約束
翌朝。
白いワンピースに袖を通し、魔法の仮面を被る。
鏡に映る自分は、昨日と同じ絶世の美女だった。
でも、心臓はバクバクと音を立てている。
「リナお姉ちゃん、すっごく可愛い!」
エミリーちゃんが目を輝かせている。
「あ、ありがとう……」
「お兄ちゃん、絶対メロメロになるよ!」
そう言われると、余計に緊張してしまう。
階段を降りると、ウォールドが玄関で待っていた。
いつもと違う、少しだけ綺麗めの服を着ている。
私を見た瞬間、ウォールドの顔が赤くなった。
「お、おはよう、リナ」
「おはよう、ウォールド」
「その……似合ってる」
「……ありがとう」
二人とも、目を合わせられない。
背後でエミリーちゃんがニヤニヤしているのが分かる。
「ほらほら、二人とも行ってらっしゃい!」
エミリーちゃんに背中を押されて、私たちは家を出た。
◆◆◆
街を歩く。
隣にはウォールド。
道行く人たちが、私を見て振り返る。
男性は見惚れたように。女性は羨ましそうに。
こんな経験、生まれて初めてだ。
「すごいな、リナ。みんな振り返ってる」
「う、うん……」
嬉しいはずなのに、胸がチクリと痛む。
これは本当の私じゃない。
仮面の力で、偽りの美貌を纏っているだけ。
ウォールドの隣を歩く資格なんて、本当はないのに。
「どうした? 元気ないな」
「ううん、なんでもない……」
嘘だ。なんでもなくない。
でも、本当のことは言えなかった。
◆◆◆
市場を抜けて、噴水のある広場に出た。
ベンチに座って、二人で買った肉まんを食べる。
温かくて、美味しい。
でも、心のどこかがずっと重い。
「リナ」
「……なに?」
「その仮面、取ってくれないか」
心臓が跳ねた。
「え……でも、私の顔……」
「いいから」
ウォールドが、真っ直ぐに私を見ている。
その目から逃げられなくて、私は仮面に手をかけた。
ゆっくりと外す。
そばかすだらけの、小さな目の、私の素顔が現れる。
「……やっぱり醜いでしょ」
自嘲気味に笑う。
でも、ウォールドは首を横に振った。
「俺は、そっちの顔のほうが好きだな」
「……え?」
「仮面の顔は確かに綺麗だ。でも、なんか違うんだよ。俺の知ってるリナじゃない気がして」
ウォールドが、照れくさそうに頭を掻いた。
「本当の顔も含めて、全部含めてリナだろ。俺はそっちのほうが落ち着く」
視界が滲んだ。
涙が、頬を伝って落ちていく。
「ウォールド……」
「お、おい、泣くなよ! 俺、なんか変なこと言ったか!?」
「ううん……嬉しいの……」
五年間、ずっと顔のせいで苦しんできた。
醜いと言われ、蔑まれ、居場所を失ってきた。
でも、この人だけは違う。
私の素顔を、好きだと言ってくれる。
「ありがとう……ウォールド……」
涙が止まらなかった。
◆◆◆
少し離れた路地の影。
エミリーとファブが、二人をこっそり見守っていた。
「お兄ちゃん、リナお姉ちゃん泣かした……」
「うん。でも、あれは嬉しいんだと思うよ」
「そっか、お兄ちゃん、ちゃんと言えたんだね」
エミリーが嬉しそうに微笑む。
ファブも、穏やかな表情で二人を見つめていた。
「ねえ、ファブさん」
「なんだい?」
「お兄ちゃんとリナお姉ちゃん、もっとくっつかないかな。何とかならないの?」
ファブは苦笑した。
「こればっかりは、神でも無理さ。恋愛は本人たち次第だからね」
「えー、つまんない」
「まあまあ。焦らなくても、あの二人なら大丈夫だよ」
ファブがエミリーの頭を軽く撫でる。
優しい笑顔がエミリーを見つめている。
その瞬間、エミリーの心臓がドクンと跳ねた。
「ふぁ、ファブさん……!」
「ん? どうかしたかい?」
「な、なんでもない……!」
顔が熱い。
なんで私がドキドキしてるの。
エミリーは慌てて視線を逸らした。
◆◆◆
広場のベンチ。
リナの涙が止まった頃、ウォールドが口を開いた。
「なあ、リナ」
「……なに?」
「この街に帰ってこいよ」
リナが目を見開く。
「俺のギルドで、一緒にパーティを組もう」
「パーティ……?」
「ああ。修羅ギルドの凸凹パーティだ」
ウォールドが、不器用に笑った。
「昔みたいに、また一緒に冒険しようぜ。今度は誰にも文句は言わせない」
「ウォールド……」
「お前が必要なんだ、リナ。仲間として……いや、それだけじゃなくて……」
ウォールドが言葉に詰まる。
顔が赤い。耳まで赤い。
でも、その気持ちは十分に伝わった。
「……うん」
静かに頷いた。
「わかった。私、この街に帰ってくる」
「本当か!?」
「うん。王都に戻って、移籍の手続きをしてくる。それと、身支度も整えないと」
「そうか……よかった」
ウォールドの顔が、ぱあっと明るくなる。
その笑顔を見て、リナも自然と笑みがこぼれた。
「約束だよ、ウォールド」
リナが両手を差し出す。
ウォールドが、その手を両手で包み込むように握った。
大きくて、温かい手。
二人は、固く手を握り合った。
「ああ、約束だ」
「ウォールドと一緒のパーティか……楽しみだな」
「俺もだ」
見つめ合う二人。
その光景を、路地の影からエミリーとファブが見守っていた。
「わあ……手、握ってる……」
エミリーが頬を染めて呟く。
「良かったね。二人とも幸せそうだ」
ファブも微笑んでいる。
だが、ふとエミリーがファブの顔を見上げた。
「ファブさん、誰か手を握りたい人は居る?」
「えっ……」
ファブの心臓が、不意に跳ねた。
エミリーの無邪気な笑顔が、やけに眩しく見える。
「あ、ああ……そうだね……居るよ……」
ファブはそれ以上返事ができなかった。神なのに……。
◆◆◆
数日後。
俺は街の門で、リナを見送った。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ああ。気をつけてな」
「うん。手続きが終わったら、すぐ戻ってくるから」
リナが笑う。
仮面を被った、絶世の美女の顔。
でも俺は、その下にある素顔のほうが好きだ。
「待ってるぞ」
「……うん」
リナが馬車に乗り込む。
馬車がゆっくりと動き出し、やがて街道の向こうへ消えていった。
「リナお姉ちゃん、行っちゃったね」
隣でエミリーが寂しそうに呟く。
「すぐ戻ってくるさ」
「そうだよね。お兄ちゃんと約束したもんね」
エミリーがニヤリと笑う。
「お兄ちゃん、手、握ってたでしょ」
「な……お前、見てたのか!?」
「えへへ、内緒」
こいつ……絶対ファブと一緒に覗いてたな。
俺は呆れながらも、少しだけ照れくさかった。
◆◆◆
それから数日が経った。
ギルドはいつも通り賑わっている。
高難度の討伐依頼をこなして、顔をボコボコに腫らした冒険者たちが報酬を受け取りに来る。
修羅ギルドの日常だ。
「お兄ちゃん、そろそろリナお姉ちゃん来るかな」
「どうだろうな。手続きに時間がかかってるのかもしれない」
受付カウンターで、エミリーと話していた時だった。
ギルドの扉が開いて、見知らぬ冒険者が入ってきた。
「おい、聞いたか? 王都のギルド本部で騒ぎがあったらしいぞ」
「ああ、なんか女のシーフが追放されたって話だろ?」
俺の耳が、その言葉を拾った。
「女のシーフ……?」
「なんでも、ギルドマスターに楯突いたとかなんとか」
「へえ。で、そのシーフってどんな奴だ?」
「顔を隠してる奴らしい。名前は確か……リナ、だったか」
心臓が止まりそうになった。
「リナ……?」
「お兄ちゃん……」
エミリーが、不安そうな顔で俺を見上げている。
俺は冒険者たちに詰め寄った。
「おい、その話、詳しく聞かせてくれ」
「あ? なんだよ急に」
「そのリナってシーフ、どうなったんだ」
「さあ……追放されたってことは、もうギルド本部には居ないんじゃねえか?」
追放。
その言葉が、頭の中で何度も響く。
リナが、追放された?
なんで。どうして。
俺と約束したばかりじゃないか。
この街に帰ってくるって、一緒にパーティを組むって、あんなに嬉しそうに笑ってたのに。
「お兄ちゃん……」
エミリーの声が、遠くに聞こえる。
俺は拳を握りしめた。
何があった、リナ。
答えは、まだ分からない。




