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奴隷オークション

 王都の外れに、打ち捨てられた劇場があった。

 壁は崩れ、窓は割れ、蔦が絡みついている。誰も近づかない廃墟だ。

 しかし、それは表向きの姿に過ぎない。

 俺は招待状を手に、裏口へと回った。

 黒いローブの男が立っている。

「招待状を」

 俺は黙って差し出した。

「……ピグマ様ですね。どうぞ、お入りください」

 ピグマ。俺が名乗った偽名だ。

 重い扉が開く。中に入ると、そこは別世界だった。


 ◆◆◆


 豪華なシャンデリアが輝いている。

 赤い絨毯が敷かれ、椅子が並べられている。まるで本物の劇場のようだ。

 前方にはステージがあり、その手前に貴族たちが座っている。

 俺は後方の席に着いた。

 周囲を見回す。仮面をつけた者、フードを被った者。顔を隠している者が多い。

 だが、一人だけ見覚えのある顔があった。

 バルドスだ。

 カツラを被り直し、何食わぬ顔で最前列に座っている。

 エミリーを売り飛ばした張本人が、オークションを楽しみに来ている。

 もう奴を許す理由はなくなった。

 奴隷ギルドごと、破滅させてやる。


 ◆◆◆


 ステージに、司会の男が現れた。

「紳士淑女の皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 男は大仰に礼をした。

「本日も極上の商品を取り揃えております。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」

 幕が上がる。

 そこには、白い服を着た少女が立っていた。

 十歳くらいだろうか。怯えた目で客席を見ている。

「まずは一人目。年齢十歳、健康状態良好。家事全般が得意です。開始価格は金貨五十枚から」

 客席から声が上がる。

「六十枚」

「七十枚」

「八十枚」

 少女が、商品として競り落とされていく。

 俺は拳を握りしめた。


 ◆◆◆


 そのころ、エミリーは薄暗い部屋にいた。

 牢屋のような場所だ。鉄格子の向こうに、他の少女たちが座っている。

「大丈夫? 辛くない? 痛いところない? 鎖は冷たいでしょ?」

 突然現れたファブが、矢継ぎ早に質問してくる。

「ファブ様、大丈夫だから。落ち着いて」

「でも、こんな所に……」

「私は平気。それより、お願いがあるの」

 エミリーは真剣な目でファブを見た。

「帳簿でも何でも、証拠になるものを探してきて」

「証拠?」

「奴隷ギルドを潰すには、証拠が必要でしょ? 取引の記録とか、顧客名簿とか」

 ファブは頷いた。

「分かった。任せて」

「ありがとう、ファブ様」

 エミリーが微笑むと、ファブは顔を赤くして転移魔法で消えた。


 ◆◆◆


 ファブが去った後、フードを被った男がやって来た。

「次はお前の番だ」

 男は桶を持っている。

「商品は綺麗にしないとな」

 ザバッと水をかけられた。

「っ……!」

 冷たい水が全身を濡らす。

 男は白い布を投げてよこした。

「それに着替えろ。その方が値段が上がる」

 エミリーは男を睨みつけた。

「何を睨んでいる。お前はもう商品なんだよ」

 男は笑いながら去っていった。

 エミリーは唇を噛んだ。

 今は耐える時だ。必ず、この連中を叩き潰す。


 ◆◆◆


 ファブは奴隷ギルドの奥へと潜入していた。

 透明化の魔法で姿を消し、廊下を進む。

 やがて、一つの部屋にたどり着いた。

 「事務室」と書かれた扉。

 中に入ると、棚にびっしりと帳簿が並んでいた。

「これか……」

 ファブは一冊を手に取った。

 開いてみると、文字が歪んでいる。魔術暗号だ。

「ふうん、なかなか凝った暗号だね。でも、僕には通用しないよ」

 ファブが指を振ると、文字が書き換わっていく。

 暗号が解読され、読める文字に変わった。

「よし、全部書き換えた。これで誰でも読める」

 ファブは帳簿を抱えて、ウォールドのもとへ向かった。


 ◆◆◆


 オークションは続いていた。

 少女たちが次々とステージに上げられ、競り落とされていく。

 泣き叫ぶ者、諦めた目をした者、必死に抵抗する者。

 どの少女も、可愛らしい顔をしていた。

 見た目のせいで、こんなひどい目に遭っている。

 俺はずっと、ブサイクだけが虐げられていると思っていた。

 でも、違った。

 美しい者も、醜い者も、弱ければ虐げられる。

 弱いから、踏みにじられる。

 誰かが守らなければ、この子たちは救われない。

 俺は、守る存在になるんだ。

 笑顔を守れる存在に。

 そう、心に誓った。


 ◆◆◆


「ウォールド」

 隣に、ファブが座っていた。いつの間に来たんだ。

「証拠、見つけたよ」

 ファブが帳簿を差し出した。

「暗号は全部解読した。これで奴隷ギルドを告発できる」

「ありがとう、ファブ」

 俺は帳簿を受け取り、ページをめくった。

 そこには、おぞましい記録が並んでいた。


 労働奴隷。鉱山や農場で、死ぬまで働かされる者たち。

 実験奴隷。魔術師の実験台にされる者たち。

 生贄奴隷。邪教の儀式に捧げられる者たち。


 目を覆いたくなる内容だった。

 人間を、道具のように扱っている。

 怒りで手が震える。

 ページをめくり続ける。

 戦士奴隷の名簿にたどり着いた時、俺の目が留まった。


 そこに、見覚えのある名前があった。


 グレン・ブルーム。


 父さんの名前だ。

 隣には「死亡」と記されている。


「……嘘だろ」

 声が震えた。

「父さんが……奴隷に……?」

 五年前、依頼に出たきり行方不明になった父。

 死んだと思っていた。

 でも、実際は奴隷として売られていたのか。

 そして、死んだ。

 戦士奴隷として、どこかで命を落とした。


「ウォールド……」

 ファブが心配そうに俺を見ている。

「大丈夫かい?」


 大丈夫なわけがない。

 父さんは、こんな連中に売られて、死んだのだ。

 母さんも、エミリーも、何も知らずに五年間を過ごしてきた。

 ずっと、帰りを待っていたのに。


 俺は帳簿を握りしめた。

 許せない。

 絶対に、許せない。


「次の商品でございます」

 司会の声が響いた。

「本日の目玉。年齢十六歳、器量よし。きっとご満足いただけます」


 幕が上がる。

 ステージに立っていたのは――。


 エミリーだった。


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