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ロマンリキッド再び

 白い薄布を纏ったエミリーが、ステージの中央に立っていた。

 濡れた髪が肩に張り付いている。水をかけられたのだろう。

 布は薄く、水で張り付いて体の線が透けて見える。

 エミリーは必死に体を隠そうとしていた。顔は真っ赤で、目には涙が浮かんでいる。

「本日の目玉商品です。ご覧の通りの器量よし。開始価格は金貨三百枚から」

 客席がざわめいた。

「三百五十枚」

「四百枚」

「五百枚だ」

 声が飛び交う。

 バルドスも手を挙げた。

「六百枚」

 あの野郎、自分で売り飛ばしておいて、買い戻す気か。

 何を企んでいる。

 俺は怒りで頭が沸騰しそうだった。


「……ウォールド」

 隣でファブが呟いた。

 振り向くと、ファブの鼻から血が流れていた。

「ファブ?」

「エミリー……綺麗だ……」

 そう言って、ファブは椅子から崩れ落ちた。

「おい、ファブ!」

 返事はない。完全に気を失っている。

 このタイミングで鼻血を出して卒倒するな!


 ステージでは、競りが続いている。

「七百枚」

「八百枚」

 エミリーが恥ずかしさで涙を流している。

 俺の妹が、見世物にされている。

 値段をつけられている。

 許せない。


「よくも俺の妹を、恥ずかしめたな……」

「水を掛け、服を奪った……」

 俺は立ち上がった。

 仮面を外し、自分自身となる。この怒りは俺の怒りだ。

 俺の怒った顔はこの顔だ!

「お前たちにも、同じ思いをさせてやる!」


「ロマンリキッド噴射!」

 俺の手から、液体が噴き出した。

 布だけを溶かす、あの液体だ。

 貴族たちに向かって、全力で噴射する。


「な、何だこれは!」

「服が……服が溶けていく!」

「きゃあああああ!」


 会場が阿鼻叫喚に包まれた。

 豪華なドレスが、仕立ての良いスーツが、次々と溶けていく。

 貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 バルドスも例外ではなかった。

「な、何だこれはぁぁぁ!」

 服が溶け、醜い裸体が晒される。カツラも溶けて、ハゲ頭が露わになった。


 だが、液体は飛び散る。

 ステージにも、しぶきがかかった。

「きゃっ!」

 エミリーの白い布にも、穴が開いていく。

 まずい。このままでは!

「おにいちゃんのバカぁぁぁ!」


 その声で、ファブが目を覚ました。

「うう……何があった……?」

 ファブが目を開ける。

 その目には、穴だらけの服で身を縮めるエミリーの姿が写った。

 顔を真っ赤に染めて涙を浮かべている。

 天界でも見たことのない光景が、そこにあった。

「ぶふっ!」

 ファブは鼻から血を噴き出し、再び卒倒した。


「シフォン!」

 ピイ――――ッ!

 ついにエミリーは、首に掛けていた笛を吹いた。


 ドオオオン!

 煙が充満し、轟音と共に巨大な影が現れる。

 三つの首を持つ、銀色の獣。

 ケルベロス――シフォンだ。

 エミリーがシフォンの毛の中に飛び込んだ。

 ふわふわの毛が、エミリーの体を隠す。


「みんな見ないで! あっち行ってえぇぇぇぇ!」


 エミリーの怒りが、シフォンに伝わった。

 三つの首が、一斉に咆哮する。


 グォォォォォォォン!


 衝撃波が会場を揺らした。

 シャンデリアが落ち、椅子が吹き飛ぶ。

 シフォンが暴れ始めた。

 シフォンは主人の怒りに従って、破壊の限りを尽くし始めた。


「ひいいいいい!」

「化け物だぁぁぁ!」

 裸の貴族たちが逃げ惑う。

 バルドスは腰を抜かして、その場に座り込んでいた。

「な、何だこれは……何が起きている……」

 完全に放心状態だ。


 シャンデリアの炎が、会場を焼き始めた。

 柱が崩れ、天井が落ちる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 ◆◆◆


 俺は膝をついて、その光景を見守っていた。

 止められない。止める気もない。

 エミリーの怒りは、当然のものだ。

 俺のせいで、あんな恥をかかせてしまった。


「ファブ、起きろ!」

 俺はファブの頬を叩いた。

 パン! パン! パン!

「……うう、何だか顔が痛い……」

 ファブがようやく目を開けた。

「シフォンが暴れてる。何とかしないと」

「ああ……あれは……シフォンじゃなくて、エミリーが暴れてるんだよ」

 ファブは冷静に言った。

「エミリーが落ち着くまで、どうしようもない」

「でも、このままじゃ……」

「大丈夫。エミリーは賢い子だ。ちゃんと分かってる」


 ◆◆◆


 シフォンの背に乗ったエミリーは、冷静だった。

 怒りに任せて暴れているように見えて、実はちゃんと計算している。

 奴隷商や貴族たちを蹴散らしながら、奴隷の少女たちを探していた。

「こっちよ! 逃げて!」

 エミリーは少女たちを、頑丈な牢屋の部屋に誘導した。

 皮肉なことに、奴隷を閉じ込めていた部屋が、一番安全な場所だった。

「ここにいれば大丈夫。外に出ちゃダメよ」

 少女たちは怯えながらも頷いた。

 その部屋の隅に、エミリーは自分の服を見つけた。

 脱がされた時に、ここに放り込まれていたのだ。

「……やっと着替えられる」

 エミリーは急いで服を着た。


 ◆◆◆


 そのころ、劇場の外では大騒ぎになっていた。

「ケルベロスだ! ケルベロスが出たぞ!」

「王国軍を呼べ!」

 王都中に、警鐘が鳴り響いていた。

 松明を持った兵士たちが、劇場に向かって走ってくる。


 その混乱の中、一人の影が劇場に近づいていた。

 黒いマスクで顔を隠した、小柄な女性。

 リナだった。

「奴隷オークションの会場は、ここのはず……」

 リナは劇場の入り口に立った。

 そして、中を覗き込んで――絶句した。


 燃え盛る炎。

 崩れ落ちる天井。

 裸で逃げ惑う貴族たち。

 そして、それを追いかけ回し、建物を破壊する三つ首の巨大な獣。


「……は?」


 理解が追いつかない。

 何が起きている。

 奴隷を救出しに来たはずなのに、この光景は何だ。


 リナは呆然と立ち尽くした。

 遠くに、一人の男性が見えた。

 膝をついて、ただ見守っている。

 その横顔に、見覚えがあった。

 幼い頃、一緒に遊んだ幼馴染。

 ウォールドに、似ている。

 いや、まさか。あんな所にウォールドが居るはずがない。

 リナは首を横に振った。

 今は、そんなことを考えている場合ではない。


 ◆◆◆


 シフォンが、笛の中に戻った。

 エミリーが落ち着いたのだ。

 服を着たエミリーが、牢屋の部屋から出てきた。

 俺は駆け寄った。

「エミリー!」

「お兄ちゃん……」

 エミリーの目が、怒りに燃えている。

「後で絶対に説教だからね」

「……はい」

 反論できない。全面的に俺が悪い。


「ここに軍隊がやって来る。すぐに逃げないと」

 俺は周囲を見回しながら言った。

 兵士たちの足音が近づいてくる。

「どうして逃げる必要があるの?」

 エミリーは首を傾げた。

「ケルベロスを出したのは私だけど、悪いのは奴隷ギルドでしょ?」

「それはそうだが……」

「ウォールド」

 ファブが近づいてきた。さっきまでの鼻血は、もう止まっている。

「君がケルベロスを倒したことにすればいいよ」

「俺が?」

「そう。君は奴隷オークションに潜入して、少女たちを救った英雄だ。暴れるケルベロスを撃退して、事態を収拾した」

 ファブはウインクした。

「僕は証人として、そう証言するよ」

「ファブ……」

「じゃあ、僕はこれで。後は任せたよ」

 ファブは転移魔法で消えていった。


 ◆◆◆


 王国軍が到着した時、全ては終わっていた。

 燃え盛る劇場。

 裸で震える貴族たち。

 そして、少女たちを守る一人の男。

「何があった!」

 隊長が駆け寄ってきた。

 俺は仮面を外していた。素顔のまま、隊長に向き合う。

「奴隷オークションです。この劇場で、違法な人身売買が行われていました」

「奴隷オークションだと!?」

「ここに居る少女達を保護して下さい。商品として売られていました」

「私はヘルグラントのギルドマスター、ウォールド・ブルームです。潜入捜査中に、事態が発覚しました」

 エミリーが俺の腕にしがみついた。

「この人が助けてくれたんです……! 怖かった……!」

 見事なウソ泣きだ。さっきまでの怒りはどこへやら、か弱い少女を演じている。

「ケルベロスまで現れて、大変でした……!」

「ケルベロス……あの化け物は?」

「私が撃退しました。以前、ケルベロスの牙を採取したこともあります」

 俺は淡々と答えた。

「信じられん……だが、この惨状を見れば……」

 隊長は周囲を見回した。

 崩れた建物、逃げ惑った跡、そして裸の貴族たち。

「これは……証拠になるものは?」

「これを」

 俺は帳簿を差し出した。

「奴隷ギルドの取引記録です。顧客名簿も含まれています」

 隊長が帳簿をめくる。顔色が変わった。

「これは……なんということだ……」

「裸の方々は、全員オークションの参加者です。お間違えなく」

 隊長は頷いた。

「全員拘束しろ!」

 兵士たちが動き出す。

 裸の貴族たちが、次々と捕らえられていく。

 バルドスも例外ではなかった。

「や、やめろ! 私は貴族だぞ!」

「貴族だろうが何だろうが、人身売買は重罪だ!」

 バルドスが引きずられていく。

 その目が、俺を捉えた。

「お、お前……! お前のせいで……!」

「さようなら、顧問殿」

 俺は冷たく言い放った。

「二度と会うことはないでしょう」

 バルドスの絶叫が、夜空に響いた。


 ◆◆◆


 数日後。

 俺は王城にいた。

 国王陛下の前に跪いている。

「ウォールド・ブルーム。そなたの功績、まことに見事である」

 国王の声が、謁見の間に響いた。

「奴隷ギルドの摘発、そしてケルベロスの撃退。王都を救った英雄として、褒美を与えよう」

「ありがたき幸せにございます」

「そなたに、男爵の爵位を授ける」

 周囲がざわめいた。

 平民から男爵。異例の出世だ。

「さらに、ヘルグラントの街の統治を任せる。ギルド運営の手腕、存分に発揮せよ」

「身に余る光栄にございます」

 俺は深く頭を下げた。

「王への忠誠を誓います」


 心の中で、もう一つの誓いを立てた。

 父さんを奴隷にした連中。

 この国に巣食う、全ての奴隷ギルド。

 必ず、壊滅させてやる。

 絶対に。


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