リナ
ヘルグラントの街に着いた。
故郷の空気は、五年前と変わらない。懐かしい匂いがする。
でも、私の足は実家には向かわなかった。
まずは依頼を果たさなければ。
修羅ギルドの建物は、すぐに見つかった。
街の中心部にある、大きな建物。以前はクレイン冒険者ギルドと呼ばれていたはずだ。
看板が新しくなっている。「修羅ギルド」と堂々と掲げられている事に驚く。
しかし、それだけではない。建物の外壁は傷だらけ、しかも至る所に血の跡が付いている。
「なにこれ…… 魔獣にでも襲われたの?」
私は深呼吸をして、恐る恐る扉を開けた。
そこには――目を疑う光景が広がっていた。
「……え?」
ギルドの中にいる冒険者たち。
その顔が、全員ボコボコだった。
青あざ。腫れ上がった頬。潰れた鼻。
まるで殴り合いの後のような顔ばかり。
いや、それどころか、包帯を巻いている者もいる。松葉杖をついている者もいる。
なのに、みんな笑顔だった。
「いやー、今日のワイバーンは強かったな!」
「お前、顔面蹴られてたもんな! ハハハ!」
「おかげで報酬三倍だぜ! 飯奢れよ!」
……何を言っているんだ、この人たちは。
顔がボコボコなのに、なぜ嬉しそうなんだ。
混乱しながら受付カウンターに向かう。
そこでまた、私は固まった。
カウンターの横に、禍々しい装置が鎮座していた。
黒い金属の台座。角の生えたドクロ。赤く光る目。口からは紫色の煙が立ち上っている。
どう見ても呪いのアイテムだ。
なぜこんなものがギルドの受付に……?
「あの、すみません」
受付の受付嬢に声をかける。
そして振り返った顔にまたしても驚いてしまった。
茶色の短髪。そばかす。明るい笑顔。
見覚えのある顔だった。奴隷として捕まっていた少女だ。
怪しい男と共に逃げたはず。何故ここに居る?
頭が混乱する。いったいどうなっている?
「はい、ご依頼ですか? それとも報告ですか?」
受付の女性が、にっこりと微笑む。
私は恐る恐る尋ねた。
「あの……失礼ですが、お名前は……」
「エミリーです。エミリー・ブルーム。あれ? 以前にお会いしたような……」
心臓が止まりそうになった。
エミリー・ブルーム。ウォールドの妹。
あの小さかった女の子が、こんなに大きくなって……。
いやいや、そうじゃなくて、何で奴隷に?
何であの場所に?
まさか、名前が同じだけで、実は人違い?
「ウォールド・ブルームの……妹さん、ですか?」
エミリーの目が大きく見開かれた。
「あの時の名前、リナって言ってた……。 もしかして、あなた……」
エミリーがカウンターから身を乗り出す。
じっと私の目を見つめてくる。
「……リナ、お姉ちゃん?」
やっぱり、エミリーだった……すっかり大きくなって。でも面影がある。
「覚えて、いるの……?」
「当たり前だよ! 小さい頃、よく遊んでもらったもん! お兄ちゃんと一緒に!」
エミリーがカウンターを飛び越えてきた。
そして私の手を掴む。
「来て! お兄ちゃんに会わせてあげる!」
「え、ちょっと、待っ……!」
抵抗する間もなく、私はエミリーに引きずられていった。
◆◆◆
ギルドの二階にある執務室。
エミリーはノックもせずに扉を開けた。
「お兄ちゃん! お客さん!」
「ん? 誰だ?」
その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
低くなった。大人の声になった。でも、間違いなくウォールドの声だ。
私は恐る恐る執務室に足を踏み入れた。
そして、その姿に驚く。驚いたのもう何回目だろう……。
「……え?」
そこにいたのは、筋肉の塊だった。
大柄な体格は変わらない。でも、ぽっちゃりしていた体が、見事なまでに鍛え上げられている。
腕は丸太のように太い。胸板は鎧のように厚い。
昔の面影はあるけれど、まるで別人だった。
「お兄ちゃん、この人誰だかわかる?」
エミリーが楽しそうに聞く。
ウォールドが立ち上がり、私を見た。
目が合った。
一重で小さな目。大きな団子鼻。太い唇。額のホクロ。
顔は変わっていない。ウォールドだ。間違いなく。
「……誰だ? シーフか? あっ……」
ウォールドが私を見つめる。
胸の鼓動が早くなる。目の前にウォールドが居る……。
「お兄ちゃん。よく見て、リナお姉ちゃんだよ!」
「ああそうだ! リナだ!」
ウォールドの眉が上がる。笑顔だ、もう忘れかけていた喜びの感情。
思い出の中に残っていた、あの時の笑顔が私に向けられる。
「ああ、久しぶりだ!? 会えて嬉しいよ! また凸凹コンビ結成だな」
覚えていてくれた。あの頃のことを。私も忘れた事は無い。
私の心の支えだったのだ。いつかウォールドの元に帰って来る。
そしてもう一度、凸凹コンビを……。そうなりたかった……。
私は溢れそうになる涙を必死で堪えた。
顔を覆うマスクを直すふりをして、顔を隠すようにうつむく。
「……久しぶり、ウォールド」
本当は飛びつきたい。あの大きな胸に顔を埋めたい。
でもできない。どうしても……。
恥ずかしいから? 後ろめたいから? 後悔してるから?
本心を知られたくないの? そんな事はない……本当は知ってほしい。
「ずっと待ってたんだ、リナが帰って来るの。待ちくたびれたよ」
「うん。五年ぶり、だね」
「……」
沈黙と共に心が溢れた。
顔を覆うマスクが濡れてゆく。どうしようもなく肩が震えて止まらない。
もう素顔は見せられない。顔を見せるのが怖い。きっとひどい顔だ。
ただでさえ、見せたくないから隠している顔なのに。
ああ、マスクを付けていて助かった。
その時、小さな手が背中を押した。
「あっ!」
顔に温かさが伝わってくる。恥ずかしい。きっと冷たいと感じてる。
でも、大きいな、思ったより硬いかも。沢山頑張った胸。
帰ってきたかった大きな胸。そこに私が居る。こんなに嬉しい……。
大きな手が私を包み込む。ああ、何だかチョット窮屈。
私、細いし小さいから、あんまり力入ってないな。遠慮しなくていいのに……。
あれ? 首のあたりが冷たい。何かが落ちている。ウォールドの腕が震えている。
呼吸が荒いよ。鼓動の音も聞こえる。
ああ、景色が歪んで何も見えないけれど、ウォールドの心がわかる。
ウォールドも待ってくれてたんだ。ただいま。待たせちゃってごめんなさい。
再会の喜びの中に、小さな手が触れる。
そしてエミリーの腕が、優しく私達を包みこんだ。




