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魔法の仮面

 バルドスはエミリーの腕を掴んで、人混みをかき分けていた。

「顧問様、どこに行くんですか?」

「紹介したい人物がおりましてな。ギルドの発展に欠かせない方です」

 バルドスの目が怪しく光っている。

 エミリーは嫌な予感がしたが、ここで逃げ出すわけにはいかない。社交界での繋がりは、ギルドにとって重要だ。

「分かりました。ご案内ください」

「くくくっ、素直でよろしい」

 バルドスに連れられて、エミリーは会場の外へと出た。


 ◆◆◆


 屋敷の裏手に、一台の荷馬車が止まっていた。

 窓はなく、頑丈な鍵付きの扉が付いている。まるで檻のようだ。

「顧問様、これは……?」

「さあ、中へ」

 バルドスが扉を開けた。

 中には、一人の少女が座っていた。ボロボロの服を着て、手首には鎖が巻かれている。怯えた目でこちらを見ている。

「な……!」

 エミリーが声を上げた瞬間、背後から強い力で押された。

 荷馬車の中に倒れ込む。

「顧問様! 何を――」

「くくくっ、忌々しい小娘め。思い知れ」

 バルドスの顔から、恭しさが消えていた。代わりに、醜い憎悪が浮かんでいる。

「私のギルドを勝手に運営した挙げ句、呪われた鏡まで設置しおって。おかげでこのとおりだ……!」

 バルドスがカツラを脱ぎ捨てた。ツルツルの頭が月明かりに照らされる。

「お前のせいで、私は笑い者だ! この恨み、晴らさずにおくものか!」

「あなたが謝らなかったからでしょう! 謝れば呪いは解けるのに」

「黙れ!」

 バルドスの横に、黒いローブを纏った男が現れた。

「これが商品か。なかなか上玉だな」

「約束通り、高く買い取ってもらいますぞ」

「ああ、この器量なら良い値が付く。オークションに出せば、貴族どもが競り合うだろう」

 男がエミリーの顎を掴んだ。

「離して!」

「おとなしくしろ。暴れると傷がつく。傷物は値が下がるんでな」

 男がエミリーの手首に鎖を巻いた。

「さらばだ、小娘。二度と日の目を見ることはあるまい」

 バルドスは高笑いしながら去っていった。

 扉が閉まり、鍵のかかる音がした。


 ◆◆◆


 暗い荷馬車の中で、エミリーは隣の少女を見た。

 十二、三歳くらいだろうか。痩せこけて、目に光がない。

「大丈夫? 怪我はない?」

 少女は怯えたように首を横に振った。

「私はエミリー。あなたの名前は?」

「……マリア」

 か細い声だった。

「マリア、安心して。私がなんとかするから」

「無理よ……逃げられない。みんな、連れて行かれた……」

 マリアの目から涙がこぼれた。

「お姉ちゃんも、お母さんも……売られていった……」

 エミリーは拳を握りしめた。

 許せない。こんなことが、この国で行われている。


 ◆◆◆


 その時、荷馬車の外で物音がした。

 ドサッと何かが倒れる音。

 エミリーは身構えた。

 扉の鍵が、カチャリと音を立てて外れた。

 扉が開く。月明かりの中に、黒い影が立っていた。

「逃げて。今のうちに」

 低い女性の声だった。

「あなたは誰?」

 エミリーが問いかける。

「シーフよ。ギルドから救出依頼を受けてる」

 影が一歩前に出た。フードの下は黒いマスクで顔は見えない。

「私はリナ。さあ、早く」

 リナがエミリーの鎖に手をかけた瞬間――。

 空間が歪んだ。

「やあ、見つけたよ」

 転移魔法の光と共に、ファブが現れた。

「きゃっ!」

 リナが飛び退いた。腰の短剣に手を伸ばす。

「何者!?」

「待って!」

 エミリーが叫んだ。

「この人は味方! とても頼りになる人だから、安心して!」

「味方……?」

 リナは警戒を解かない。

「転移魔法……。只者じゃない!」

「僕はファブリウス。僕もエミリーを助けに来たんだよ」

 ファブは気さくに手を振った。

「それにしてもひどいな。まるで奴隷じゃないか」

「……奴隷よ。奴隷ギルドの仕業」

 リナの表情が曇った。

「知ってるの?」

 エミリーが身を乗り出した。

「ええ。王都の裏社会を牛耳る闇組織よ。表向きは人材派遣を装ってるけど、実態は人身売買」

 リナは苦々しげに言った。

「攫われた人々は、労働奴隷や戦士奴隷として売られる。中には……もっと酷い目に遭う者もいる」

「それで、ギルドから救出依頼を?」

「ある商人の娘が攫われたの。その子を助けるために潜入してた」

 リナはマリアを見た。

「この子がそう。無事で良かった」

 マリアの目に、初めて希望の光が灯った。

 そしてマリアは、リナと共に闇へと消えていった。


 ◆◆◆


「さて、エミリー」

 ファブがエミリーの鎖を外しながら言った。

「僕の転移魔法で逃げようか」

「いいえ」

 エミリーは首を横に振った。

「私はここに残る」

「え?」

 ファブが目を丸くした。

「何を言ってるんだい? 危険だよ」

「お兄ちゃんに伝えて。私は奴隷ギルドを潰す」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 ファブが慌てた。

「君にそんな事させられないよ!」

 エミリーは首に下げた魔法の笛を握りしめた。

「私にはシフォンがいるから大丈夫」

「確かにシフォンが居れば安心だけど……」

「うん。いざとなったら呼び出せる。だから心配しないで」

 エミリーの目は、真剣だった。

「マリアみたいな子が、他にもたくさんいるんでしょ? 見過ごせない」

 ファブは頭を抱えた。

「君たち兄妹は、どうしてこう無茶ばかり……」

「ファブ様、お願い。お兄ちゃんに奴隷ギルドの情報を集めてって伝えて」

「はあ…… お願いだから気をつけるんだよ?」

 ファブは溜め息をついた。

「無茶はしないでくれよ? 僕も近くで見守ってるから」

「ありがとう、ファブ様」

 エミリーは笑顔で答えた。

 ファブは腕輪に手を当てた。ウォールドに通信を送る。


 ◆◆◆


 会場に戻った俺は、ファブからの通信を受け取った。

『エミリーは無事だよ。でも、ちょっと厄介なことになってる』

「厄介?」

『奴隷ギルドっていう闇組織に目をつけられたみたいでね。エミリーは自分で何とかするって言い張ってる』

「あいつ……!」

『落ち着いて。僕が見守ってるから大丈夫さ。君は奴隷ギルドの情報を集めてくれ。潜入できる場所を探すんだ』

 通信が切れた。

 ウォールドは仮面を見つめた。

 ファブが届けてくれた魔法の仮面。これをかぶれば、イケメンになれる。

 ギルドを売り込みに来たが、今はそれどころではない。

 エミリーにはファブが居る。俺もやるべき事をしなければ。

 妹を助けるため、作戦変更だ!

 俺は人目のつかない場所に移動し、鏡の前に立つ。


「ふう……よし、やるぞ!」

 一呼吸置き、ゆっくりと仮面を顔に当てた。

 光とともに、仮面が顔に張り付く。しだいに顔が変化してゆく。別人へと……。

 光が収まった時、俺の顔はとんでもない事になっていた。

 切れ長の目、通った鼻筋、薄い唇。まるで彫刻のような完璧な造形。

 神の如き美男子。ファブ…… 凄いな。心の底から尊敬するよ。

 しばらく見とれた後、俺は会場に戻った。


 顔を見せた瞬間、空気が変わった。

「まあ……なんて美しい方……」

「あの方は誰かしら?」

「見たことのないお顔ね」

 女性たちの視線が、俺に集中している。さっきまで蔑んでいた連中と同じ人間とは思えない態度だ。

 男たちは露骨に嫉妬の目を向けてくる。

「ふん、どこの田舎貴族だ」

「見た目だけの成り上がりだろう」

 俺は無視して歩いた。

 すると、一人の美女が近づいてきた。

「あら、お一人? よろしければ、お話しませんこと?」

 金髪巻き毛の令嬢だ。宝石をこれでもかと身につけている。

「申し訳ないが、興味がない」

「まあ、つれないこと」

 別の美女が腕を絡めてきた。

「私とお話しましょうよ。きっと楽しいわ」

 美女、また美女。次から次へと寄ってくる。

 そして彼女らの誘いを、ひたすら断り続ける。


 ……ああ、もったいない。

 これは夢なのか? 夢であって欲しい。そして覚めないでくれ。

 こんな美女たちに囲まれる機会など、二度とないかもしれない。

 夢でも見たことがないんだ…… だが、今は妹のためだ。

「すまないが、俺は別の目的で来ている」

 俺は取り囲む美女たちを振り払った。涙目だ。心の中で泣いている。

 だが、やるべきことがある。

「俺はパートナーではなく、奴隷を探している」

 周囲がざわついた。

「金ならある! 奴隷を弄ぶのは貴族の嗜み、何が悪い!」

 会場が静まり返った。

 そして、冷たい視線が俺に集中した。

「……何を言っているのかしら」

「貴族は奴隷など買わないわ」

 さっきまで擦り寄っていた美女たちが、露骨に顔をしかめた。

「見た目だけで、中身は最低ね」

「変態だわ」

「田舎者が身の程を知れ」

 俺は不遜な態度を崩さなかった。わざと嫌われる必要がある。

 奴隷を欲しがる人間だと思わせなければ、奴隷ギルドには近づけない。


 周囲の視線が冷たくなる中、一人の男が近づいてきた。

 黒いローブを纏った、痩せた男だ。目が蛇のように細い。

「お困りのようですな」

 男は小声で囁いた。

「奴隷をお探しと聞きましたが」

「ああ。良い奴隷を探している」

「くくく、お目が高い。実は私、そういった商売をしておりまして」

 男が手紙を差し出した。

「今夜、特別なオークションがございます。極上の商品が揃っております」

「そちらは招待状です。くれぐれもご内密に……」

「……楽しみにしているよ。ふふふっ」

 俺は男に、不敵な顔で笑って見せた。

「くくく、お待ちしております。きっとご満足いただけますよ」

 男はニヤリと笑って去っていった。


 招待状を握りしめる。

 待っていろよエミリー。すぐに助け出してやる。

 そして俺は、涙を拭い、決意を固めた。


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