新ダンジョン
贅沢な悩みという言葉がある。
これは主に、人よりも恵まれた容姿や才能を持つ者が、持ちすぎることへの悩みを言い出すことだ。
俺には関係ない……。そう思っていた。
いや、そうとも限らない。魔法の仮面を使えば、誰もが羨む容姿を手に入れることができる。社交パーティでの出来事を思い出す。
美しく着飾った美女たちが次々と声をかけてくる。そして我先にと取り囲まれる。
……遠くに立つ、リナの寂しそうな顔が目に浮かんだ。
いかんいかん! 魔法の仮面が持つ危険性を理解する必要がある。特にイケメンの仮面はヤバい。もっと別の仮面があったはず……。
机の上に仮面を並べ、裏に貼ってある説明を見る。
『カッコいい』『カワイイ』『イケメン』『お笑い』
「……」
普通の顔がない。なんだよ『お笑い』って……。
試しに被ってみる。
鏡を見ると、目を見開いて、変な表情をした俺の顔が映っている。
なるほど、一人にらめっこだ……。
続いて『カワイイ』を試す。
顔だけ子供に戻った。
そっちの意味かよ……。
最後に『カッコいい』を試す。
ああこれか……。
被ると、魔王みたいな顔になった。
以前よりも凶悪さが増している。
どの仮面もヤバかった……。
天を仰いで目を瞑る。
暗闇の中にファブの笑顔が浮かぶ。
「大切に使わせてもらうよ……」
そう言って、鞄を開き、仮面をそっとしまった。
◆◆◆
そして、贅沢な悩みは突然やって来た。
ドンドンドンドン!
バーン!
けたたましく階段を駆け上がる音に続いて、勢いよく執務室のドアが開く。
俺は何事かと振り返る。
「お兄ちゃん大変! 街が平和になっちゃった!」
エミリーは、まるで悪の組織が言うような台詞を喋っている。
「高難度の依頼が全く来ないの、どうしよう……」
机に駆け寄り、顔を近づけてくる。
「えっ? それってやっぱり……」
「もう悪人や魔物がいないの……」
とても深刻な顔で訴える。
「平和だな……」
「そう、平和になっちゃった……。どうしよう、冒険者たちが困ってる」
頭を抱えて悩みだした。
ああ、贅沢な悩みだ……。
もうこうなったら、困った時のファブ頼みをするしか無い。
俺は絆の腕輪に手を当て、ファブの顔を浮かべる。
腕輪がほんのりと暖かくなる。
「ああ、どうか我が神ファブよ、我らの望みを叶え給え……」
相談する内容が恥ずかしいので、わざと大げさに連絡してみる。
『汝の望みを言うが良い……。でも何で神様だとわかったの?』
ファブはのりのりで返してきた。
「最初から知っていたよ」
俺も少し付き合うことにした。
『そうか……。でも、今までと同じで良いから、気軽に何でも相談してよ』
「わかったよ。ところで、エミリーが凄く悩んでるんだけど」
『今すぐに行く!』
ビョン!
そう言った直後、自称神様は、床から飛び出すように現れた。
そして、頭を抱えて床にしゃがみ込むエミリーへと、そっと近づく。
「どうしたの? 一体何があったのか、僕に話してよ」
優しく肩に手を置くファブに、エミリーが顔を向ける。
そして真剣な表情で訴えかける。
「街の平和を壊さないと!」
「えっ?」
エミリーは少しパニックになっているようだった。
そしてファブは石像のように固まっている……。
◆◆◆
森の奥、忘れられた泉。
俺とファブが最初に出会った思い出の場所だ。
冒険者のために、新たな狩り場を作ると言う。
そして俺は、ファブに付いてきた。
「この泉の上流に、小さな洞窟があるんだ。そこをダンジョンにしよう」
「ダンジョンって、作れるのか?」
「作るんじゃなくて、繋ぐのさ。とんでもなく危険な場所だけど、大丈夫かい?」
「舐めて貰っちゃ困るな。修羅ギルドの通った後には、悪は残らない」
俺は自信満々でふんぞり返る。やってみて少し恥ずかしくなった。
「じゃあ安心だ。今から繋ぐよ」
ファブが洞窟の床に魔法陣を焼き付ける。執務室の物より大きくて禍々しい。
ダンジョンの雰囲気にぴったりだ。
「よし完成だ、試しに入ってみようか」
魔法陣が淡く光り、俺たちの身体が沈み込んでいく。
◆◆◆
――転送先の洞窟を出ると、そこは、地獄だった。
赤黒い空。大地を覆う紫色の霧。遠くに見える巨大な城のような影。
そして……。
「な、なんだこれ……」
見たこともない魔獣が、そこら中にうじゃうじゃいる。
三つ首の蛇。翼の生えた巨大な蜥蜴。人の形をした霧のような存在。
どれもこれも、今まで見てきた魔物とは格が違う。
「ここは魔界さ」
ファブが淡々と説明する。
「魔界……?」
「正確に言うと、人間界と魔界の通路だね。大昔の魔族戦争の名残なんだ」
魔族戦争。確か、神話の時代に人間と魔族が争った大戦争のことだ。
伝説だと思っていたが、まさか本当だったとは。
「今は神の力で封印されていて、魔界の住人は人間界には入れない。それと、転送陣は人間用だから安心して」
「つまり、こいつらを狩り放題ってことか……」
「そういうこと。ただし、油断すると死ぬよ」
ファブは笑顔で物騒なことを言う。
「もしもここの魔獣が人間界に来たら……」
そう考えただけで鳥肌が立った。
「封印された後に、人間界に取り残された魔獣も居るよ。シフォンもその一体さ」
シフォン。俺の従魔である元ケルベロス。
あいつも、この世界の出身だったのか。
「なるほど……。道理で強いわけだ」
周囲を見渡す。
確かに危険だが、修羅ギルドの冒険者たちなら何とかなるだろう。
珍しい素材も多そうだ。これなら稼ぎも増える。
「よし、ここを新しいダンジョンとして開放しよう」
俺たちは元の世界に戻り、ダンジョンの詳細を決めていった。
◆◆◆
数日後。
「新ダンジョン発見! 高難度だが、珍しい素材の宝庫!」
その噂は瞬く間に広がった。
修羅ギルドの冒険者たちは大喜びで、我先にとダンジョンに挑んでいく。
「やったー! 見たことない素材ばっかり!」
「これ、王都で売ったら相当な値段になるぞ!」
「修羅ギルド最高!」
ギルドの酒場は連日大盛り上がりだ。
エミリーも嬉しそうに受付業務をこなしている。
平和な日々が戻ってきた。
いや、平和とは少し違うか。毎日誰かがボロボロになって帰ってくる、いつもの修羅ギルドだ。
これで良い。これが俺たちのギルドだ。
そう思っていた矢先だった。
◆◆◆
バタン!
ギルドの扉が勢いよく開く。
「大変だ! 怪我人だ!」
数人の冒険者が、血まみれの仲間を担いで入ってきた。
見ると、腕が変な方向に曲がっている。足からも大量の血が流れている。
「何があった!?」
「新ダンジョンで……。強すぎる魔獣に遭遇して……」
担いできた冒険者も、顔面蒼白だ。
俺は急いで駆け寄る。
怪我人の顔を見て、息を呑んだ。
――知っている顔だった。
いつも威勢よく依頼をこなしていた、若い剣士。
ほんの数日前、嬉しそうに新ダンジョンに向かっていったばかりだ。
「おい、しっかりしろ!」
返事はない。
意識を失っている。
周囲の冒険者たちが、不安そうな顔でこちらを見ている。
俺は拳を握りしめた。
魔界を甘く見ていた……これは、俺の責任だ。




