幼馴染
あの人、ウォールドに似ている――。
私がかつて憧れ、目標にした人。
私の名はリナ、シーフ職だ。
今回の依頼は奴隷の解放。そのためにここへ来た。
奴隷オークションの会場が大混乱に陥る中、私は一人の男を見る。
貴族たちの服が次々と溶け、悲鳴が響き渡る。そして巨大な三つ首の魔獣が暴れ回っていた。
地獄絵図だ。
だが、私の目はその男から離れなかった。
大柄な体格。がっしりとした肩幅。誰かを守るように立つその姿勢。
顔は遠くて見えない。でも、あの立ち方は――。
「……まさか、ね」
私は首を振った。
ウォールドがこんな場所にいるはずがない。彼は遠い街で冒険者をやっているはずだ。
あまりの状況に混乱する。そしてさらに驚いたのは、魔獣が奴隷の少女たちを安全な場所に誘導している。まるで救い出しているかのように……。
少女たちもまた、魔獣に寄り添っている。信じられない光景だった。
振り返ると、王国の兵士達が近づいてくる。もはやここには居られない。
あの少女たちは、魔獣に任せても良いと思えた。
そして私はその場を後にした。
◆◆◆
ギルド本部に戻る馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
隣では、救出した少女――マリアが眠っている。疲れ果てた顔だ。無理もない。奴隷として売られる寸前だったのだから。
「……ウォールド」
その名前を口にするのは、何年ぶりだろう。
私は目を閉じて、遠い記憶を辿った。
◆◆◆
故郷の街、ヘルグラント。
私とウォールドは幼馴染だった。
物心ついた頃から、二人はいつも一緒にいた。
理由は単純だ。他に遊んでくれる子供がいなかったから。
「おい見ろよ、凸凹ブサイクコンビだ!」
「近寄んなよ、ブサイクがうつるぞ!」
子供は残酷だ。
顔が醜いというだけで、二人は仲間外れにされた。石を投げられることもあった。
でも、ウォールドはいつも私を庇ってくれた。
「リナ、俺の後ろにいろ」
大きな背中だった。
まだ子供なのに、まるで壁みたいに頼もしかった。
石がぶつかっても、ウォールドは絶対に泣かなかった。私の前では……。
「痛くないの?」と聞くと、ウォールドは笑って答えた。
「俺、打たれ強いから」
嘘だ。
夜になると、こっそり泣いていたのを知っている。
それでも次の日には、また笑顔で私の前に立ってくれた。
――私のせいだ。
私がいるから、ウォールドまで虐められる。私がいなければ、ウォールドは友達ができるかもしれない。
そう思って距離を置こうとしたこともあった。
でも、ウォールドは追いかけてきた。
「リナ、どこ行くんだよ。一緒に遊ぼうぜ」
まっすぐな目だった。
裏表のない、純粋な目。
その目を見ると、何も言えなくなった。
◆◆◆
ウォールドには夢があった。
「俺、冒険者になるんだ」
ある日、ウォールドはそう言った。
「冒険者になって、たくさん稼いで、母さんとエミリーを楽にさせてやるんだ」
目を輝かせて語るウォールドを眩しく思った。
ウォールドの家は貧しかった。父親は行方不明で、母親が必死に働いて家族を支えていた。幼い妹のエミリーは、いつもお腹を空かせていた。
「俺、タンクになるんだ。顔はブサイクだけど、体は頑丈だからさ。仲間を守る盾になる。誰よりも強い盾に」
その言葉が、私の希望する道を決めた。
「私も冒険者になる」
「え?」
「私、ヒーラーになるの。ウォールドが盾になるなら、私がウォールドを癒やす。二人でパーティを組もう」
ウォールドは驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「いいな、それ! 凸凹コンビ、最強じゃん!」
あの笑顔は、今でも覚えている。
太陽みたいに眩しかった。
◆◆◆
でも、現実は甘くなかった。
十六歳になった私は、王都にある女神セレナの寺院に入門した。
ヒーラーになるための修行を積むためだ。故郷を離れるのは寂しかったが、夢のためだと自分に言い聞かせた。
修行は順調に思えた。
回復魔法の習得は誰よりも早く、神官たちも驚くほどだった。
「この子は将来、大神官になれるかもしれない」
そんな噂が広まった。
そして、嫉妬も。
「あの顔で神官? 冗談でしょ」
「ヒーラー職に相応しくない見た目よね」
「患者が怖がるわ。あんな顔に癒やされたくないもの」
陰口は日に日にエスカレートした。
寝床に虫を入れられた。食事に砂を混ぜられた。大切な法衣を切り刻まれた。
それでも耐えた。ウォールドとの約束があったから。
でも、ある日――。
「お前のような醜い顔では、神の御前に立つことは許されない」
寺院の高位神官から、そう言われた。
公式な場で。大勢の前で。
「才能はあるが、顔が全てを台無しにしている。患者は癒やし手の顔を見て安心するものだ。お前の顔では、患者が怯えてしまう」
反論はしなかった。
事実だから……。
私が担当した患者の中には、顔を見て泣き出す子供もいた。「怖い」と言われたこともあった。
「お前は裏方の仕事をしろ。人前には出るな」
それが、寺院の出した答えだ。
◆◆◆
もう限界だった……。
私は寺院を飛び出した。
でも、故郷には帰れなかった。
ウォールドに会わせる顔がない。「ヒーラーになる」と約束したのに、何も成し遂げられなかった。
惨めだった。情けなかった。
行く当てもなく王都を彷徨っていた時、ふと冒険者ギルドが目に留まった。
本当はヒーラー職として入るはずだった場所。
私はそこで見つけてしまった。
顔を隠して働ける仕事を……。
人目につかない、日陰の仕事。
救出、護衛、採集、盗掘――そして、情報収集。
シーフ。
それが私の新しい職業になった。
そうしてヒーラーの夢は、――消えた。
◆◆◆
五年が経った。
私は王都のギルド本部で、それなりの地位を築いていた。
シーフとしての腕は確かだ。依頼の成功率は高く、ギルドからの信頼も厚い。
でも、いつも顔を隠していた。
黒いマスクで口元から下を覆い、できるだけ目立たないようにしていた。
誰にも素顔を見せない。見せたくない。
アサシンへの昇格を勧められたこともあった。
断った。暗殺はしたくなかった。
シーフは色々な物を奪うのが仕事だ。だが、人の命まで奪う事は出来ない。
こんな私でも、人を救う仕事を目指していたのだ。
「シーフのままでいい」
そう言うと、ギルドマスターは興味なさそうに頷いた。
「顔も見せない。手の内も見せない。アサシン向きなんだがな。まあ好きにしろ」
それでいい。目立たない方がいい。
そう思っていた。
◆◆◆
そして今日、奴隷救出の依頼を受けた。
商人の娘、マリア。奴隷として売られる寸前だった。
潜入は成功した。
守衛も見張りの男も薬で眠らせた。
奴隷ギルドの荷馬車からマリアを救出できた。
その時マリアといっしょに居た少女、エミリーと言っていた。
ウォールドの妹と同じ名前。
あの子がウォールドの妹のはずが無いけれど。
エミリー、昔一緒に遊んだ、小さかった女の子。
今頃どうしているだろう。
また会いたいな……。
◆◆◆
馬車がギルド本部に着いた。
マリアを依頼主に引き渡し、報酬を受け取ろうとした時だ。
「おい、聞いたか?」
「ああ、ヘルグラントの話だろ?」
ギルドのロビーで、冒険者たちが噂話をしていた。
「辺境の街のギルドマスターが逮捕されたらしいぜ。奴隷売買に関わってたとかで」
「それで、新しいギルドマスターが男爵に叙勲されたんだと」
「男爵? 冒険者が?」
「ウォールド・ブルームって名前らしい。修羅ギルドとか呼ばれてる、やべえギルドのマスターだ」
私の心臓が跳ねた。
「……ウォールド?」
思わず声が出た。
冒険者たちが私を見る。
「なんだ、知ってんのか?」
「い、いえ……聞き間違いかと思って。ウォールド・ブルーム、ですか?」
「ああ。ヘルグラントの英雄だとよ。奴隷ギルドを壊滅させたらしい」
ヘルグラント。故郷の街。
ウォールド・ブルーム。幼馴染の名前。
間違いない。
あの時見た男は、ウォールドだったんだ。
私の頭の中で、全てが繋がった。
あの大柄な体格。誰かを守るように立つ姿勢。
胸が高鳴った。どうしようもなく。
彼はやり遂げたんだ。
しかし、私は……隣に立つ資格がない。
◆◆◆
数日後。
私はギルドマスターの執務室に呼び出された。
「リナとかいったか。お前に依頼がある」
ギルドマスターは書類を投げるように渡してきた。
「ヘルグラントの修羅ギルドを調査しろ。最近、妙な噂が多い。冒険者の顔がボコボコだとか、髪が抜ける呪いがあるとか、ふざけた話ばかりだ」
書類を受け取る。その手が思わず震える。
「あのギルドのマスターは平民上がりの成り上がりだ。貴族を敵に回すようなことをしていないか、しっかり調べてこい」
「……承知しました」
そう言って頭を下げる。
顔を隠していてよかった。今、どんな表情をしているか、自分でもわからなかったから。
執務室を出て、廊下を歩く。
足が勝手に速くなる。
ウォールドに会える。
五年ぶりに。
嬉しいはずなのに、怖かった。
あの頃の約束を、何一つ果たせていない自分が。
ヒーラーになれず、シーフに身を落とした自分が。
ウォールドの前に立てるのか。
でも、会いたかった。
会って、謝りたかった。
そして――あの笑顔を、もう一度見たかった。
「待っててね、ウォールド」
私は小さく呟いて、旅支度を始めた。




