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パーティ結成

 俺は見通しが甘かった。と言うよりも、良くわかっていなかった。

 既に自分自身が貴族になっていたと言うことに。

 そして、ヘルグラントの街を統治する立場だと言うことを……。


 統治とは言っても、一体何をすればいい?

 男爵となっても、住んでいる家や仕事場も何ら変わらない。

 俺は国王に忠誠を尽くすと宣言した。もちろんその事に強制力などない。

 貴族の腐敗ぶりを知れば、誓いなど言葉だけだと分かる。

 しかし俺はアルケディア王国に住んでいる。その国民の一人だ。

 王国の腐敗を黙って見過ごす訳には行かない。

 俺がしっかりとしなければ。


「俺って、ここの領主なんだよな……」


 そうつぶやきながら、執務室の窓から外を眺める。

 窓から見える街の景色は絢爛豪華だ。

 そのつもりはなくても、修羅ギルドが経済を回し続けている。

 修羅ギルドの建物はボロボロのままだけど……。

 そして高難易度の依頼をいくつもこなしているせいで、治安も良い。

 ヘルグラント周辺には魔物も出現せず。盗賊も壊滅した。

 あらゆる脅威は排除され、商人は安心して他の街や都市と交易をしている。

 農地を荒らす魔物は出現せず、作物も豊作だ。

 ただし、それだけだ。それ以外何も無い。

 小さな街に、広大な農地が広がっている。

 とても平和で牧歌的な光景だ。


 それなのに、修羅ギルドの周辺だけは誰も近づかないオーラを纏っている。

 それは威厳でも、権威でもない。ただ畏怖のみが渦巻いていた。


「おう、昨日はオークの集落を潰してやったぜ」

「おうやるな! じゃあ今度は海賊の拠点を襲いに行くか?」

「それじゃあヌルいぜ。もっとボコボコになるような強敵を探さないとな」

「ところでよ、マンティコアって意外と美味いよな。部位によって色んな味が楽しめるんだぜ」


 今日も修羅ギルドの冒険者は元気がいい。

 そして、いったい何をどう統治して良いのか分からない領主。


「まあ、いっか……。今のところ問題なさそうだし……」


 ◆◆◆


 扉の向こうが騒がしい。というか、足音が弾んでいる。元気すぎるやつが二人、確定だ。


「お兄ちゃん! 見て! 見て!」


 ノックもなしに、エミリーが飛び込んできた。後ろにはファブ。相変わらず涼しい顔で歩いているのに、エミリーのテンションだけが天井を突き抜けている。


「お邪魔するよ、ウォールド。執務は順調かい?」


「順調なわけあるか。領主って何すりゃいいんだよ」


 俺が愚痴ると、エミリーは胸を張って腕を突き出した。


「じゃーん!」


 手首に光るのは、銀色の美しい腕輪――いや、これ、見覚えがある。


「絆の腕輪! もらったの! ファブが作ってくれたんだよ!」


「……おい。さらっとプレゼントか? 俺の妹に」


 ファブが肩をすくめる。


「便利だろう? 遠く離れても声が届く。旅でも、戦場でも、命綱みたいなものさ」


「これって命綱だったのかよ……」


 ファブは懐からもう一つ、同じ腕輪を取り出して、俺の机に置いた。


「これはリナの分だよ」


「リナの……」


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっとなる。牢の鉄格子越しに触れた指の温度が、まだ残っている気がした。


「これで四人が相互に通信できる。ウォールド、エミリー、リナ、僕。誰がどこにいてもね」


「これでリナお姉ちゃんとも話ができるね」


 エミリーが嬉しそうに笑った、そのときだ。


 廊下から、別の足音が近づく。軽くて、楽しげで――そしてもう一つは、落ち着いた大人の歩幅。


「失礼しまーす」


 扉が開き、リナが顔を出した。今日は髪がきれいに結ばれている。頬が少し赤い。嬉しさが隠せてない。


 その後ろから現れたのは――エプロン姿の母、エルマだった。


「お邪魔するわね、ウォールド。執務室って、ほんとに“偉い人の部屋”って感じで落ち着かないわ」


「いや、俺も落ち着いてない」


 俺が即答すると、エルマはくすっと笑い、リナは自慢げに髪を揺らした。


「見て、ウォールド! お母さんに結んでもらったの!」


「……似合ってる。すげぇいい」


 リナの目がぱっと輝く。くそ、俺はこういうところで弱い。


「でしょ!? 王都で流行ってる結び方なのよ。……って言いたいところだけど、私のオリジナル」


 エルマは得意げに胸を張る。いや、何者なんだこの母親。馴染む速度が速すぎる。


「それでね、ウォールド。私はギルド内の酒場で料理を作ることにしたの。冒険者たち、すっごく食べるのよ。鍋が追いつかないわ」


「……雇う場所まで決まってたのか」


「ええ。エミリーがね、『お母さんが居たら絶対みんな幸せになる!』って」


 エミリーが目をそらして口笛を吹いた。吹けてない。音が出てない。


「お兄ちゃん、えへへ」


 俺は天を仰いだ。


「……まあいい。今のところ問題なさそうだし……」


 俺は机の上の腕輪を手に取って、リナの前へ出した。


「リナ。これ、受け取ってくれ」


「え……?」


「ファブからの贈り物だ。絆の腕輪。これで――離れてても連絡が取れる」


 リナは両手で腕輪を受け取って、宝物みたいに見つめた。


「……嬉しい。すごく、嬉しい」


 その声が少し震えてるのが分かった。俺は胸の奥が熱くなるのを誤魔化すように、乱暴に頭をかいた。


「お礼はファブに言ってくれ……」


「う、うん! ありがとうファブ、これでいつでも話せるのね……」


 リナは嬉しそうに胸に当てている。


 するとエルマが「あら」と言って、手に持っていた小さな袋を掲げた。


「実は私も、渡すつもりだったのよ。先を越されちゃったわね」


 袋の中から出てきたのは、手作りの腕輪。小さな石が三つ、淡く光っている。


「お守り……?」


「旅の安全への祈りを込めたの。石は三つ。……大切なものを守るための、私なりの願掛けよ」


 エルマの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「久しぶりに作ったから、ちょっと下手だけどね」


 そういえば俺が小さい頃、父さんにも作っていたな……。


「……ありがとう、母さん」


 俺がそう言うと、母さんは四人にお守りを手渡した。


 エミリーは「わああ!」と叫び、リナは目をうるませ、俺は言葉が詰まった。


「大切にします。でも、戦闘中に無くしたらどうしよう……」

 リナは心配そうに腕を回して確認している。


 ファブだけが、なぜか得意げに鼻を鳴らした。


「ふふ。いいね。じゃあ――こうしようか」


 ファブはどこからともなく、短い槌を取り出した。金属なのに、光が柔らかい。見た目からしてヤバい。


「……それ、何だよ」


「錬成の槌。僕の仕事道具の一つさ」


 ファブはさらっと言いながら、エルマのお守りと絆の腕輪を重ねた。


「ちょ、ちょっと! 壊れ――」


 俺が止める間もなく、槌が軽く振り下ろされる。


 カン、と澄んだ音。


 次の瞬間、お守りの腕輪の石が、絆の腕輪へと“溶け込んだ”。石は埋め込まれたみたいに馴染み、光だけが残っている。


「……え?」


 リナがぽかんと口を開ける。エミリーは「すごーい!」と両手を重ねた。俺は言葉が出ない。


「融合と分解。あらゆる物体に対してできる。こうすれば失くす心配も減るだろう?」


「……減るっていうか、もう外れないのかこれ」


「外したければ外せるよ。必要なときは言ってね」

「みんなの分も融合するよ。持ってきて」


「凄いわ! 後でお鍋も治して貰おうかしら」


 そう言って、母が目を輝かせている。

 ファブの奇跡のような技も、母にかかれば便利道具だった。


 ◆◆◆


 俺たちは自然に、輪のように集まった。

 

 エミリーが一番に手を重ねる。


「奴隷、解放しようね」


 リナが頷く。


「うん。あんなの、許せない」


 俺は手を重ねる。


「絶対に、暴いてやる黒幕を」


 最後にファブが指先を添えた。


「いい顔だ。じゃあ、始めようか」


 そのとき――エルマが咳払いをして、にこにこしたまま“釘”を刺した。


「はいはい、誓いはいいけど。危ないことは禁止よ?」


「……え?」


「夕飯までには、ちゃんと帰ってくること。特にエミリー。あなたよ」


「うっ……」


 エミリーが固まって、助けを求めるように俺を見る。


 俺は困ってファブを見る。


 ファブは「仕方ないな」という表情で肩をすくめた。


「なら、帰宅時間を守れる移動手段を用意しよう」


 ファブが床に指を滑らせると、魔法陣が展開した。光が回転し、幾何学模様が広がる。


「おい、待て。いったい何が始まるんだ?」


「大丈夫。焼き付けるだけさ」


「焼き付けるって言ったな!? 今、焼き付けるって――!」


 俺の制止は遅かった。


 魔法陣は、光のまま床へ沈み――刻印みたいに、残った。


 床に焼き付いた魔法陣からは、焦げ臭い匂いと煙が立ち込め、禍々しい雰囲気を漂わせている。


「さあ、中に入って」


「いや、簡単に言うなよ!」


 文句を言いながらも、俺たちは魔法陣へ足を踏み入れた。


 光が跳ねる。


 視界が白くなり――次の瞬間、冷たい風が頬を撫でた。


 俺たちは、遺跡の中に立っていた。


 崩れかけた石柱、苔むした床、遠くで鳴く鳥の声。王都の城壁が、すぐ近くに見える。


「王都の近くにある遺跡だよ。ここなら誰にも見られず、いつでも王都まで移動できる」


 ファブが自慢げに言う。


「……聞いたことねぇ。こんな転送魔法」


 俺は唖然とするしかなかった。


 リナも、エミリーも、口を開けたままファブを見ている。


 ただ一人――エルマだけが、両手を合わせて目を輝かせた。


「まあ! 王都への買い物がし放題じゃない!」


「そこかよ!?」


 俺がツッコむと、エルマはにこにこしたまま言った。


「ここなら大きなお鍋も売ってるわね」


 ――ほんとに、母は強かった。


 俺は、王都偵察の第一歩が、なぜか買い物ルートの確保から始まったことに、頭を抱えたくなった。


 でも。


 この四人と一人なら、きっと――未来は変えられる。


 そんな予感だけは、妙に確かだった。


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