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リナの追放

 王都に戻った私は、まっすぐギルド本部に向かった。

 移籍届を出すためだ。

 修羅ギルドへの移籍。ウォールドとのパーティ結成。

 胸が高鳴る。早く手続きを終わらせて、あの街に帰りたい。


 私は仮面の顔を、黒い布で隠した。

 王都では、いつもこうして顔を見せない。

 それが私という人間だ。


「おや、リナなのか?」


 受付に向かおうとした時、声をかけられた。

 振り返ると、ギルドマスターのヴィクトールが立っていた。

 いつも女性冒険者に色目を使っているが、私のことは全く眼中にない。

 顔を隠している上に、痩せている私に興味はわかない。今まではそうだった。


「ギルドマスター……何か御用ですか?」


「ふむ、少し話がある。私の部屋に来なさい」


 嫌な予感がした。

 でも、ギルドマスターの呼び出しを断るわけにはいかない。

 私は仕方なく、ヴィクトールの後について行った。


 ◆◆◆


 ギルドマスターの執務室。

 豪華な調度品が並ぶ部屋の中で、ヴィクトールは革張りの椅子に座った。


「修羅ギルドへの調査、ご苦労だったね」


「はい……」


「報告書は読んだよ。なかなか興味深い内容だった。ウォールドとか言う奴も私のところへ来たよ。あんなブサイクな奴が男爵とは、陛下も見る目がない……」


 ヴィクトールの目が、私の体をじろじろと見ている。

 気持ち悪い。でも、我慢するしかない。


「ところでリナ。君、随分と体つきが変わったね」


 心臓が跳ねた。


「何のことでしょうか……」


「とぼけなくていい。前はもっと貧相な体だったはずだ。今は……ふむ、なかなか良い体をしている」


 ヴィクトールが立ち上がり、私に近づいてくる。


「君は顔を隠しているね。その布の下は、どんな顔をしているんだい?」


「お答えする必要はありません」


「そう冷たくするな。私に見せてくれてもいいじゃないか」


 ヴィクトールの手が、私の顔を覆う黒い布に伸びる。

 私は後ずさった。


「やめてください……!」


「おや、嫌がるね。ますます気になるじゃないか」


 ヴィクトールが私の腕を掴んだ。

 強い力。振りほどけない。

 そしてもう片方の手で、黒い布を引き剥がした。


「あっ……!」


 布が落ちる。

 魔法の仮面を被った私の顔が、ヴィクトールの目に晒された。

 絶世の美女の顔が。


「おお……!」


 ヴィクトールの目が大きく見開かれた。

 その顔に、欲望の色が浮かぶ。


「これは……素晴らしい。なんて美しい……」


「離してください……!」


「君がこれほどの美女だったとは。隠しているなんて、もったいない」


 ヴィクトールが私を引き寄せる。

 息がかかるほど近くに、あの顔が迫ってくる。


「さあ、私のものになりなさい」


「嫌っ……!」


 私は必死で抵抗した。

 体をよじり、腕を振り回す。

 だが、ヴィクトールは私を押し倒した。

 床に背中が叩きつけられる。


「暴れるな。大人しくしていれば、悪いようにはしない」


「やめて……やめてください……!」


 ヴィクトールの手が、私の体を這い回る。

 恐怖で体が震える。涙が溢れてくる。

 

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 私は夢中で顔を振った。

 ヴィクトールの手から逃れようと、体中の力を振り絞る。


 その時だった。


 パキッ。


 小さな音がして、顔に違和感を覚えた。

 魔法の仮面が、ずれている。

 必死でもがいた拍子に、外れかけていた。


「なっ……!?」


 ヴィクトールが動きを止めた。

 その目が、私の顔を凝視している。

 仮面の隙間から、私の素顔が見えている。

 そばかすだらけの肌。小さな目。


 仮面が、床に落ちた。


 私の本当の顔が、完全に晒された。


「な……なんだこれは……」


 ヴィクトールが後ずさる。

 その顔には、驚愕と嫌悪が浮かんでいた。


「お、お前……この顔は……」


「……」


「騙したな……! 仮面で顔を隠して、男を誘惑しようとしているな!」


「誘惑なんてしていません……! あなたが勝手に……!」


「黙れ!」


 ヴィクトールが立ち上がり、私を蹴り飛ばした。


「気持ち悪い……! ブサイクな顔だ……!」


 ブサイクな顔。

 その言葉が、胸に突き刺さる。


「ギルドの風紀を乱す不届き者だ。お前はこのギルドから追放する!」


 追放。

 その言葉が、頭の中で響いた。

 また、顔のせいで。

 また、居場所を奪われる。


「そんな……私は何も……」


「さっさと出ていけ! もうお前は必要ない!」


 ヴィクトールが私を蹴り飛ばす。

 私は転がるように部屋を出た。

 仮面は、部屋に残されたまま。


「その仮面は没収だ! 二度と顔を見せるな!」


 扉が閉まる。

 私は廊下に一人、取り残された。

 ファブさんが作ってくれた、大切な仮面。

 ウォールドとのデートで被った、思い出の仮面。


「……返して」


 声が震える。


「返してよ……私の……」


 涙が溢れた。


 ◆◆◆


 その夜。

 私はギルド本部に忍び込んだ。

 仮面を取り戻すために。

 シーフとしての技術を使えば、侵入は難しくない。

 ヴィクトールの執務室に辿り着き、仮面を見つけた。

 机の上に、無造作に置かれている。


「あった……!」


 手を伸ばした瞬間、背後で物音がした。


「やはり来たか」


 振り返ると、ヴィクトールが立っていた。

 その後ろには、武装した男たちが並んでいる。


「お前が仮面を取り戻しに来ることは分かっていた。待ち伏せさせてもらったよ」


「……!」


「不法侵入の現行犯だ。もうお前は犯罪者だよ、リナ」


 男たちが私に襲いかかる。

 抵抗したけれど、多勢に無勢だった。

 腕を捻り上げられ、床に押さえつけられる。


「連れていけ。奴らに引き渡せ」


「奴ら……?」


「お前のような犯罪者の行き先は、牢屋か奴隷市場だ。幸い、買い手はすぐに見つかる」


 ヴィクトールが冷たく笑う。


「安心しろ。その醜い顔でも、体は良い。戦士奴隷として売れば、いい値がつくだろう」


「そんな……!」


「さようなら、リナ。二度と会うこともないだろう」


 私は引きずられるように、暗い地下へと連れていかれた。


 ◆◆◆


 そして牢屋に閉じ込められてしまった。

 足には鎖が繋がれ、壁に固定されている。

 冷たい石の床。湿った空気。蝋燭の小さな明かりだけが、暗闇を照らしている。


 どれくらい時間が経っただろう。

 一日か、二日か。もう分からない。

 食事は一度だけ、硬いパンと水が差し入れられた。


 ウォールド。

 約束したのに。

 一緒にパーティを組むって、あんなに嬉しそうに笑ってくれたのに。

 私は、また失敗した。

 また、顔のせいで全てを失った。


「ごめんね……ウォールド……」


 涙が止まらなかった。

 もう会えない。もう帰れない。

 約束を守れなかった。

 それが、何より辛かった。


 ◆◆◆


 修羅ギルドの執務室。


 リナが、追放された。そんな噂を耳にした。


 冒険者から聞いた話しが、頭の中で繰り返される。

 なんで。どうして。

 俺と約束したばかりじゃないか。


「お兄ちゃん、どうするの?」


 エミリーが不安そうな顔で俺を見上げている。

 俺は拳を握りしめた。


「王都に行く」


「えっ……」


「リナに何があったのか、確かめないと気が済まない」


 エミリーの目が揺れる。でも、すぐに頷いた。


「わかった。私も行く」


「駄目だ。お前はギルドを守れ」


「でも……!」


「エミリー」


 俺は妹の肩に手を置いた。


「俺が居ない間、ここを任せられるのはお前だけだ。頼む」


 エミリーは唇を噛んだ。でも、最後には小さく頷いた。


「……わかった。お兄ちゃん、じゃあシフォンも連れて行って。念のため」

 エミリーは魔法の笛を外し、俺の手に乗せる。

 俺は笛を握りしめ、胸の奥にしまう。


「ありがとう。心強いよ」


「リナお姉ちゃんを、絶対に連れて帰ってきて」


「約束する」


 俺はギルドを出て、家に戻った。

 旅支度を整えていると、ファブが現れた。


「ウォールド、王都に行くんだって?」


「ああ。リナが追放されたらしい。詳しいことはわからないが……」


「僕も一緒に行くよ」


 ファブが真剣な顔で言った。


「リナさんに渡した仮面で何かあったのかも。胸騒ぎがするんだ」


「……助かる」


 俺たちは馬車に乗り込み、王都へと向かった。


 ◆◆◆


 王都に着いた。

 俺とファブは、すぐにギルド本部へと向かった。

 巨大な建物。立派な門構え。

 でも今の俺には、そんなものはどうでもいい。

 リナがどうなったのか、それだけが知りたかった。


 受付で名前を告げると、すぐにギルドマスターの部屋に通された。

 豪華な執務室。革張りの椅子に座った男が、俺を見て笑った。


「おや? また来たのかね? 今度は何の用だ?」


 ヴィクトール。

 このギルド本部のギルドマスター。

 前回、修羅ギルドの報告へ来た時に一度会っている。

 あの時は愛想よく対応していたが、今は明らかに俺を見下している。


「リナはどうした。追放されたと聞いた。いったいどうなっている」


「あのシーフか。彼女は捕まったよ。不法侵入でね。今頃は投獄されているだろう」


 投獄。

 その言葉に、頭が真っ白になった。


「投獄……だと?」


「ギルドに忍び込んだんだ。犯罪者として処理するのは当然だろう?」


 ヴィクトールがニヤリと笑う。

 その時、俺はヴィクトールの机の上にあるものに気づいた。

 白い仮面。繊細な模様が刻まれた、見覚えのある仮面。


「お前……その仮面、どうしてそこに……!」


「ああ、これかね? あのシーフが持っていたものだ」


「リナから奪ったのか……!」


「奪った? 人聞きの悪い。これは没収したんだよ。犯罪者の持ち物はギルドの管理下に置かれる」


 俺は拳を握りしめた。

 怒りで体が震える。


「その仮面をどうするつもりだ」


「どうもしないよ。こんなゴミ」


「何だと……!」


「被ってみたが、醜くなるだけじゃないか。あのシーフはどうやってあんな顔になったんだ?」


 あの仮面は、リナの顔に合わせてファブが調整したものだ。

 他人が被っても、同じ効果は得られない。

 ヴィクトールには、ただ醜くなる仮面にしか見えないだろう。


「あんたの顔が整っているからだろう……」


 俺は苦々しく言った。


「あんたには、必要ないってことだ」


「なんだ、本当にゴミだったのか」


 ヴィクトールが仮面を机に放り投げる。

 リナの大切な仮面を、ゴミのように扱う。

 怒りが込み上げてくる。


「リナにとっては必要なものだった。それを取り戻そうとしただけだ。お前から!」


「何を言っているのか分からんね。これは勝手に置いていったんだよ」


「よくもぬけぬけと……!」


 俺はヴィクトールに詰め寄った。


「お前、リナに何をした! 汚い手でリナに触ったのか!」


「冗談は顔だけにしたまえ」


 ヴィクトールが冷たく笑う。


「私は忙しいんだ。そろそろお引き取り願おう」


 気づくと、俺は屈強な男たちに囲まれていた。

 ギルドの警備員だろう。


「おい、離せ! まだ話は終わってないぞ!」


「さようなら、田舎者」


 俺は男たちに掴まれ、ギルド本部から引きずり出された。


 ◆◆◆


 ギルド本部の外。

 俺は地面に投げ出された。


「くそっ……!」


 拳で地面を叩く。

 リナが投獄されている。それは分かった。

 でも、どこに? どうやって助ける?

 何も分からない。何もできない。


「ウォールド」


 声がして顔を上げると、ファブが立っていた。

 いつの間にか姿を消していたファブが、戻ってきていた。


「リナさんを見つけたよ」


「本当か!?」


「絆の繋がりで色々と見通せるんだ。まあ、立場上……ね」

「彼女は牢屋に入れられて、壁に繋がれていた。可哀想に……」


 希望が見えた。

 ファブなら、転送魔法でリナを救い出せる。


「それじゃあ転送魔法で一緒に……!」


「それが、鍵を外さないと転送はできないんだ」


 ファブが首を横に振る。


「鎖に繋がれたまま転送すると、鎖の繋がった足だけが、その場所に置き去りとなってしまう」


「そんな……」


「ウォールドを連れてくるって言ったんだけど……」


 ファブの表情が曇る。


「リナさんは……合わせる顔がないって言ってたよ」


「どんな様子だった……?」


「……泣いてた」


 胸が締め付けられる。

 リナが泣いている。

 暗い牢屋で、一人で。

 俺を待ちながら。


「そうだよな……俺が行ってやらないと」


 俺は立ち上がった。


「ファブ、頼む。俺をリナの所に連れて行ってくれ」


「ああ、任せてくれ」


 そう話すと、ファブは俺に向かって手をかざす。すると俺の足元に魔法陣が現れた。

 光が俺を包み込み、景色が変わってゆく。


「リナさんは、君を待っている」


 光の中でファブの声が聞こえた。


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