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それでもお前は執事じゃない!  作者: 千早 朔
第三章

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第十三話


(ヤバイ、怒られる!?)


 そういえばこういった店って、客との接触はタブーなのでは。


「その、たまたま、同じ学校だったみたいで、ホントにたまたま、ベンチの前で会ったんです……! 個人的に待ち伏せしてたとか、そーゆーんじゃなくて――」

「そのようでございますね」

「へ?」

「少なくとも、南条様が和哉と外部での接触を試みるようには思えませんでしたし、あの日の和哉の上がりも、南条様がお帰りになられた、かなり後でございました。おそらく別のご縁があったのではと考えてはいたのですが、そうでございましたか、学校で……」


 案外すんなりと受け入れた昴に拍子抜けした功基は、続けられたメニューの説明など聞こえないままポカンと昴を凝視していた。

 学校が一緒だった、なんて、下手な言い訳にも聞こえるだろうに。

 前回の紅茶を注げなかった邦和に対する昴の態度が鮮明に思い起こされ、功基はほとんど無心のまま呟いていた。


「……昴さんって、大人なんですね」

「南条様?」

「あ、スミマセンつい!」


 丁寧な説明に勤しんでいた昴からしたら、不可解もいい所だろう。

 探るように揺れ動く、邦和よりも色の薄い灰色の瞳。功基はバツが悪いと顔を伏せた。


「いや、なんか……偶然会ったとか、嘘っぽいじゃないですか。いや、嘘じゃないんですけど。でも昴さんは全然、疑ってる感じじゃなかったんで……」


 これではまるで、疑ってくれと言っているようなものだ。

 言葉を紡げば紡ぐほどドツボにはまっていく気がして、功基はそれ以上の言葉に詰まる。

 ふと、昴が笑った気配がした。


「……南条様は、とても純真でいらっしゃいますね」

「へ?」


 なんだそれはと顔を上げ、即座に息をのんだ。

 オレンジ色の照明を背にした事で生まれた影が、昴の顔立ちに添って幾つもを暗く覆い、忠義を示す燕尾服とは不釣合いな危うさを、優美な笑みに色濃く滲ませている。

 その中で、微かな光を取り込んだ瞳は慈しむように緩められている。ただ、功基ひとりだけを映して。

 まるで、時が止まったかのような錯覚。功基の背に不安が走った。


「す、ばるさ……」


 当惑に掠れた声が、他人の物のように感じる。

 硬直が破られたのは、直後だった。


「功基さん」

「っ」


 ハの字に割り開かれた天蓋の隙間から、無遠慮に現れた『執事』の姿。

 たった二日ですっかり聞き慣れた抑揚の少ない低音に、功基は自身がひどく安心したのを覚えた。

 邦和。そう名を呼ぶ前に、昴が呆れ顔で彼を窘めた。


「和哉、ここは貴方の持ち場ではないでしょう?」


(あ、あれ?)


 先程まで纏っていた危うい空気が嘘のようだ。あまりに自然な変貌ぶりに、功基は拍子抜けしながらも内心で冷や汗を拭った。

 そして同時に、言い聞かせるように理解する。

 ――さっきのアレは、オレの勘違いだ。


(……でも、なんで)


 先程感じた不安感と、安堵に疑問が浮かぶ。

 だが功基の思考は沈み込む前に遮断された。


「ですが、功基さんは俺のしゅじ」

「っ、ストップ!」


 ギリギリで邦和の口を塞ぎ阻止すると、邦和は大人しいままも不服そうに眉根を寄せて功基を見下ろしてくる。

 待て。その単語は、妙な誤解を生みかねない。

 駄目だと表情で必死に訴えかけると、邦和は何とか察したのか、程なくして渋々頷いた。

 伝わった、んだよな。てかそうであってくれ。

 祈るような気持ちで押し付けたままだった口元を開放すると、邦和は仕方なさそうに一度目を閉じてから、言い直す。


「……俺がお連れしましたので、担当も俺が」

「気持ちはわかりますが、それだと他の皆が混乱するでしょう?」

「そーだぞ、これ以上迷惑かけんなよ。よく確認しないで来ちまったオレも悪いけど」

「そんな、功基さんは何も」

「そう思うんなら、キッチリ仕事しろ。突然の飛び込みでいい席用意してもらって只でさえ気まずいってのに、更に好き勝手しよーってんなら、オレ、帰るかんな」


 ピシャリと言い放った功基に、邦和がうろたえる。

 どうやら効力は抜群だ。そんなナレーションを脳内で流しながらも断固たる姿勢を貫いていると、観念したのか、「……わかりました」と蚊の鳴くような声で邦和が頭を下げた。

 犬耳があれば、しょんぼりと伏せた状態。ついでに尻尾も、力なく垂れ下がっているだろう。

 トボトボと戻っていった邦和の後ろ姿に罪悪感がこみ上げてくるが、いやオレは何も悪いことしてねーし、と功基は絆されかけた自身を律する。


「本当に、よく懐いておいでで」


 一連のやり取りを傍らで見守っていた昴に苦笑を向けられ、功基はやはり「スミマセン……」と縮こまるしかなかった。


 平日だということも影響しているのか、時折ひと席ふた席が空くタイミングもあったが、店内には常に数多の『お嬢様』が『執事』の奉仕を受けていた。

 デザートセットのチーズケーキとフルーツの盛り合わせをつつきながら、彼女達の夢うつつな瞳をボンヤリと観察するのに、高台になったその席は実に見晴らし良く、かつ天蓋はいい視線避けになる。


「時折、そういった楽しみ方をされていらしゃる方もおります」


 紅茶の継ぎ足しに現れた昴がこっそり教えてくれたが、余裕綽々の『お嬢様』が小馬鹿にした笑みを浮かべている姿が浮かび、そっと消し去った。

 ともかく、急に連れてこられたとはいえ、美味しい紅茶にデザート、前回よりも居心地の良い席と、功基は満足していた。

 ただひとつ、終始チラチラと向けられる忙しない双眼を除いては。

 オーダーを取り、紅茶を注ぎ、食事を運ぶといったただの給仕をこなせばいいだけの仕事ではないことは、部外者の功基にでも簡単にわかる。

 注文品とは別に記載されている席料と、少し割高の料金設定は、この夢のような空間と『執事』とのコミュニケーションに付随する対価だろうに。

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