し、笑顔を見せた。
「あはははっ! あんなレオン、初めて見たわ」
俺たちは笑いあい、ダンジョンを後にした。
◆◆◆
数日後。修羅ギルド。
レオンが、神妙な顔でカウンターに立っていた。
約束通り、修羅ギルドに移籍してきたのだ。
「はい、登録完了です」
受付嬢がにっこりと笑いながら、ギルドカードを渡す。
「……ありがとう」
レオンは渋々とカードを受け取った。
「ったく、あのブサイクのせいで、またここへ来る羽目になるとは……」
「くそっ! あのブサイク化けて出やがった。なんなんだよあのダンジョン!」
「でも、あそこに行かなければ、ブサイクな顔を見なくて済む」
「しかし、あのピグマってやつ何者だ? ブサイクになったり魔王になったり……」
レオンはブツブツと文句を言っている。
その時だった。
パラパラパラ……。
「……え?」
レオンの頭から、金色の髪が舞い落ちていく。
「な、なんだ!? 何が起きてる!?」
レオンが頭を押さえる。しかし、髪は止まらない。
みるみるうちに、レオンの頭は――ツルツルになった。
「うわああああああ! 俺の髪がああああ!」
ギルド内が騒然となる。
しかし、誰も驚いていない。むしろ、呆れた目で見ている。
「あーあ、また一人」
「だから言ったのに、ブサイクって言うなって」
「新入りは必ずやるよな」
レオンが必死で叫ぶ。
「な、何なんだこれは! 呪いか!? 誰か、何とかしてくれ!」
レオンはオロオロしながら周囲に助けを求める。
近くにいた冒険者が、面倒くさそうに説明する。
「ここじゃ、人に対してブサイクって言うと髪が抜けるんだよ」
「解除したかったら、言った相手に謝れ」
「謝る……? 誰に……?」
「お前がブサイクって言った相手だよ」
レオンの顔が青ざめる。
(ウォールドはこの世に居ない、どうやって謝れば)
レオンは天に向かって手を広げる。そこにウォールドが居ると信じて。
そして大声で叫びだした。
「ウォールド! 済まなかった! 謝るよ!」
そして床に這いつくばり、床に頭を擦り付けて土下座をする。
「お願いします! 髪の毛を返して!」
その瞬間――。
ボワッ!
レオンの頭から、金色の髪が生えてきた。
しかも、以前よりも明らかに量が多い。フサフサだ。
「お、俺の髪が……! 戻った……! あれ? 増えてる!?」
レオンが感動で震えている。
そして他の冒険者たちも目を見開いていた。
◆◆◆
髪の毛の増えたレオンは意気揚々と立ち上がり、掲示板へと向かった。
しかし――依頼を見た瞬間、顔色が変わった。
「な、何だこの難易度は……」
修羅ギルドの依頼は、どれも高難易度ばかりだ。
Aランク、Sランク級の依頼がずらりと並んでいる。
「もっと簡単なのはないのか?」
レオンが必死で探す。そして、一つだけ見つけた。
「これなら……」
レオンは依頼書を持って、受付カウンターへと向かった。
「すみません、この依頼を――」
レオンの言葉が止まった。
受付嬢の顔を見た瞬間、腰が抜けたのだ。
「いらっしゃいませ、レオンさん」
エミリーがにっこりと笑っている。
かつてのトラウマが蘇る。巨大な魔獣を操る少女。
もう二度と会うことはないと思っていたのに、目の前に居る。
「えっ? なんでここに……!?」
「あれ? レオンさんこの依頼……」
エミリーが首を傾げる。
「なっ、何でしょう……」
レオンの額から冷や汗が滲む。
「王都じゃトップクラスのパーティだって聞いてますよ?」
エミリーの声が低くなる。依頼書に向いた視線が、レオンへと向かう。
「いや、その……ちょっと調子が出なくて……」
冷や汗が滝のように流れ出す。
「そっかぁー。じゃあ、私が鍛えてあげますね」
口だけ笑った笑顔が襲いかかる。
「ひいいいいっ!」
レオンの顔が青ざめる。
さすがに可哀想になってきた。俺は声をかけることにした。
「おい、レオン」
レオンが振り向く。
そして、俺の顔を見た瞬間――。
バタン。
気絶した。
◆◆◆
執務室のソファー。
レオンは母さんの膝枕で寝かされていた。
「まあまあ、可哀想に。疲れていたのね」
母さんが優しくレオンの頭を撫でている。
その光景を見て、ミラ、エリシア、シルフィアが唖然としていた。
三人も修羅ギルドに移籍してきたのだ。レオンに付き合う形で。
「あの……ウォールドさんが、このギルドのギルドマスター……なんですか?」
エリシアが恐る恐る聞いてくる。
「ああ、そうだ」
三人の顔が、青ざめた。
「わ、私たち、どうなるんでしょうか……」
ミラが震えている。
「別に何もしない。普通に依頼をこなせ」
「……本当に?」
シルフィアが疑わしそうに聞く。
「ああ。来る者は拒まず、去る者は追わず。それがうちの掟だ」
三人は少し安心したようだった。
しかし、エミリーがニコニコしながら近づいてきた。
「大丈夫よ、私が特別に鍛えてあげるから」
そして三人の顔が、さらに青ざめた。
◆◆◆
後日。
レオンは、母さんを崇拝するようになっていた。
「エルマ様、今日もお美しいです」
「エルマ様、何かお手伝いできることはありますか」
「エルマ様、このお花をどうぞ」
母さんは困惑しながらも、優しく対応している。
「あらあら、レオンくんは礼儀正しいわね」
俺は複雑な気持ちでその光景を眺めていた。
そして、問題の噂が広まったのは、その数日後だった。
「修羅ギルドで土下座すると、髪の毛が増えるらしい」
どこからともなく、そんな噂が流れ始めた。
俺はファブに聞いてみた。
「なあファブ、あの呪い、謝ったら髪が元に戻るんだよな?」
「うん、そうだよ。呪いで髪の毛が抜けたままだと可哀想だろ? だから、謝れば髪の毛が生える祝福を付け足しているのさ」
「……それって、呪いを受けてない人が謝ったらどうなるんだ?」
「えっ? フサフサになるよ?」
「…………」
俺は頭を抱えた。
◆◆◆
そして現在。
「お願いします! ギルドに入れてください!」
「髪の毛を増やしたいんです!」
「金ならいくらでも払います!」
エミリーが困り果てた顔で俺を見る。
「お兄ちゃん、どうしよう……」
「……知らん」
修羅ギルドは、しばらくの間、育毛サロンみたいになってしまった。




