治療
担ぎ込まれた冒険者の血が床に広がってゆく。
どう見ても危険な状況だ。苦しみながら暴れ、叫び声を上げている。
騒ぎを聞きつけて、ギルドの奥からリナが駆けてきた。
エミリーは慌ててポーションを傷口にかけ、治療を始めている。
「おい、ロイド! しっかりしろ、今治療をしている。もう少し頑張れ!」
仲間の冒険者が必死に声をかける。
しかし傷が深く、ポーションだけでは血が止まらない。
リナはその様子を見て、寺院での修行を思い出していた。
苦しむ顔。安堵した表情。泣いている顔。そして、笑顔。
あの頃、何度も見てきた光景だ。
思わず拳に力が入る。
「誰かヒールを使える人はいませんか!?」
エミリーが周りに問いかける。しかし、あいにくヒール職がいない。
ヒール職のいるパーティは、まだ帰ってきていなかった。
「私がヒールするわ!」
リナが叫び、苦しむ冒険者に駆け寄る。
両手を重ね、ヒールの魔法を展開した。
重ねた手から、緑色の光が漏れ出す。
流れる血が少なくなっていく。もう少しで血が止まる。
しかし、冒険者の意識が薄れていく。顔色がどんどん悪くなる。
「頼む、頑張ってくれ! 何とか助けてやってくれ!」
仲間がリナに向かって叫ぶ。
「違う、私じゃない!」
リナが声を張り上げた。
「彼の生きたいという心に話しかけて!」
その言葉に、ギルド全員が反応した。
声援が始まる。
「死ぬな、諦めるな!」
「まだ報酬を受け取ってないだろ! 俺が奢ってやるから頑張れ!」
「いやだ! もっと冒険を続けるんだ! お前と一緒に!」
声と共に、ヒールの光が強くなっていく。
少しずつ、冒険者の顔が穏やかになっていく。
そして――血が止まった。
ギルド内に安堵の空気が流れる。
「まだよ!」
声が響いた。
リナはまだヒールを止めない。まだ傷は塞がってはいなかった。
そして冒険者に向かって叫ぶ。その心に向かって。
「思い出しなさい! 冒険者になると決めた日のことを!」
「初めて討伐任務を成功させた時のことを!」
「仲間の笑顔を、その声を、その思い出を!」
「しがみつきなさい! それがあなたの人生よ!」
「こんなところで倒れてないで、目を覚ましなさい!」
リナは必死の形相で叫び続けた。まるで、去っていく魂を呼び止めるように。
ヒールの光が、さらに強くなる。
そして――冒険者が目を開いた。
「あれほどの傷が……塞がってる……」
誰かが呟いた。
冒険者の傷は、かすり傷程度まで回復していた。
リナが床にへたり込む。
冒険者が何とか起き上がる。
そして――ギルド内が歓声に包まれた。
俺はその光景を見ながら、何故か傷ついた冒険者が羨ましく思えた。
あんな風に、誰かに必死で呼びかけてもらえるなんて。
◆◆◆
執務室のソファーで、リナを休ませる。
顔色は悪いが、笑顔だった。
「ヒールなんて使ったの久しぶり。ちょっと疲れちゃった」
「リナは凄いな。ヒールのできるシーフなんて初めて見たよ。俺なんかタンクしかできないのに」
「不思議ね……私にはあんな力はないのに。みんなの言葉、そこに込められた力なのかしら……」
リナは自分の手を見つめながら呟いた。
「……俺のせいで、冒険者が一人死にかけた」
俺は重い口を開いた。
「もう新ダンジョンは閉鎖するよ」
「ウォールド」
リナが真っ直ぐに俺を見た。
「あなたは死ぬ覚悟もなしに、冒険者をしているの?」
「……」
「意地悪言ってごめんなさい。でもね……」
リナは少し微笑んだ。
「彼は諦めてないわよ。あの目は、次の挑戦を見据えていたわ」
「……」
「ウォールド、あなたが彼らをここまで導いたのよ」
リナがソファーから身を起こす。
「挑戦させてあげて。私も全力で守るから」
俺はリナの顔を見つめた。
疲れているはずなのに、その目は真っ直ぐだった。
「……じゃあ、俺がリナを全力で守らないとな」
「ありがとう、俺を止めてくれて……」
膝を付き、リナの手を取る。するとその手を握り返してくる。
視線が触れ合う。お互いの息を感じ始める。
そして……
パキッ
背中の方から音が聞こえた。
俺は立ち上がると、執務室のドアへと近づき、勢いよく開けた。
すると――
エミリー、冒険者たち、母さんまで、雪崩のように流れ込んできた。
「お前ら……」
俺は全員を睨む。
すると逆に、罵声が返ってきた。
「意気地なし!」
「そうだ、何でやることやらない!」
「いつまでも待たせるな!」
「リナが可哀想だろ!」
「は? 何の話だ!?」
リナへ振り向くと、リナは顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「私は賛成よ。ウォールド、頑張ってね」
母が満面の笑みで応援している。
俺も顔を真っ赤にして怒鳴る。
「うるさい! 何を期待してんだ!」
「「「告白!」」」
全員が声を揃えた。
俺はリナと一緒に、床に刻まれた魔法陣へと飛び込みたくなった。




